表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

004 逆襲

 


 無理無理無理無理!

 そう思いながらも、僕は一週間耐えた。





 一度神経内科にも行った。

 夜中にババアが出てきて、僕を殺そうとするんです。そんなこと言っても信じてもらえないし、変なクスリをやってると思われるのも嫌だ。そう思い、最近嫌な夢ばかり見ます、おかげで眠れませんと話した。


 結果、睡眠導入剤を処方された訳だけど。

 この薬はやばかった。

 飲んで1時間もしない内に、強烈な眠気に襲われた。倦怠感半端ない。

 これならババアにまたがられても、目覚めることはないだろう。そう期待した。




 でも無駄だった。




 毎晩、決まった時間に目が覚めた。

 ババアとの逢瀬(おうせ)は毎晩欠かさず続いた。

 しかも薬のおかげで体がだるくて、朝起きるのが半端なく辛い。

 僕は薬を飲むのをやめた。


 このままだとおかしくなる。

 頭も、体も。

 会社でも、社長さんたちが心配してくれた。

 僕は愛想笑いを浮かべ、「大丈夫です」と答えることしか出来なかった。

 でも。

 もう限界だった。


 引っ越そう。

 なるべく近場で、同じぐらいの家賃のところに。

 そう決めた。





 でも、現実は非情だった。

 流石に今と同じ家賃は望んでなかったけど、どこを見ても倍はする。

 しかも敷金礼金あり。

 どう見積もっても持ち金が全部消えてしまう。

 僕は絶望した。

 でも。このままこの部屋に居続ければ。

 いずれ僕は殺される。

 それか精神を壊されて、過去の住人のように自ら死を選んでしまうか。

 どちらにしても、僕に明るい未来はない。

 そう思い、ため息をついた時。

 ふと頭に浮かんだ。




 あのババア、何が目的なの?




 いつもいつも現れて、ニヤニヤ笑いながら僕を見下ろして。

 鎌を手に、今からお前を殺すとばかり振り下ろす。

 でも、僕はまだ生きている。


 初めて現れてから今日まで。僕はいつも、鎌が振り下ろされる時に気を失っている。

 気を失っても、そのまま殺せばいい筈なのに。

 どうしてそうしないの?


 考えてみたらあのババア、僕に危害を加えていない。

 怖がらせているだけだ。

 恐らくこの部屋は、ババアにとって大切な居場所なんだろう。

 調べてみたけど、他の部屋でそういう事例はないようだった。

 管理人さんに聞いてみたんだけど、


「やっぱり……まだいるんですね、あの部屋に……」


 そう申し訳なさそうに言って、僕に頭を下げた。

 そして。他の部屋では聞いたことがない、そう言った。


 僕の部屋にだけ現れる存在。


 恐らく無縁仏の一人で、まだ成仏出来ずに彷徨(さまよ)っているんでしょう。あなたが入ってきたことで、大切な居場所が奪われた、そう思い、出て行くように仕向けているんじゃないでしょうか。そう言って、管理人さんは再び頭を下げた。

 そして。

 日本酒と粗塩(あらじお)(さかずき)をくれた。

 これをお供えしてみてください、そう言って。


 その夜、部屋の隅に置いてみたんだけど。

 朝見ると、酒にも塩にもカビが生えていた。

 それだけで、あのババアが妄想なんかじゃないことは分かった。

 でも。

 追い出したいのなら、さっさと殺した方が早くない?

 怖がらせて逃げるのを待つって、そんなに効果的?


 僕のようなビビリには効くだろうけど。

 でももし、僕が幽霊なんか気にしない男だったら?

 ババアにまたがられても気にならず、すやすや安眠出来る鈍感だったら?

 ババアの思惑通りにはいかないよね。

 これってもしかして。

 危害を加えないのじゃなく、加えられないんじゃない?

 そう考えた方が自然なように思えてきた。

 殺さないにしても、傷ぐらいつけてもよさそうじゃない。

 そこまで考えてたら。

 だんだん腹が立ってきた。


 何で?

 どうして僕が出て行かないといけないの?


 墓地を破壊され、その上唯一の居場所にまで他人が入ってくる。たまったものじゃないのは分かるし、同情しないこともない。

 でも。

 ここの家賃を払ってるのは僕なんだよ?

 僕がここに住むのは、当然の権利なんだよ?

 なんで僕が、僕だけが。こんな目に合わないといけないの?


