カラミス王子
「何であなたがここにいるのよ」
サツキナは王宮の門でフツーに自分を出迎えたカラミス王子を見て、開口一番そう言った。
「おや、サツキナ姫。そんな事を言っていいのですか? 私は今、レッドアイランドホラン国王の正式な大使としてブラックフォレスト王国を訪問しているのですよ」
赤いローブをばさりと片方の肩に掛け、カラミス王子は胸元の徽章を指し示す。
「大使?」
サツキナは胡散臭げにカラミスを見る。
「嘘じゃないの?」
「嘘では有りません。(私のお陰で)我が国とブラックフォレスト王国は友好条約を結ぶのです」
カラミス王子は「どうだ。畏れ入ったか」と言わんばかりのどや顔で告げる。
「友好条約? レッドアイランドと?」
「そうです。昨日ダンテ王に謁見してホラン王の親書をお渡しして来ました」
「父上は何と言いました?」
「ならば傭兵を寄越せと」
「そうね。リエッサ王妃に色々と腹を立てているから」
サツキナは返した。
カラミス王子はサツキナの手を取ると「サツキナ姫。オルカ国のシンジノア・シャーク殿とのご婚約おめでとう御座います。ダンテ王からお聞きしました」と言った。
「まあ。有難う御座います。カラミス王子様。カラミス王子から祝福のお言葉を頂けるとは思ってもいませんでした」
サツキナは皮肉交じりに笑って返した。
カラミスは声を潜めて「実はシンジノア殿の事でちょっとお耳に入れたい事があります」と言った。
◇◇◇◇◇◇
「はあっ? オルカ国の陰謀?」
サツキナは大きな声で言った。
「しっ! サツキナ姫。声が大きいです」
カラミスはそう言って辺りを見渡す。
「我が兄はシンジノア・シャークという男は知らないと言いました。兄は大変記憶の良い人です。一度会ったら忘れないと思うのです。
それに、シャーク宰相は男子を望んでいたそうです。兄が亡くなった父から聞いたそうです。兄は望んでいた男の子を養子に出すだろうかと言いました。そう言われてみれば、確かに……。それにシンジノア様は家族の夕食にもお顔を出されませんでしたし……。やはりこの婚約はちょっと怪しいと感じたのです」
「……」
「サツキナ姫は何かの陰謀に巻き込まれているのではないかと心配になってしまって、それで急いでやって来たと言う訳です」
カラミス王子は言った。
二人は庭園のベンチで話をしていた。
シンジノア・シャークの言葉が蘇る。
「兄とリエッサの結婚式が済むまでは俺と兄の事は黙っていて欲しい。兄の仕事に支障が出ると困るから。兄が結婚するまでは兄がシンジノア・シャークという事にして置いてくれ」
だから誰にも本当の事を言っていない。ダンテ王にもヨハンにも。
だが、自分を心配してわざわざ来てくれたカラミスに本当の事を言わないのは心苦しかった。同時に、このヒト、いつまで私に関わる積りなのだろうと思った。
「カラミス様。御心配を有難う御座いました。私の事は大丈夫です。それよりも、ご自分のご結婚の事をもっとお考えになられた方が宜しいのでは?」
そう言ったサツキナにカラミスは爽やかに答えた。
「大丈夫です。サツキナ姫。私はここへ来る前にジル王女の本心を確かめて来ましたから」
あれはブラヌン川の川岸での事。
サンドドラゴンで東の大砂漠を突っ切り、ブラヌン川まで送って来てくれたジル王女にカラミスは言った。
「ジル王女。あなたが深く私を愛してくださっている事を私は分かっております。お気持ちは嬉しいのですが……申し訳が有りません。私には今忘れられない姫がいます。私はその方を助けなければなりません。それは私の償いであり義務でもあるのです。私の償いが終わった時、その時はあなたの元へ」
カラミスは真剣な眼差しで言った。
「あらまあ。ほほほ。カラミス王子。嫌だわ。勘違いですわ。私の好きな方は第二皇子のルシアン様です。あなたでは有りませんわ。私はずっとルシアン様の妻になりたいと思っておりましたの。あなたの事は幼馴染以外の何者でもありません」
「えっ……」
「優秀な兄上姉上に囲まれたあなたはいつもみそっかすで、私はずっと可哀想だなと思っていたのです。それでお世話をして来ただけですわ。どうぞ、その姫様を追っていきなさいな。けれど、あまりしつこくしてはいけませんよ。あなたは思い込むと突っ走るタイプですから。おいたや無理強いもいけません。嫌われない程度にして置くのですよ」
「……」
カラミス王子にサルを貸してくれた(実際に王女はモモをポケットに入れていたのだ)ジル王女は派手な砂煙を上げてサンドドラゴンで去って行った。
カラミスは茫然とその姿を見送った。
「カラミス王子。ドンマイ」
ホラン国王が付けてくれた従者のサンダーが肩を叩いた。
「さて、ちゃっちゃっと行きますか」
「ききっ!」
サンダーの声掛けに返事をしたのはカラミス王子の頭に乗ったサルだった。
「サツキナ姫。私は現在フリーです。何の束縛も有りません。だからと言ってあなたの結婚を邪魔する積りは有りません。私はあなたの幸せを願っているのですから。
私にはあなたとあなたの国が幸せになるのを見届ける義務があるのです。それが私の今やるべき事です。サツキナ姫。その日まで私、頑張りますからね!」
カラミスは明るい声で言った。
サツキナは唖然としてカラミスを見ていた。
そしてがっくりと肩を落とした。
その数日後オルカ国からの船がやって来た。




