ルシール 3
「奥様。大変で御座います。テスタロッテが殺害されたそうで御座います」
ハアロ大将軍の妻、ミアが居間でお茶を飲んでいると侍女が部屋へやって来た。
リエッサが王宮に戻ったのはまだ3日前である。
「何ですって?」
ミアは驚いて立ち上がった。
「どうして?」
「リエッサ様の使いである屋敷に向かったそうで御座います。その後で誰かに襲われて…………。犯人はまだ判明しないそうです。物取りでは無いかという噂が……遺体は川に浮いていたそうで御座います。奥様。どうも最近、王都は物騒で御座います」
「テスタロッテはリエッサが小さい頃から仕えてくれていた女官よ。リエッサの輿入れに付いて行ったのよ。どうしてそんな事に……」
「私には分かりませぬが……でも、王宮からやって来た兵士がそう言っておりました」
「何て言う事かしら……」
ミアは不安になった。
「私が明日にでも王宮に出向いて話を聞いて来るわ。テスタロッテが亡くなってリエッサもショックの筈よ」
「ところで、ルシールの様子はどうかしら?」
ミアは尋ねた。
「騒ぎ疲れてしまったのでしょう。今日は大人しくして歌など歌っております」
「歌?」
「はい」
「何の歌?」
「さあ?私の知らない歌で御座います」
「ふうん。お薬は飲んだのね」
「はい」
侍女は言った。
ルシールが大騒ぎをするから、仕方無くミアは医者を呼んだ。夫が留守の間に死なれたら自分一人で対処しなければならない。そんなのは嫌だと思った。
医者の薬が効いたのか、今日は静かであると言う。
ミアはこっそりとルシールの家に向かった。
ドアをノックしようとしてその手が止まった。
ルシールのしゃがれた声で歌が聞こえる。
「この歌は……」
歌はミアの遠い記憶を呼び起こした。
うんと昔、まだリエッサが小さい頃の話である。
サロンにリエッサを連れて行った。
そこでミアが作詞作曲をした歌を歌わせようと思ったのだ。
ミアはピアノを弾くのも上手だったし、詩を書くのも好きだった。
お人形の様に飾り立てたリエッサを隣に立たせて自分はピアノを弾いた。あんなに何度も練習をしたのにリエッサは上手く歌えなくて、ミアはがっかりした。
リエッサにとってサロンは退屈でちっとも面白く無かった。退屈したリエッサが落ち着きなく動き回るとミアは小さいリエッサをうんと叱った。
その内、リエッサはサロンには行かなくなり、ミアも連れて行かなくなった。
留守番をしているリエッサはよく乳母とルシールの所に出掛けて行ってはそこで一緒に時間を過ごした。
「何でルシールがこの歌を知っているのかしら?」
ミアは不思議に思ったが、多分、小さなリエッサがルシールに歌って聞かせたのだろうと思った。
ミアはドアをノックして部屋に入った。
ルシールが椅子に座っている。
「あら、お母様」
ルシールは掠れた声で言った。
ミアは嫌な顔をした。
「違うって言っているでしょう。あなたはルシール。リエッサでは無いわ。全くどこまで呆けているのかしら……」
「お母様。この歌。私、覚えていてよ。お母様がサロンに連れて行って私に歌わせようとしたのよ。何度も練習したから覚えているの。お母様ったら私が上手く歌えなかったからって私の手を抓ったわ」
ミアは目を見張った。
「お母様。王宮にいるリエッサにこの歌を歌わせてみなさいな。きっと知らないって言うわ。忘れたって言うと思うわ。歌の題名は『私の子馬』だったわね」
老いぼれたルシールは歯の無い口をもごもごと動かしてそう言った。
ミアは茫然としたまま動けなかった。
「それよりもお母様。リエッサに乗馬をさせて剣を振るわせてみればいい。今のリエッサは馬にも乗れないし剣も振るえないと思うわよ。リエッサは軍を率いてブラックフォレスト王国まで出向いて行ったと言うのにね」
そう言うとルシールはひいひいと嫌な声を出して笑った。
灰色に濁った目でルシールはミアを見詰める。
「お黙りなさい!!」
ミアは言った。
「そんな馬鹿な事が有る筈無いでしょう! ルシール。あなたはリエッサの振りをして私を騙そうとしている。まるであなたは魔女だわ!」
「……そうよ。お母様。ルシールお婆様は魔女だったのよ。魔女が私の体を乗っ取ったのよ。魔女はずっと機会を待っていたのよ。私になり変わる機会を」
皺だらけの顔を歪めてルシールはそう言った。
「馬鹿な事ばかり言わないで。有り得ない話だわ」
ミアは吐き捨てる様にそう言うと部屋を出て行った。




