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ルシールと黒い犬 1

「リエッサよ。私の願いを聞いてくれるな? 暖炉の火と温かいベッドと風呂と肉入りのスープじゃ」

「分かっていますわ。一応言ってみるだけ言って置きますわね。じゃあ、お婆様。素敵な提案を有難う御座います。ブラックフォレスト王国の話はとても気に入りましたわ」

 そう言ってリエッサは去って行き、ドアがバタンと閉まった。


 ルシールは布団から出てリエッサの髪が絡まったブラシを手に取る。

 杖を突いて部屋を横切る。

 化粧机の引き出しの奥に入っていた小瓶を取り出す。小瓶には黒い土がほんの少しだけ入っていた。



 ◇◇◇◇◇◇


 金属製の高い柵が張り巡らされた墓地。

 その細い隙間から手を差し入れて黒い土を指で摘まんだ。摘まんだ土を小瓶に入れた。

 もう一度手を差しいれる。それを小瓶につぎ足す。もう一度手を入れようとした所で

「そこまでだ」と誰かの声がした。




 あれはまだ商人の家にいた事の事だ。

 ルシールは子供だった。

 商人は彼女を町外れの墓地に連れて行った。自分の妻の墓参りをする為だった。

 商人は墓地の奥の森を指差した。

「あそこにお前の一族は眠っている。チャンドラル王朝の末がな。誰も近寄れない様にぐるりと柵を張り巡らせてある。ブラックフォレスト王国を攻めてダッカの森を焼いたせいで神の怒りを買った呪われた一族だ。ダッカの森は決して焼いてはいけない。それはずっと昔からのしきたりだ。神が坐す森だからだ。それを破ったお前の一族は滅亡した。お前ひとりを残して」


「お前が大人になってどこかの貴族の妾にでもなればお前の一族も浮かばれると言うものだ。お前は俺にうんと感謝しないとならないな」

「お前は美しい。それに子供の癖に妙に色気がある。本当だったら俺がお前を育てて後妻にしてもいいのだが……」

 そう言って商人は好色な目でルシールを見る。

「だが、呪われた一族の末裔を妻にする勇気は俺には無い。俺はお前を眺めるだけで我慢するとしよう。お前は生娘のままどこかの貴族に売られる。うんと高く売ってやろう」


 商人のそんな言葉も耳に入らない位にルシールは遠くの黒い森を見詰めた。

 墓は手入れもされずこんもりとした森に覆われていた。


 それからと言うもの商人がいない時を見計らってルシールは父や母や兄姉が眠る墓を訪れた。

 古物商を営んでいる商人は骨とう品の仕入れに数日家を空ける時があるのだ。後に残されるのは怠け者の女中と年老いた家令だけだ。ルシールは適当な言い訳を繕って家を出た。



 ある日、雨に煙る墓地を訪れた。

 雨は陰気に降り続き、森は異様な雰囲気に包まれていた。

 ルシールは墓に近付いた。

 と、柵の向こう側に黒い大きな犬がいるのに気が付いた。

「どうやってこの中に入ったのかしら……?」

 ルシールは柵を見上げてそう思った。

 柵は優に2メートルはある。ルシールは柵をぐるりと廻ってみた。

 どこにも入る場所など無い。



 ルシールはポケットの中に入れて置いたパンを取り出した。出先で腹が空いたなら食べようと思っていたのだ。

 それを柵から差し出した。

 犬は警戒しているのか、ルシールに近寄らない。

 ルシールはそれを柵から投げ入れた。

「あなたはここで私の一族を見守ってくれているのね。どうも有難う。でも、どうやってここへ入ったのかしら? ここから出ないと餓死してしまうわよ」

 黒犬はじっとルシールを見詰める。



「誰も私の一族を思い出しはしない。まるで汚い物に蓋をする様にここに葬って、祀る事もしない。私の一族を思い遣るのはこの世で私とあなただけね」

「私独りだけが我が一族を思い遣ると思っていたの。でもあなたがいるなら私はすごく嬉しいわ」

 ルシールはそう言って微笑んだ。

 黒犬はルシールの投げたパンの匂いを嗅いだ。そしてそれを口に入れた。

「今度は肉を持って来るわね」

 ルシールはそう言った。


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