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ジョージ・アクレナイト

 数日後、王都にあるアクレナイト家の屋敷の前に一人の男が立ち寄った。

 男はゼノン神官の礼服を着ていた。

 威風堂々としたゼノン神官だ。



 神官は馬から降りて衛兵に告げた。

「私はジィド辺境伯の遣いの者です。この書簡を密かにジョージ・アクレナイト侯に手当たす様にと命じられました」

 そう言って頭を下げた。

「何? ジィド辺境伯からだと?」

「はい」

「そこで待っておれ」

 衛兵は手紙を持って急いで門の内に入って行った。



 屋敷の中にいたジョージは衛兵の言葉に驚いた。急いでその手紙を開いた。そこには驚くべき事が書かれていた。ジョージは目を見張った。

 手紙を折りたたむと彼は衛兵に言った。

「この書簡を持って来た神官をここへ」

「はっ」

 衛兵は慌てて外に出た。


 だがそこに神官の姿は無かった。

 衛兵はすぐに屋敷へ取って返す。

「申し訳有りません。待っている様にと言ったのですが、神官はすぐに去ってしまったようです」

 ジョージは家令に申し付けた。

「すぐに妻を呼びなさい。それとシンジノアだが、どこにいる?」

「シンジノア様は只今王宮の方へ」

 家令は答えた。

「王宮へ早馬を送れ。急用だと言ってシンジノアをここへ呼び戻せ」

「御意に御座ります」

 家令はそう答えるとすぐに部屋を出て行った。




「ふう。やれやれ。御父上が呼びもどしてくれて助かった」

 ルイス(シンジノア=真司)はそう言いながら部屋へ入って来た。

「リエッサ王妃がべったりとくっ付いて、散歩やらお出かけやらでいい加減うんざりしていたんだ。早い所、ジィド辺境伯監視の仕事に送ってほしいよ」

 そんな事を言いながら椅子に座った。


「私はお前をジィド伯対応の指揮官にしようと考えていたのだ。それをリエッサ王妃に強硬に反対されたのだ。リエッサ王妃は『ルイス・アクレナイトは私の夫になる男だからそんな所に行って怪我でもされたら困る』と言った。海賊征伐ももう出すなと言われた。

 お前がオルカ国へ行っている時は『いつ帰るのだ』と言ってうるさくて仕方が無かった。私の婚約者なのだから勝手な事をされたら困るとまで言いおった」

 ジョージは憮然として言い返す。

「『いい加減にしろ!』と怒鳴りたい気持ちをやっとの事で抑えたよ」

 父親の言葉にシンジノアは苦笑する。

「アクレナイトを何だと思っているのか。……兄上はあんな女のどこが気に入ったのか全く理解に苦しむ。……ところで何があったのですか?」



 部屋の中にはジョージとその妻のロクサーヌ、それに父の参謀のハシンがいた。

「さっきジィド辺境伯からの遣いがやって来た。ゼノン教の神官だ。それが持って来た手紙だが読んでみろ」

 ジョージは手紙を渡して言った。シンジノアはそれを手に取り読んでみた。思わず立ち上がった。

「何だって!? リエッサ王妃の妊娠は嘘だって?!」

「施薬院から月のものを止める薬を買って飲んでいたらしい。信じられん。……我らを騙していたのか?」

「薬はハアロ大将軍の家に届けられていると書いてある」

 ジョージは言った。

「どこの施薬院かは書いていない」

 シンジノアは顔を上げた。



「という事はハアロ大将軍もグルという事ですか?」

「うーむ」

 ジョージは唸る。

「ハアロ大将軍はそんな馬鹿な策を弄する方では無いと思うのだが……。あの方は昔気質の軍人だし、そういう策略には頭が向かないと思うのだが……」

「じゃあ、これはリエッサ王妃とハアロ大将軍の妻であるミア様の策略でしょうか?」

「おそらく……」

「それよりも何故この書状をジィド辺境伯がアクレナイト侯に送って寄越したかという事です」

 ハシンが言った。

「それより先にこれは本当にジィド辺境伯の手紙かどうかと言う所です」

 妻のロクサーヌが言った。

「ジィド辺境伯の蠟封は無いが……。だが、城を出て王都に向かっているのだから仕方あるまい。

 それに『自分はリエッサ王妃に騙された。騙されて酷い目にあった。貴殿も騙されているのだ』と書いてあるだろう。多分、ブラックフォレスト王国のサツキナ姫の事を言っているのではないかと思うのだが……。それを知っているのはジィド辺境伯本人しかいない」

 ジョージは返した。


「ああ、だからリエッサ王妃は寝る時は別の部屋でと言ったのだ。一緒に寝てしまったらウソがばれるから……。成程。そう言う事か」

 シンジノアは呟いた。

「おかしいと思ったのだ。あれだけべたべたして来るのに」

 クックと笑う。


「しかし、ジィド辺境伯にも呆れたものだ。騙された恨みをアクレナイトを使って晴らそうと言うのか? そもそも他国の王女を貢ぎ物などと言って秘密裡に妾に貰おうとするその魂胆が腐っている」

 シンジノアは吐き捨てる様に言った。

「どいつもこいつも腐りきっているな。つくづく嫌な国に成り下がった。兄上はあんな女と婚約したために不幸に見舞われたのだ」


 思わずそう言ったシンジノアにロクサーヌはそっと言った。

「シンジノア。そんな事を言ってはいけません。リエッサ王妃に嫌疑を掛けられ、あの時はそうするしか無かったのです。御父上だって悩みに悩んだ選択だったのです。それにルイスもそれを承知でリエッサ王妃と結婚する道を選んだのです」

 シンジノアは父親の顔を見た。父は苦渋を顔に滲ませている。

「……申し訳有りません。父上」

 彼は頭を下げた。



「いいんだ。その通りだ。ロクサーヌの言っている事もルイス……、いや、シンジノアの言っている事も正しい」


「リエッサ王妃の妊娠が本当か嘘かを確かめる必要がある。もしも、嘘ならば道を正すだけだ。嘘であるなら結婚などする必要も無い。リエッサの腹にいるのがルイスの子供だと思っていたから王妃の言葉を聞いて来ただけだ。お前はジィド伯対応の応援に行け。自分の兵を連れて行くんだ。すぐに行け。そしてジィド辺境伯に近付いて彼の真意を確かめろ。

 いいか? リエッサがお前を探すかも知れない。もし危なくなったら何もかも捨ててオルカ国に逃げろ。その後の事はルイスと私で対処する」

「リエッサ王妃には何と?」

「ジィド辺境伯の真意を確かめに行ったとそのまま言うよ。すぐに出立しろ」

 ジョージは言った。

「父上。お気を付けて。相手はスズメバチです。油断は禁物です。随時使者を送って王都の様子をお知らせください」

 シンジノアはそう言うと部屋を出て行った。



「ハシン。オルカ国にいるルイスに使いを送れ。リエッサ王妃の妊娠が本当か嘘か分かるまで帰って来るなと。それから兵を送ってリエッサ王妃の主治医を秘密裡にここへ連れて来い。それと王都の施薬院を全て調べて薬を売った店を洗い出せ。

 さて、リエッサ王妃をどう調べるか話し合いだ。王妃だから裸にして調べる訳にも行かぬ。下手をするとハアロ大将軍を敵に回してしまう事になる。ロクサーヌ。どうだろうか。何かいい案は無いか?」

 ジョージはそう言った。



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