 そっちの事情なんて知らないよ。

 大体お前、家賃払ってないじゃない。

 それなのに出て行けだなんて、理不尽にも程があるでしょ。

 そう思い、僕はこの夜。

 怒りマックスの状態で布団に入った。





 深夜2時。丑三つ時。

 いつものように目が覚めた。


 目の前にババアがいる。

 本当に気色悪いババアだ。みっともない半開きの口、垂れて来る(よだれ)

 おかげで毎朝、僕はシャワーを浴びなきゃいけないんだぞ?

 髪の毛も汚い。幽霊は風呂にも入らないの?

 ボサボサなんてもんじゃない。


 僕を見てニタリと笑い、鎌を振りかざす。

 僕は言った。言ってやった。

 我慢の限界だった。


「……おい」


 僕の声に、ババアの動きが止まった。

 あれ? このババア、ひるんでる?

 ひょっとして狼狽(うろた)えてる?


「お前……毎晩毎晩、夜中に起こしやがって……何か訴える訳でもなく、怖がるのを楽しそうに見て……何がしたいんだよっ!」


 そう怒鳴ると、ババアは後ろに転がり落ちた。


「逃げんなっ! 毎晩毎晩、いい加減にしろよ!」


 そう叫び立ち上がる。




 あれ?

 体が動く。

 これってもしかして……




 そうか! 金縛りだと思ってたけど、そうじゃなかったんだ!

 恐怖で動けなかっただけなんだ!


 ババアの仕業だと思ってた。でも違ったんだ。

 僕の中の恐怖が、勝手にババアの力を大きく見積もってただけなんだ。

 そう思うと、俄然(がぜん)勇気が湧いてきた。




 ――この二週間の恨み、今ここで晴らしてやる!




 僕はババアの前で腕を組み、見下ろした。


「僕は家賃を払ってここに住んでる。お前がここにどれだけいるのか知らないけど、この部屋の今の住人は僕だ。お前じゃない」


 ババアは腰砕けになり、白濁の瞳で僕を見上げた。

 状況が理解出来ず、混乱しているようだった。

 まあ、それも仕方ないか。まさか幽霊に説教する人間がいるなんて、ババアも思ってなかっただろうから。


「僕は絶対に出て行かないよ。ここは僕にとっても大切な場所なんだ。気に入らないならお前が出て行けよ! と言うか出てけっ! 今すぐここから出てけっ!」


 そう怒鳴ると、ババアは鎌を捨てて後退(あとずさ)った。白濁の目から、涙が溢れていた。


 ――逆転ホームランだ!


 今怖がってるのは僕じゃない、ババアの方だ。

 僕は拳を握り締め、笑みを浮かべた。


「さあ! さっさと出てけっ!」


 そう叫んでババアの腕をつかもうとした。

 でも、僕の手はババアの腕をすり抜け、空で拳を握っただけだった。

 あれ? このババア、ひょっとしてつかめない?

 確認の為、ババアが持っていた鎌を拾おうとした。でも無駄だった。つかめなかった。


 そうか。このババア、言うなればホログラム、実体がないんだ。

 だからいつも、僕を殺せる状況にも関わらず、何もしなかったんだ。

 いや、出来なかったんだ。

 胸に()し掛かっていたババアの重み。それも僕の心が生み出した幻覚だったんだ。


 つまり。


 ババアは僕に何も出来ない。

 怖がらせる、それしか出来なかったんだ!





 怖いって何だろう。いつも考えていた。

 そして今、結論が出た。

 人は未知のものを怖がる。だって分からないことだらけなんだから。

 何をされるか分からないんだから。

 でもそれが解明出来た時、人はそれを恐れなくなる。

 僕は幽霊に勝ったんだ!




「ババアあああああっ!」




 一喝すると、ババアは再び転がりながら部屋の隅に逃げた。

 完全に立場が逆転した。僕はババアに勝ったんだ。

 頭を抱えて震えるババアに満足し、僕は再び布団にもぐった。


「もう……起こすんじゃないよ。明日も仕事なんだから」


 そう言って目を閉じた。

 ババアは僕に何も出来ない。危害を加えられない。

 なら、別にそこにいても問題ない。

 確かに気味悪いし、見た目は怖いけど。でもそれも、見慣れてしまえばどうってことはない。

 あれはただのホログラム。声も出せない出来損ないだ。

 放っておいても問題ない。とにかく僕は寝る。


 達成感、満足感が心を埋め尽くす。

 今日は久しぶりに……よく眠れそうだ。

 そう思いながら、僕は夢の世界へと旅立っていった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