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8話 ヒーローは立ち上がる

 確かこんなことも何かの文献で読んだことがある。カマエルは神の正義に対して反抗する者を容赦なく攻撃したことから()()()()()とも呼ばれていたことを。彼はまさに”それ“を体現していた。今の彼からは数日前までの面影を感じないほどに攻撃的な性格をむき出しにしている。真の大天使カマエルも現実に顕現すれば、このような姿をしているのだろうか。ただ、俺は彼の妙な変化に気づく。彼の全身が紅く火照る。確かに血管が膨張することで肌が紅潮することはあるだろうが、髪や瞳までもその変化を受け継ぐことなどあるだろうか。


カマエル「何をそんなに呆けた面してんだ?まさか、あんな程度で勝ったつもりだったのか?聞いて呆れる。俺が尊敬してた親父はこんな程度だったなんてよぉ。」


彼に一体何が…


「もういい。だったら終わらせるだけだ。」


 その瞬間、彼は目の前まで接近していた。その後に、俺の胸に短刀が突き立てられていたことに気付くまでに時間はかからなかった。短刀の端からポタポタと赤いものが垂れ出し、俺の胸は熱さを帯びる。短刀が引き抜かれると同時に俺の体はふわりと地面に倒れ伏す。次第に俺の下には血の池ができ、俺はその上に浮かぶ。意識は遠のき、指先を動かすことも叶わず、その目を閉じた。



 俺は重く沈んだ瞼を開ける。その世界はぼんやりとしていて、もの静かで、ただ少しだけ心地よさを感じる。鈍い感覚を手探りに動かし、体を起こす。頭に霞がかかったみたいな気持ち悪さを感じたまま、目を仕切りに動かして周囲を見渡す。すると、頭上で声がした。


「まだ、倒れる時じゃないだろうが。」


 そちらに目をやると、黒いもやがかかったみたいな人の形をした何か。表情は窺い知れぬが、どこか呆れているようにも思えた。でも、なぜかそれに苛立ちを感じない。どころか、俺はそれに同調していた。いや、共感と言った方が正しい。なぜか、寸分違わず全く同じ感情を抱いている。そう、()()()()()()()()。何も成せずに倒れてしまった自分への。


「かと言って、ここからどうすればいいんだい?俺の体はもう一つも動かせないけど。」

「そんなわけない。お前はまだ動くことができる。もう動けないと思っていても、意地でも立て。お前がここで倒れることは許されない。甘えるな。諦めるな。立て。」


 そうして、人影は俺に手を差し出してくる。


「自分の体を犠牲にする覚悟はあるはずだ。だから、自分の体を燃やすことができた。後もう一回、自分の体に鞭を打つことくらい造作もないだろ?」


 俺は自然と彼の差し出す手に俺の手を伸ばしていた。子供が気になるものに手を伸ばすみたいに。それは児戯への誘惑かもしれない。あるいは俺を利用するための懐柔かもしれない。だとしても、俺はその誘いを受けることに不思議と躊躇はなかった。なんとなく信じてみたいと、そう思ってしまったから。そして、俺は彼の手を取るとその手からパッと閃光が炸裂する。ほとばしるそれは俺を影を世界を白く塗りさる。視界が完全に白くなる前の一瞬、人影の顔に、星空みたいな青く輝く瞳を見た気がした。その目は綺麗で、優しくて、思わず惹かれてしまうような、そんな目だった。



「これで本当に終わりなのかよ…親父。」


 目の前で倒れ伏す男。昔から大好きで、格好良くて、尊敬していた。そんなヒーローみたいな男の背中を俺はずっと追いかけていた。ここ最近で改良されていくうちに、俺の中から俺が消えていくような感覚を覚えていた。悪を排除するという強い正義感が俺の中を支配していた。親父は悪じゃない。だからこそ、確かめたかった。親父が悪じゃないと。今も変わらず、俺の憧れであると。でも、目の前の男にかつてのような光を感じない。閉じかけた虚な目がそれを示している。その背中は実に頼りない。


「あんたなら俺を止めてくれるって信じてたのになぁ…。」


 そうして、俺が去ろうと背を向けた瞬間。


「どこに行くんだ?」


 とそんな声が聞こえた。確かに俺の短刀は心臓を貫いた。そして、目の前で事切れる瞬間もこの目で見ていた。もう二度とその背中を追うことはできないと確信した。すでに俺の体は絶望に飲み込まれてしまったというのに。俺は後ろを振り返った。助けを呼ぶ声が聞こえれば必ず助けに来てくれる。誰もが憧れるそんな格好良いヒーローはそこに立っていた。俺はどこかで声をあげていた。俺を暗闇から出してくれと。絶望に飲み込まれた後も心のどこかで求めていたんだ。藁にもすがる思いで伸ばした手すらも掴んでくれた。

 だからこそ、俺は笑った。この心がたとえ、黒く染まってしまったとしても俺の信念は曲げない。家族を守るために俺は(ヴィラン)になる。そうして、俺はその英雄(ヒーロー)に向かって助けを乞う。


「なぁ、親父。俺を止めてくれ。」


 そんな俺に親父は笑ってみせた。その目は俺の本心を見透かしたかのようで、気丈に振る舞う俺を慰めているようで。しかし、どういうわけか殺意を感じない。ましてや、敵意すらも。それどころか、純粋に俺を助け出そうとする意志がひしひしと骨身に伝わる。だからよりいっそう、その背中が大きく見えて、追いついたと思い込んでいたのが馬鹿らしく思えた。その時、思い出した。親父はいつまで経っても親父なんだと。そして、親父は俺に言った。


「任せな。君を絶対に助けてやる。」

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