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ルシール 1

 馬車に乗せられ、ハアロ大将軍の家に着いたリエッサ王妃は不貞腐れながら部屋に入った。ジャネ・ハアロは「王妃を絶対に屋敷から出してはいかん」と家の者に言い置いた。そしてすぐに妻のミアを呼んだ。



「何ですって!!」

 夫からその話を聞いたミアは愕然とした。

「いえ。私はてっきり妊娠しているものだと……」

 ミアのその言葉を聞いてハアロは激怒した。

「お前は母親の癖にたった一人の娘の面倒も見られないのか! 娘が本当に妊娠しているのか、していないのかそれすらも分からないのか!!」

「娘と言っても、もう王妃として王家に嫁いでおりますれば。それに私にはサロンの仕事があります!!」

「サロンなどどうでも良い!! お前がそんな風だからリエッサが愚かな事をするのだ!」

 ハアロ大将軍がそう叫ぶとミアは絶句した。

 沈黙が流れる。

 ハアロはふうっと息を吐いた。


「それよりも森番から月のものを止める薬を買っていたらしい。誰が買っていたのだ?」

 ハアロは言った。

「薬? そう言えばルシール様が薬を取り寄せていたかと……」

「何だと? ルシールが?」

「では、リエッサに薬を飲ませていたのはルシールなのか?」

「分かりません。そう言えば、この所リエッサはちょくちょくルシール様を尋ねて来ていたと、侍女が言っておりました……。あなた、すぐにルシール様の所に行って話を聞きましょう」

 ミアは言った。



 ◇◇◇◇◇◇


 ハアロ大将軍とミアを部屋に迎えてルシールは静かに話を聞いた。

「森番から薬を取り寄せていたのはルシール殿、あなたか?」

 ハアロは尋ねた。

「はい」

 ルシールはあっさり認めた。

 二人は驚いた。

「何故、そんな馬鹿な事を……」

「リエッサ様に頼まれたのです」

「何を頼まれたのじゃ」

「ルイス・アクレナイト、いえ、シンジノア・アクレナイトと結婚をする為の計略を」

「何?」

「リエッサ様は婚約者の弟君に恋をしたそうで御座います。どうしてもシンジノア殿と結婚をしたいと申されました」

 ルシールの言葉に二人は唖然とした。

 暫く声が出なかった。



「な、何だと? ではリエッサはあの者がルイスでは無くてシンジノア殿だという事を認識しておったのか? 錯乱はリエッサの演技だったのか?!」

 ルシールは軽蔑した様に笑った。

「当然です。あら、まあハアロ様も騙されたのですか? おやおや。リエッサ様は役者にもなれますでしょうね。……ミア様もですか? まあ、ミア様は仕方が無い。ミア様の関心はサロンだけですからねえ」

 その言葉にミアは息を飲む。

 ハアロは握り拳を握った。

 つかつかと老女に近寄るとその胸倉を掴んで怒鳴った。

「貴様はすぐに殺してやる。この汚らしい老婆め。誰のお陰で今まで生きて来れたと思っているのだ!! 恩を仇で返すなど!! 我が父の遺言だったから身寄りのない貴様を保護して来たのにこんな仕打ちを受けるとは」

 今にも拳骨で老婆の頭を殴りそうである。

 ミアが慌てて止めに入った。

「将軍が殴ったらルシール様は死んでしまいます。ルシール様、いえ、ルシールをアクレナイトに差し出して、リエッサはルシールに入れ知恵をされたと言えば」

「馬鹿! 錯乱が嘘だと分かれば、もっと貴族達に軽蔑されて重臣達から廃位を申し入れられてしまう! アクレナイトにどんな顔をされるか儂には……そんな事は決して言えぬ、断じて言えぬ!!」

 ミアは口を開けたままだ。


「絶対に言ってはならぬ。シンジノア殿はルイスだ。リエッサはシンジノア殿をルイス殿と思い込んでいるのだと。それで通すのだ。我々も」

「……」

 将軍は忌々し気にルシールの髪を掴むとベッドに叩き込んだ。

「生い先短い老婆に何と言う無体な事を……」

 ルシールは濁った目に涙を浮かべた。

「私は可愛いリエッサ様の為に知恵を絞ったのに……サロンでお忙しいミア様の代わりにリエッサ様を御守りして来たのはこの婆で御座います。」

「くっ……」

 ミアは唇を噛んだ。



 じっと何かを考える。

「ルシール。もうあなたにこんな立派なベッドは要らない。あなたには罪人の固いベッドがお似合いです」

 ミアはそう告げた。

「あなた、リエッサと話をしましょう。この先の事を話し合うのです」

「俺の父は愚かな人間だった。こんな汚らしい平民の売女に入れ込んで、この家に不幸をもたらした」

 ハアロ大将軍は吐き捨てる様に言った。


 ルシールはよろよろと立ち上がるとハアロの足元に平伏した。

「私はリエッサ様可愛さ余りにとんでも無い事を致しました。どうかお許しください。お許しください。こんな老婆に固いベッドで眠れなどと、それでなくても体があちこち痛んで辛いのに……。考え足らずの老人のやった事です。どうかお許しください」

 ハアロは忌々し気にルシールを足蹴にした。

「ええい!触るな。小汚い老婆め!! お前など早く死んでしまえ!」

 そう言うとバタンとドアを閉めて出て行った。

 ミアは「お前は私達の信頼を裏切った。薄汚い老婆め!」と言ってルシールに唾を吐いた。

「ベッドはすぐに取り換える。お前など早く死んでしまえばいい」

 そう言うと部屋を出て行った。


 後に残されたルシールは顔に付いたミアの唾を袖で拭き取った。

 そして顔を伏せて「くっ……」と呻いた。呻き声は笑い声に変わって行く。

 ルシールは床に伏せたまま狂った様に笑った。


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