表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

2話 局長会議

 あれから数分後…、俺は自身の体を試していた。理由はもちろん、改良による身体能力の変化を確認するためだ。局長は俺の超越率とやらが27%から85%まで上昇したと言っていた。俺はまだ1%の上昇での身体能力の向上がどのくらいか分からない。故にこうして試しておおよその値を算出しているというわけだ。というわけでまずはその場で跳んでみる。地面を軽く蹴る。足に大した負担がかかることもなく、風船のようにふわりと俺の体は宙に舞い上がる。例えるのならば、無重力空間で飛び回る宇宙飛行士になった気分だ。

 

 あまりの予想外の出来事に俺はバランスを崩し、もろに地面に激突する。軽く1mは跳んだだろうか。しかし、驚くべきところはそこではない。1mとはいえ、体を強く打ちつけてしまった。本来なら最低でも痛みくらいは生じるはず。だが、俺の体はそれを感じることはなかった。手で軽く体を押されたくらいの感覚。どうやら、頑丈さまで上がっているらしい。


ゼウス「いよいよ化け物だな…。」


 服についた汚れを手で払い落としながらスッと立ち上がる。やはり、体の重さを強く感じることはない。筋力が上がると同時に、力を入れる感覚が鈍くなってしまったのかもしれない。


 次にと俺は壁に近づく。コンコンと手の甲で軽く叩いてみるが材質は間違いなくコンクリート。手のひらでそっと触れると、部屋の薄暗さも相まってその冷たさがじんわりと指の先まで伝わる。そして次の瞬間、俺はその手を思いっきり引き、堅牢な壁に向かって全力でその拳を振るう。体重まで乗せ、腰の回転までも使った全力の打撃。一切手を抜かなかった。骨が砕けていてもおかしくないと思ったのだが…。手にはただ少し痺れが走る。手がコンクリートに直撃する感触,音,場面、全て知覚することができている。だからこそ、目の前の光景に戸惑いを隠すことができない。激痛が走るでもなく、骨が折れている様子があるわけでもなく、ピンと張った腕が壁に接触している。

 ただ問題はそこじゃない。第2関節から第3関節にかけて赤く変色していたが、目の前で急速に元の肌色まで戻ってしまった。そして先ほどまで肘まで伝わっていた痺れもいつの間にか消えている。どうやら、頑丈さ,治癒能力ともに向上しているらしい。ここまでである程度は理解できた。思考能力,筋力,耐久性、そして治癒能力。人体における全ステータスが改良によって逸脱しているようだ。


 今までこのような実験はしたことがない。改良されているとはいえ、俺の能力向上は生物としてのある程度の領域までのものだと思っていた。だが、今回に関しては得た情報は異常そのもの。副作用や支障が出てもおかしくない。だからこそ、こうして試したわけなのだが…。


「いったいどうしたものか…。」


 やはり、一度に理解できる限界を超えてしまっている。プロトタイプ、超越率,固有名称。インテラや他の奴らにも同じことが起こっているのだろうか。肉体的に限界を迎えておらずとも、精神面で少し疲弊している。もはや人間の形をしたナニかになってしまった俺。これからも改良は続く。その時、果たして俺は俺でいられるのだろうか。その時こそ完全に人を辞めてしまうのではないかと考える。


 その時、背筋に冷たいものが伝わり、浮き足立つような感覚を覚える。ああ、そうか…。とうに失ったと思っていた"恐怖"が俺の身体を震えさせる。自分が人から逸脱することがこんなにも恐ろしいだなんて知る由もなかった。


 すると、突然上から光を感じ取る。俺は思わずそちらに目を向けてしまった。こんなもの、こうして考えこんでいる時でもないと気にしないものなんだなとそう実感した。部屋の真ん中で仄かに明るい照明が唯一俺を宥めてくれている。光を浴びて、どこか救われたような気分になるのが不思議で、悪い気はしなかった。このままこの椅子に座り込んでいれば安全だと思ってしまう。しかし、その外にはジワジワと這い寄るような薄暗さ。それに俺は自分に逃げ場がなく、徐々に追い詰められているように感じて、腕と足の中に頭を埋めた。


 ふと、他のプロトタイプのことを考える。こんな時でも考えてしまうのはずっと父親のように振る舞ってきた自分の性なのかもしれない。俺と同じような境遇にあるのなら助けてやりたいと思ってしまうのはどうしてだろうか。あいつらが苦しんでいる様子を思い浮かべて余計に苦しくなるのはどうしてなのだろうか。色々考えているうちに疲れ果ててしまった。このまま考え続けているとどうにかなってしまいそうなので、俺はベッドに潜り、眠りにつくのだった。



