ジェド伯の息子達 1
ジィド辺境伯の領地では相変わらず隣のグリンデルタ国のサラース男爵との衝突が絶えなかった。
それも次第に激化していた。
ラミスは苛々としていた。
サラース男爵は狡猾だった。
ラミスよりも上手だった。
ラミスは何度も悔しい思いをして、こんな時に親父がいてくれればと今更ながらに思った。
やっぱり親父殿の力は偉大だったと思い知った。蛇に対峙するのはやはり蛇なのだ。
ラミスはずっと親父殿に不満を抱いていたが、自分はやはり親父殿に守られていたのだと思った。
ラミスにしてもずっと親父殿を塔に閉じ込めて置く積りは無かった。ちょっとお仕置きをした積りだった。親父殿が大人しくなったら塔から出してやろうと思っていた。
それなのに、出来の悪い弟シャルルが親父殿を連れ出し、事もあろうか王都に向かったのである。
「ちっ。一体何をしに王都へ向かったのだ」
ラミスは怒鳴った。
その答えは分かり切っている。リエッサ王妃に援軍を頼んで息子達を懲らしめるためだ。
「全く腹立たしい!」
ラミスは椅子を蹴飛ばす。
「シャルルの大バカ者めが。年寄りの世迷言をまともに受け取りやがって!」
それが時を経て状況が変わって来たらしい。
ジィド辺境伯を連れ戻しに行った兵士がラミスの元に帰って来て告げたのだ。
ジィド辺境伯とシャルルは行く先々で沢山の随行者を伴っていると言う。
それがどんどん膨れ上がっている。
その者達に阻まれてジィド伯を連れ戻せなかったと告げた。
「まるでリエッサ王妃に対する反乱じゃないか」
ラミスとその兄弟は話をした。
「下手をすると我々も親父殿に巻き込まれて、国王軍に攻められるかも知れない」
そんな不安が頭を過る。
「もしかしたら、親父もシャルルも謀反の罪でリエッサに縛り首にされてしまうかも知れない……」
3兄弟はぞっとした。
「無理やり連れ戻した方がいいのでは無いのか?」
「しかし、親父に付き従っている村人や神官、修道士はどうする?」
「……どーする?」
「それより我らがここを留守にしている間にサラースが何をやるか不安だ」
「ルード兄とラミス兄が分かれてどちらかが父上を説得に向かえば」
一番末の弟カランは言った。
「だが兵を連れて行かれては、もしもの時に困るし……」
「だが、兵を連れて行かないと何かが起きた時に身を守る術が無くなる」
「何とかサラースを止める手立てがあれば……」
相談はぐるぐると廻るばかりだった。
カランは苛々としていた。
四人兄弟の中で一番シャルルを心配したのはカランであった。
カランとシャルルは同母の兄弟である。病弱だった母が病に臥せっていた頃から、父は村の若い女を妾に貰って閨を共にしていた。男女の営みで若い女が上げる嬌声は病床の母の耳にも届いていた事だろう。父はそんな事は全くお構いなしだった。
カランは父を最低なゲス野郎だと思っていた。
檻に入れられたのはその女だ。
女は若い抗夫と駆け落ちをしたのだ。抗夫は殺され女は捉えられて折檻された。
女は檻から出された後で川に飛び込み自殺をした。
ジィド辺境伯はボロ雑巾を見る様な目で城に届けられた女の遺体を見ていた。
そんな男なのだ。あのくそオヤジは。
母は女が駆け落ちをした晩に死んだ。
親父は死ぬ間際の母を一瞥しただけで部屋を出て行った。
逃げた女を追うためだ。
母の最期を看取ったのはシャルルとカランだった。
長兄ラミスと次兄ルードは居酒屋で酔っぱらっていた。
ジィド辺境伯がリエッサ王妃に殺されるのは全く構わないが、自分の兄シャルルがそのとばっちりを受けるのは断じて許せなかった。
カランにとってシャルルは誰よりも大切な兄だった。
優しくて明るくて。
上の二人の兄にもうすのろと馬鹿にされ、父親にも使用人にも馬鹿にされていた兄だったが、カランにはその人柄の素晴らしさが分かっていた。何とかしてシャルルだけでも助けなければと思っていた。
これはやはり親父殿に追い付いて王都へ向かうのをやめさせなければならない。
そう思った。しかし、まだまだ若輩者の自分だけが追い掛けて進言しても相手にされないだろうとは分かっていた。何とか兄を動かして兵を連れてシャルルと父を連れ戻さなくてはならない。
カランはその機会を探していた。
そんな折、サラース男爵の坑道で大規模な落盤事故が起きた。
地下に閉じ込められている抗夫が数十人もいるらしい。
ニュースはすぐにラミス達にも伝えられた。
ラミスはあざ笑った。
「ざまあみろって言うんだ。つまらない喧嘩を吹っかけて来るから、バチが当たったんだ」
次兄のルードが言った。
「兄貴。サラース男爵をぶっ潰すいいチャンスじゃないのか? 今が」
「ああ、そう言えばそうだな。落盤事故で右往左往している時に戦を仕掛ければ、サラースも抵抗が出来ないだろう。我等の完全勝利だ」
ラミスが真顔で言った。
カランは呆れた。
犬にも劣るくず共め!と憤る。
カランは賢い少年だった。だが、賢さを前面に出しては父や兄に潰されると言う事もよく分かっていた。だから普段は彼等に同調して過ごしていた。反吐が出そうな奴らだと思いながらも自らの爪を隠して生きて来たのだ。カランは僅か14歳だった。
「兄上。それは良くないです」
カランはおずおずと言った。
「ん? 何でだ?」
ラミスとルードはカランの顔を見る。
「今、サラース男爵は大変な立場にいます。こんな時は助けに行くのです。地下に閉じ込められた抗夫を。
苦しい時に攻撃された恨みは二倍にも三倍にもなって帰って来ますが、それまで敵だった我らに助けられたとしたら、サラース男爵はどう思うでしょうか?」
カランは言った。
「俺達に恩義を感じるだろうな」
「すごく感謝すると思う」
二人は子供の様に素直に答える。
カランは全く素晴らしいお答えですと言わんばかりに大きく頷く。
「大変な時に助けてくれた相手をまた攻撃しようと思いますか? 恨みを買えば、戦いはこの後もずっと続く、でも感謝をされればそこでもう戦いは終わりです。きっとこの後の交渉も有利に事が進むと思います」
カランは言った。
二人の兄は「ああ~。成程!」と感心する。
ラミスは立ち上がった。
「よし。分かった。おい。ルード。暫く仕事は休業だ。みんなでサラース男爵の鉱山に行って閉じ込められた奴らを助けるぞ。道具を持ってすぐに出発だ。ルードとカランは先に行ってラミス様が仲間を引き連れて助けに来ますと伝えに行け」
「了解!」
ルードは言った。
「カラン。お前、なかなか賢いな」
ラミスはカランの頭に手をやった。
カランは心の中で苦笑いをしながらも神妙な顔で「恐れ入ります」と言った。




