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5話 動き出す歯車

「それで、引き受けてくれんの?」


 俺はアスラナから取引の内容を聞かされた。その内容は俺の度肝を抜いたが、予想できなかったものではない。

もしそうなったらと一度考えたことがあった。しかし、あまりに非現実的だったため深く考えないようにはしていたのだが。いま実際に目の前でそれが怒っている。具体的な詳細も提示された。であれば、俺はその取引にこう返答するとしよう。


「…いいよ、引き受ける。」

「ふーん。てっきりあんたは引き受けてくれないと思ってたけど。」


 と彼女は不思議そうな目で見てくる。そんなに疑わしいものなのだろうか。


「そうだね。俺もそんなできる確証のないことはやりたくないけど、俺にも夢の一つはあるからね。」

「なんだ、意外と可愛いところもあるんじゃん。」

「悪い?」

「いいや、むしろそれくらいが子供らしくてちょうどいい。」


 と彼女は俺に微笑んで見せる。確かにインテラたちの言う通りだ。彼女はなかなかに人に好かれそうな性格をしている。それにどこか母性を感じさせるような立ち振る舞いをしている。なんというか包容力がある。


「それじゃ、決まりだね。また追って連絡する。それまでいつも通りここで生活しといて。」

「分かった。」


 そんなこんなで取引が成立した。もし彼女の計画が成功すれば、あるいは俺の願いも…。とりあえず、今は連絡があるまで大人しくしておくとしよう。それに、実行する前に俺自身の能力も高めておかなければならない。今は改良を素直に受け、利用させてもらおう。とそんなことを考えているとタイミングを見計らったかのように護衛が数人入ってきて、再び俺を拘束した。なるほど、確かにこれなら実現可能かもしれないな。そして俺は再び連れていかれるのであった。


 あれから数日が経過したが、いまだに俺たちは外出禁止だ。外部との交流は配膳係が食事を持ってくる以外にない。少し退屈してしまうが、最近鍛えることをしていなかった。つまり、鍛錬にはちょうどいい機会だった。自分の肉体や戦術まで色々研究してみた。人影の言ったことを参考にしてバレない程度に生体電気を放出したり、突風を起こしたりしてみた。だが自分の身体機能に依存した戦い方だと、満足に使えない状況に陥ってしまった場合に即行で詰んでしまう。だからこそ、それらなしの自力の戦い方を会得する必要がある。

 幸いにもこの施設にはそう言った本はいくらでもあるし、実際に読んだこともある。その記憶を頼りに今現在あれこれと試行錯誤しているのだ。そのようにして過ごしていた時だった。突然、部屋の窓に外の映像が映し出される。そこにあったのは何人かの護衛ととある研究員の姿。その研究員は見覚えがあった。確かザッケハルトとよく行動を共にしている。


「ゼウス、実験の時間です。」

「随分といきなりだね。」

「知らせていませんでしたからね。ザッケハルト局長が今日いきなり実験をするとおっしゃったものですから。さ、早く行きますよ。局長がすでにお待ちです。」


そうして俺は実験室へと連れて行かれるのであった。


「今回は戦闘実験です。他のプロトタイプと共同で行います。相手はまだ言うなと言われていますので、その目で確かめてください。」


 今回の実験は俺にとって好都合だ。試したい戦術がいくつもある。それに、俺自身どこまで戦えるかを見ておかなくてはいけない。相手を教えてもらえないというのはなかなかにモヤモヤするが、公正さのためには仕方のないことなのだろう。

 しかし、問題はそこじゃない。俺が改良を受けてさらに力をつけたように他のみんなも改良を受けてとてつもない成長をしている可能性がある。つまりは全くの予測不可能な戦いになるということだ。従来の戦闘の範疇で物事を考えてはいけないのだろう。それこそ俺のようにとある身体機能を利用した攻撃をしてくる可能性だってある。そんな訳のわからない相手に対して余裕をかますことなんてできるわけない。

 だが、そのような状態というのは悪いことじゃない。実際の戦闘ではそのようなことだってあるだろう。実戦に近い形式で行うものはより自らの成長につながる。だからこそ、今回は俺にとってとても意味のあるものになると確信している。とそんな感じで俺はただ黙々と移動していく。


 拘束が外され、照明の光に思わず目を瞑ってしまう。ぼやけ、ろくに捉えられない視界をよく凝らして前を見た。だんだんとピントが合っていくにつれ、この部屋の状況を把握する。白色の壁に囲まれており、この場には俺しかいない。辺りを見渡すと壁の上部に大きな窓があり、そこから俺たちの実験を観察できるようになっているらしい。そこには先の研究員と奴の姿。その常に浮かべている笑みが俺の思考をもつれさせる。その意図は深く心の奥に隠されている。奴が手元のマイクを使って俺に呼びかける。


「ふふふ、気分はどうだいゼウス?」

「おかげさまでクタクタですよ。こんな頻繁に改良だの実験だのと。」

「それは私にとって喜ばしくないねぇ。これから君には戦闘実験を行なってもらうというのに。」

「それで、俺の相手は誰なんです?」

「じきに来るよ。ほら。」


 そう奴が指を指す方向には俺がきた方向とは別の扉がある。その重く閉ざされた扉がゆっくりと開いていく。その向こうにはゆらゆらとこちらに向かって歩いてくる人影が一つ。

 拘束も何もされていない。その体の輪郭を捉えられない男の手には漆黒に煌めく短刀が両方に握られていた。そして部屋の照明が徐々にその男の影を拭い去り、姿を暴く。 俺はその男と相対した時に思わず胸の高鳴りを感じた。それと同時に背筋に伝う冷たいものも。興奮と恐怖とが交錯し合い、心臓は凄まじく跳ね上がる。俺は思わず笑みをこぼしてしまう。しかし、額からは冷や汗を垂らしながら。

 おそらく、全プロトタイプの中で最も危険性を秘めているといえば彼だろう。独特の歩き方,間合い,戦い方に及ぶまで。戦いを望んだのは確かだが、正直いえばあまり彼との戦闘は望んでいなかった。だって、それほど彼は“強すぎる”から。なぁ、そうだろう?


「ウェプノ…。」


俺がそう言うと、彼はこのように言葉を返す。


「ああ、悪りぃ。俺はもうウェプノって名前じゃねぇんだ。親父と同じで変えられたもんでな。今の俺は“カマエル”だ。」

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