ルシール 2
ルシールは柔らかい布団の中でゆっくりと体を伸ばした。
背中が痛いと言う事も無い。足が冷たくなって痺れる事も無い。腕が上がらないと言う事も無い。若い体と言うのは何と素晴らしいものだろうか。
リエッサの体を手に入れたルシールは美しい肌をうっとりとして眺める。
自分の顔を鏡に映してみる。
皺も無ければシミも無い。ピンと張った肌。
たっぷりとした金髪。艶があって美しい。口を開けて歯を見てみる。綺麗に生えそろった丈夫な歯。そうだ。歯だけは気を付ける様にリエッサに煩く言ったのだ。
ルシールはクックと笑う。
ルシールは髪が薄くなって地肌が見えていた自分の頭を思い出す。
ぼろぼろになって抜けた歯が並んだ口元を思い出す。
何度も口を開けて鏡を覗き込む。
「何と有難く幸せな事だろうか……」
これからはリエッサとして生きて行くのだ。
イエローフォレストの王妃として生きて行くのだ。
これは正当な権利だと思った。
イエローフォレストの神はやはり自分を見捨てていなかったと感じた。
ルシールは明るい空に向かって感謝の祈りを捧げた。
美味しい朝ご飯を食べて、侍女にかしずかれて衣装を整えた。髪を結い、化粧を施す。
両親に挨拶をと思ったが、ハアロ大将軍は軍を引き連れ数日前に出立していた。
「お母上にご挨拶を」と言うと侍女が返した。
「ミア様は只今ルシール様のお家に行っておられます。何やらルシール様が意味の分からぬ世迷言を騒ぎ立てて……」
「あら、そうなの? じゃあ、ルシールおばあ様にさようならも兼ねて私がそちらに向かいます」
ルシールはかつての自分の住まいに向かった。
ドアの向こう側でひいぃぃぃと泣き叫ぶ声がする。声が枯れているせいか、何と言っているか全く分からない。
ルシールはトントンとドアをノックした。
「はい」
「お母様。リエッサです」
ドアが開いた。
「ああ、リエッサ。もう出かけるの?」
「はい。お母様。お世話になりました。ルシールおばあ様。如何されたのですか? 精神錯乱でしょうか?」
自分を茫然と見詰める老婆の顔を見てルシールはにこりと笑った。
その途端、老婆は鬼の形相になってルシールに飛び掛かった。……積りだったが、足が縺れてばたりと倒れた。
「何をやっているのかしら……」
ミアは呆れる。
老婆のその姿を見てルシールは指を差して笑った。
「あらあら、おばあ様。大丈夫ですか? 無理はなされない方が宜しくてよ。お母様、では私は王宮に戻ります」
「リエッサ。一つだけ念を押して置くわ。シンジノア様はあくまでもルイス様よ。ルイス様で通すのよ」
「分かっておりますわ。お母様。私、ルイス様と結婚致します。お父上はああおっしゃたけれど、結婚する手立てはいくらでもありますもの。ルイス様と結婚して今度こそ彼の子供を身籠りますわ。だって、私、ルイス様が本当に好きなのですもの」
その言葉に老婆は目を見開き、「ギャー!!」と叫んだ。
「お母様。お母様。私がリエ、リエッサ、ごほっごほ……ゲホッゲホッ。おのれ!この、……この、魔女め! 」
倒れたまま床を転がる。
まるで駄々っ子だ。
ぎゃあぎゃあと泣き叫び、「殺してやる」「私のルイスに」と叫ぶ。
ミアは呆れた顔でリエッサに言う。
「さっきから自分がリエッサだと言って騒いでいるのよ。もう頭がおかしくなったとしか思えないわ」
「お医者を呼んでお薬を頂いた方が宜しくてよ。では私はもうこれで。お世話になりました」
ルシールはお辞儀をして立ち去ろうとした。
振り返りミアに言った。
「お母様。この部屋すごく臭いわよ。それに寒いし。これではお医者様がいらしたらルシールおばあ様を虐待していると思われるわ。せめてお風呂に入れてあげたら?」
「昨夜の内にちゃんと言って置けば良かったわね。ルシールおばあ様。では、お母様、たまには暖炉の火も入れてあげてくださいね」
そう言うとドアを開けて外に出た。獣じみた叫び声がドア向こうから聞こえる。
ルシールは「ああ、いい気分だ」と呟いてふふふと笑った。
階段の下に隠して置いた鞄を手に取ると中身を確かめた。
毒の瓶が二つ。
それを持つと玄関に向かって歩き出した。
期待で胸が膨らむ。
これから第二の人生が始まるのだ。




