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ルイスとリエッサ

ルイスは夜更けの町を歩いていた。

後に付き従う従者達は黙りこくった主人の様子を伺っている。

宿屋の前に来た。

「今日は散会だ。皆部屋へ戻ってゆっくり休んでくれ」

そう言い置くとさっさと自分の部屋に入って行ってしまった。


 ルイスは部屋に戻ると酒を取り出して、それをグラスに入れて一気に煽った。

 ふうと大きく息を吐くとどさりと椅子に倒れ込んだ。



「ルシールに体を乗っ取られた」

腰の曲がったルシール婆はそう言った。

皺とシミに覆われた顔。その中の灰色に濁った目。まばらに生える白髪。歯が抜け落ちた口元。


「ルイス。助けて欲しい。私がリエッサだ。ルシールは魔女だ。魔女が私の体を乗っ取って、王宮にいるのだ。私、リエッサとして」

リエッサはルイスの足元に身を投げ出してそう言った。

足に縋り付いて泣きながら言った。



ルイスは唖然としながらそれを見下ろした。

脳裏にはあの海賊討伐の船での事が浮かんでいた。

レースの付いた袖。皺だらけの小さな手……。

一瞬だったが、あれは確かに自分の手だった。

目の前の老婆にぞっとした。

まさか、俺と同じ事が……?



「お前がリエッサ王妃だという証拠などどこにも無い。嘘を吐くな」

ルイスは冷たく言った。

リエッサは慌てて言った。

「あ、あるとも。ルイスは私に美しいエメラルドの指輪を婚約の印にくれた。とても大きなエメラルドだった」

「私の誕生石では無いと言うと、ルイスは『私の祖母の指輪です』と言った。『家宝だったのですが母があなたにと。私の愛が永遠にあなたの元にある事を祈って』と言った」

「そして、『あなたにはこのエメラルドグリーンが一番似合う。今迄見た中で一番美しい緑だ』と……」

ルイスは目を見張った。

言葉が出なかった。

お互いを見詰めて時間が過ぎた。



「何故、あの時、私の体がルシールと入れ替わったのですか? あの海賊討伐の船の上で」

ルイスは言った。

「何だと?!」

リエッサは驚いた。

「ルシールと入れ替わっただと?! な、なんと……」

「体が切られた途端に意識が戻った……。リエッサ王妃。あなたは私が死ねばいいと思ったのですか?」

「そ、そんな事は無い。絶対に無い。それはルシールが勝手に……」

ルイスは黙ってルシール婆を見下ろす。



「す、済まない。ルイス。本当に済まない。私の言い方が悪かったのだ。ルシールは勘違いをして、その、……何と言うか思い込みで……勝手に……」

口籠るリエッサにルイスは言った。

「あなたがリエッサ王妃なら……何故、シンジノアを私と取り違えているのか。あなたは私の目を見ただけでルイスと言った。だったら、シンジノアをルイスとは思っていないのではないのか?」

「……」

「妊娠も嘘だと言う。その猿芝居は何故だ? 愚かな事だ。一国の王妃がそんな猿芝居を打つなど。あなたがリエッサ王妃なら、リエッサ王妃よ。あなたの信頼は地に落ちた。そのまま老婆として朽ち果てればいい」

「そ、それは嫌だ!! 絶対に嫌だ!」

リエッサは言った。


「……あなたの事は好きだった。けれど、私はあなたの弟、シンジノア・アクレナイトをアクレナイト侯の港で偶然見掛けて……。一目惚れだったのだ。……私にとっての初恋だったのだ」

老婆は下を向いたままそう言った。



ルイスと婚約して数か月が過ぎた。

領地に用があると言って帰った婚約者に会いにアクレナイトの港にお忍びで向かった。商人の妻の様な恰好をしてルイスを脅かそうと思ったのだ。


ルイスは船の近くで誰かと話をしていた。その時、声を掛けられた。


「マダム。このハンカチーフを落とされましたよ」

そう言って笑顔でハンカチーフを差し出した凛々しい青年がシンジノアだった。リエッサはまるで雷に打たれた様に感じた。手も差し出さずぼーと見惚れていると青年はリエッサの手を取り、ハンカチーフをその手に置いた。

「では、失礼します」

青年は目礼をすると船に向かい、ルイスと話を始めた。

リエッサは侍女に尋ねた。

「あの美しい若者は誰じゃ?」

「あの方はアクレナイト侯の次男様だと思われますが……」

侍女は答えた。

「ああ、何と麗しい若者であろうか……あんな美しい若者を見たのは……」

リエッサはルイスとシンジノアを見ていた。そして踵を返すとルイスには会わないで城に戻った。



 それから度々、彼の姿を探して港をお忍びで訪れた。奇跡的に見付ける事が出来ると(ストーカーの様に)物陰からじっとその姿を盗み見た。

シンジノアが(悪寒を感じて)振り向くとさっと隠れた。

恋心は高まるばかりだった。


 

 幼い頃からサロンで忙しい母上の代わりにルシールと一緒にいる事が多かった。

ジョレス国王の側妃になる事を進言したのもルシールだった。

 好きでもない初老の男に抱かれた。それが自分の初めての男だった。

権力だけを夢見て何もかも我慢した。



リナ王妃が亡くなってジョレス国王も亡くなった。

彼等に少しずつ毒を盛ったのは自分だった。毒はルシールから渡された。

老婆は裏庭にこっそりと植えて置いたトリカブトだと言った。

それをほんの少しずつお茶や食べ物に落とす。



より一層の権力を得るためにアクレナイトにスパイ容疑を掛けた。そして背徳の罪に問われたく無ければ、息子を差し出せと言った。



ジョージ・アクレナイトは長男であるルイス・アクレナイトを婚約者として差し出した。

弱冠23歳の若者。

逞しい体と端正な容姿。

自分の夫には申し分が無いと感じた。



 ルイスは政治に色々と口を出した。

それは良くない。こうするべきだ。そんな風に。

「ああ、成程」

そう思った。

「その方が上手く行きそうだ。ルイス、あなたは頭がいいな」

そう言って案を採用した。


それをルシールに言った時、彼女の顔が雲ったのを覚えている。



「私はあなたの事は尊敬していた。あなたと私は政略結婚だったが、あなたは私を尊重し大切にしてくれた。愛してくれた。……けれど、私はどうしてもシンジノア・アクレナイトが欲しかったのだ。それでそれをルシールおばあ様に言ったら……だが、あなたに呪いを掛けるなど一言も……ただ、私はあなたが海で亡くなったと聞いただけで……呪いの事など聞いた事も無くて……」

老婆はもごもごとそう言った。

ルイスは冷たい目でリエッサを見た。

そして「あなたがやった結果を見ればいい」と言って頭巾を取った。


「ひっ!!」

片頬の消えたルイスの顔を見てリエッサは息を飲んだ。

「ルシールの呪いで船から落ちて鮫に襲われた。私は九死に一生を得たのだ。」

「リエッサ王妃。あなたは自分は知らなかったと言う。だがそれは嘘だ。あなたがルシールに体を奪われたとしたら、それは当然の報いだ」

ルイスは見すぼらしい老婆に向かってそう言った。

「私はあなたを愛してこの国を守って行こうとしたのに……」

とても悲しい目だった。



「私はあなたが妊娠したと聞いてとても喜んだのに……私はあなたと私達の子とイエローフォレスト王国を守って行かねばと思って、必死で生きて帰らねばと思っていたのに。そう思っていたのに……」

ルイスの目に悔し涙が光った。

老婆は恐ろしいルイスの顔を見てがたがたと体を震わせるばかりだった。


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