「ふっふっふ…。お集まりいただけたようで何よりです、2人とも。」


 大男は会議室で笑う。三角形のテーブルを囲うように3人が席に着いていた。屈強な黒髪の男,少し顔色の悪い緑髪の男、メガネをかけた金髪の女。そして、その誰もが同じ三角形のバッジをつけていた。


「ザッケハルトさん…。私はまだやらないといけないことが山積みなのですが…。手短に終わらせてくれますよね?」

「はぁ〜。どうせ、つまらないことでも企んでるんだろ?あんたが呼び出す用事はたかが知れてる。」

「まぁまぁそう言わずに。今回は素晴らしい改良結果を報告したいのですよゼンクさん、アスラナさん。」


 緑髪の男はゼンク,金髪の女はアスラナと呼ばれた。どちらも面倒くさそうにザッケハルトの話を聞いている。


「今回お集まりいただいたのは他でもない。我らが計画のキーであるアンセスのことですよ。」

「アンセスですか…。」

「そういえばザッケハルト、あんた、あたしのインテラに何をした?今まで以上に疲弊してたし、脈拍,呼吸数ともに異常だった。しかもその前にアンセスと共同実験してたって話らしいじゃん。どう言うこと?」

「その件に関してはすみませんでしたね。彼らの限界を試したかったもので。」

「ふざけるな!インテラはあたしの管轄だ。許可も取らずにそんなことをするな!」


 アスラナの怒号が部屋全体に響き渡る。凄まじい剣幕でザッケハルトを睨みつけ、敵意を剥き出しにしている。彼女はその目の奥に煮えたぎるような怒りを隠しきれていないが、対してザッケハルトは冷静に、かつ依然として不適な笑みを浮かべている。やはり、この男は何を考えているのか分からない。2人の対照的な視線が交錯し、今まさに亀裂が生まれんとしていた。


「いや〜、すみませんでした。次に共同実験する時にはきちんと許可を取ることにしましょう。それにしてもアスラナさんは本当にインテラのことを気に入っているようで。」

「当然だ。あたしはあの子の母親。娘をあれこれされて怒らないわけないじゃん。」

「それもそうですね。」

「ザッケハルト…。」

「落ち着きましょう、2人とも。」


 衝突しそうになったその瞬間、ゼンクが間に割り込み、仲裁する。焦る様子もなく、変わらぬ様子で冷静な口調でものを言う。


「インテラの容態は少し安定したと聞きます。確かにザッケハルトさんの身勝手な行動は合理的ではないですが、今は再発防止に務めるべきでしょう。過去の事象をとやかく言ってもどうにもならないのですから。アスラナさんの言い分も理解できます。ただ、ここは矛を収めましょう。よろしければインテラに私の装置を使わせます。」

「…チッ。」

「助かりました、ゼンクさん。彼女とすれ違うのはこちらとしても痛いところですから。」

「僕はただ争いが嫌いなだけです。平和的解決方法を模索した方が得策でしょう。」



ゼンクの仲裁により会議を始めることになるのだが、緊張状態は解消されることはない。


「それで、アンセスがどうしたんだ?」

「聞いてください、2人とも。アンセスの超越率が凄まじく上昇しました。今のアンセスの超越率は85%です。」

「85%?」

「嘘つけ!前の改良だと27%で0.4%にも満たない数値しか上昇しなかったんだろ?たった一回の改良で58%も上昇しましたなんて信じられないに決まってんだろうが!」


 2人は疑惑の目を向ける。この研究所で異例の事態。他のプロトタイプでもそこまでの数値を記録したことはない。しかし、目の前の男は待ってましたと言わんばかりににやける。分かっている。この男が不正を行うような男ではないと。だからこそ、この男が言うことは嘘ではないのだろう。だが、やはり前代未聞の情報をはいそうですかと信じるほど伊達に研究員をしてはいない。すると、目の前の男は話を続ける。


