サスの港 サツキナ
時をしばし遡る。
ここはサスの港。
「戦の準備だ!!」
叫んだミランダ王女の頭は既に戦モードへと切り替わっていた。
自分が率いて来た屈強な男達に言った。
「私は戦の準備をする為に先に国へ帰る。ザザ(副隊長)よ。ミスラ、サス、アクレナイトの港、それとオルカ国、それぞれの場所に兵を分散してカラミスを待て。良いか。必ずカラミスを連れて帰るのだ。ミスラには援軍を送る」
ミランダ王女はそう言い置くとザザの返事も待たずに颯爽と立ち去ってしまった。その男前過ぎる後ろ姿にザザは「御意」と頭を下げた。
ザザは言われた通りに兵士を四分割して各場所に配置した。そして自分はサスに残った。
皆が散開して1週間程過ぎた後、カラミス達をオルカ国へ運んで行ったレッドアイランドの船がサスの港に入って来た。クルーはやれやれと言って船から降りて来る。だが、そこにカラミス王子の姿は無かった。
待機していたザザは船長に出来事の一部始終を聞いた。
船長はカラミス王子に脅かされた事をおどおどとしながらも正直に伝えた。(カラミス王子のうさぎ跳びに関しては黙っていた。それは王子の面子を思い遣ったからである)
同時に魔族の王女であるサツキナ姫の恐ろしさも余す所無く伝えたのであった。
「それはまさに夜叉でした。血みどろの角付き。俺達は片手を切り落とされた男を引き摺るサツキナ姫の姿が目に焼き付いて悪夢にうなされる思いでしたよ……」
ザザは驚いた。
「何? サツキナ姫とはその様に恐ろしい女なのか?」
「はい。カラミス王子も敵いませんでした」
「何だと? カラミス王子が?」
「はい……」
「それは相当な手練れだな……」
ザザは呻くように言った。
「サツキナ姫に言う事を聞かなかったらこの船を沈めてやると脅かされ……それなのにカラミス様はサツキナ姫に惚れているのか、幾らお誘いしても一緒に帰って来ませんでした。自分はシンジノア様を見届ける義務があると仰って……きっとサツキナ姫とご一緒されると思います」
船長は言った。
「そんな恐ろしい女のどこにカラミス王子は惚れられたのか……?」
「怒ると夜叉ですが、普段は我々に対しても丁寧で優しく接してくださります。威張った所は全く有りません。それに大変美しい方で御座います」
「うむ。ではカラミス王子は顔に惚れたのだな。よし、その様にミランダ様に報告して置く」
「して、ルイス・アクレナイトからの狼藉は無かったか?」
彼は悪の黒幕(で、あろう)ルイス・アクレナイトについて尋ねた。
「は? アクレナイト侯で御座いますか? イエローフォレストのアクレナイト家のご子息様ですか? いや、全く。お会いもしませんでした。何か御座いましたか?」
船長は不思議そうな顔をする。
ザザは狐に摘ままれた様な顔になる。
「あれ?……何か思い違いをしていたのか……? おかしいな……ルイス・アクレナイトは其方らを追ってオルカ国へ行ったのではないのか?」
「いえ、来ませんでした」
「……」
「……どうもよく分からん。しかし、カラミス殿は確かに夜叉のサツキナ姫と帰って来るのだな?」
ザザは念を押した。
「そう伺っております」
船長は答えた。
ザザは船長の話をミランダ王女に伝えに行くようにと部下に言った。「ルイス・アクレナイトは関係が無いらしい」という事を早く伝えないと気の早いミランダ王女が戦いをおっぱじめるかも知れない。
兵士は出航間近の商船に乗ってミスラの港を目指した。
ザザはアクレナイトの港にいる仲間に連絡を取る。そして皆でカラミス王子の帰りを待った。
◇◇◇
サスの港にサツキナ姫をお迎えするための兵達がやって来た。ヨハンと国王軍である。レッドアイランドの兵達は彼等と和気あいあいとしながらサツキナ姫を待った。なんせ、風呂や夕食を振舞って貰ったのだ。
お互いの苦労話やお国の郷土料理や珍しい習慣など披露し合って穏やかで楽しい時間を過ごした。
ヨハンは是非サンドドラゴンを見てみたいと言って、その内ミランダ様がご招待されますよとザザは言った。
そんな中、サツキナの乗ったオルカ国の船が到着した。サツキナ姫は輝くばかりの笑顔で船から降りて来た。レッドアイランドの兵士達はズボンにシャツ、髪はゴムでまとめ髪と言う質素な服装で有りながら、その美しくも気品のある姿に目を奪われた。
「あの美しい姫が夜叉と化すとは……」
一体カラミス王子は何をしてくれたのだ?
そして当のカラミス王子はいくら待っても降りてこないし。
「ブラックフォレスト王国のサツキナ姫とお見受けいたします。我等はレッドアイランドの者です。カラミス王子をお迎えに参ったのですが……」
ザザは言った。
「レッドアイランドの方で御座いますか? 私はブラックフォレスト王国のサツキナ王女です。カラミス様は私よりも一日早い船でミスラの港に向かいました。御国に向かうと言っていらっしゃいましたよ」
サツキナはにっこりと笑って言った。
「ええっ? そうなのですか?」
「はい」
「オルカ国からミスラの港までは約2週間ですから、まだ到着していないかも知れませんね」
サツキナは笑顔で答えた。
ザザ達はがっかりした。
だがしかしミスラには援軍が来る筈。必ずカラミス王子は捕獲されるであろう。そう思って気を取り直した。イエローフォレストとの戦いも回避されたであろうし。兎に角カラミス王子が無事で良かった。
やれやれだ。ようやく国に戻る事が出来る。
誰もがそう思った。
ブラックフォレスト王国の兵士達と別れを告げ、XYZ商店に向かうザザ達一行の耳にサツキナ姫とヨハンの会話が届いた。
「サツキナ。どうだった? シンジノア・シャーク侯は? 婚約は出来たのか?」
「ええ。婚約して来ました。シンジノア様と。これはシンジノア様に頂いたのよ。婚約指輪」
ザザ達は降り返った。
サツキナ姫が手を開いてヨハンに指輪を見せている所だった。
彼等はそれをじっと見詰める。
「とっても素敵な方だったわ」
サツキナが言った。
「それは良かった」
ヨハンはほっとした様に笑った。
ザザ達はお互いの顔を見合わせた。そして無言でまた歩き出した。