「もはや彼は人間の範疇に置いておくなど愚の骨頂。そこで、私は彼の固有名を変更することにしました。"ゼウス"、それが今の彼の名です。」


 その言葉に2人は少々引いたような顔をする。


「…何ですか、その中学男子が考えそうな名前?」

「あんた…そこまでネーミングセンスなかったの?」

「おやおや、ここまで否定されてしまっては少々胸が痛みますね。彼の能力からして神の名を冠するのは妥当だと思いますが。」

「もう少し頭を捻れよ。まったく…どうせあんた変えたくないんだろ?」

「おや、気づいちゃいましたか?」

「いつも通りですからねぇ、仕方ありません。これからプロトタイプ番号00、固有名アンセスは番号継続の固有名ゼウスに変更ということでいいんですよね。」

「ええ、ぜひ頼みます。では、これにて会議を終了いたします。どうぞ、研究にお戻りください。」


 その言葉の後、アスラナはそそくさと部屋を出ていき、ゼンクも後を追いかけるように部屋を出ていった。会議室にはザッケハルトただ1人が残されている。


「ついに…ついに…我らの目標完遂に大きく近づいた。もうすぐだ…もうすぐで…。」


 男は笑う。狂ったように。誰も聞くことがないその笑い声は虚しくも確かな存在感を放って辺りに響き渡るのであった。



 コツコツとハイヒールの音が鳴る。その足取りは迷うことなくある場所を目指していた。すると、後ろから慌ただしく私とは別の靴音が聞こえてくる。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよn、アスラナさん!」


 その正体はゼンク。どうやらあの会議の後、私を追いかけてきたようだ。ゼェハァと息を切らし、額には汗をびっしょりとかいている。日頃の運動不足が祟ったのかあるいは睡眠不足が原因か…。


「今は別にタメ口でもいいよ、ゼンク。」

「そうだね…アスラナ。で、今からどこ行くの?」

「そんなのインテラのところに決まってるじゃん。」

「さっきも言ったけど僕の装置、今使ってないからインテラに使えるよ。」

「いや、今の状態を見るにあの子はそっとしておくほうがいい。言ってくれてありがと。本当、あんたにはいつも助かってるよ。」

「別にいいよ。僕は…アスラナの…友達だから。」

「…そうだな。"友達"には遠慮なく頼らせてもらうわ。」


 ゼンクには本当に助けられている。いつも私が後先考えずに行動しようとした時に止めてくれる。さっきの時もそうだった。手を出していればどうなったかとか。

 …あいつは得体が知れない。この計画に参加した時もあいつだけはやけに乗り気だった。あいつには人の感情というものがないのだろうか。完全に狂っているとしか言いようがない。


 そうしてしばらく歩いていると目的の場所へ辿り着く。私はすぐに職員証を読み込み、パネルに番号を入力する。するとその部屋の扉のロックが解除され、開かれる。私はその扉が開くと同時に部屋の中へ駆け込んだ。


 その部屋を一言で片付けるのならば子供部屋。空景色の壁紙が部屋の広さを錯覚させ、無造作に大量のぬいぐるみが散りばめられている。そして、その部屋に見合わずに本棚が厳かに存在し、子供が到底読みそうに思えない分厚い本が隙間なく設られている。インテラは人形に囲まれながら、ボロボロのクマのテディベアを抱き抱えて座り込んでいた。目が虚でまるで生気を感じない。


「インテラ!」


 私は思わず彼女に駆け寄っていた。娘がこんなことになっていて冷静になることはできなかった。すると、彼女はゆっくりとこちらに顔を向ける。しんどそうというより力が入らない様子だ。インテラはその口をわずかに開けて話す。


「お母さん…?」

「インテラ!」


 私はインテラを抱きしめた。事態の深刻さを把握していなかった自分が憎い。こんなの…死んでいるみたいで胸がとても苦しい。インテラはアスラナに抱きしめられると、一筋の雫をこぼす。声をあげることもせず、涙を流すだけ。疲弊した彼女にとってそれが限界だった。


「ごめんね…ごめんね…。お母さんが見てなかったばっかりに…、あんたをこんなにも辛い目に合わせちゃって…。」


インテラ「お母さんのせいじゃないよ…。だから、そんな顔しないで…。」


 目に輝きのない少女は力なく笑って見せた。娘がこんなにも自分を待ってくれたことに対する喜びと彼女の今の状況に対する苦しみが私の中でぐちゃぐちゃに絡み合う。


 私は部屋の入り口前で自分たちを遠目に見守るその男にこう言った。歯を食いしばり、目に涙を溜めながら。この計画の発案者が発案者なために、気軽に離脱することはできない。


「ねぇ、ゼンク…。」


 仮に離脱できたとしても私は消されるだろう。それでも、私はこう思わずにはいられないのだ。


「やっぱり…こんなのおかしいよ…。この子がこんな目に遭ってて、母親の私が何にもできないなんて…。ひどいよ…。」


 部屋には無情にもただアスラナが咽び泣く声が響くのみ。彼女の願いに応えてくれる者は訪れてはくれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