傷だらけのマリオネット EP.17 despair parade
亡者にも等しきが、歌を謳い、彷徨い群れる。
生者は怯え、自らの命を案じるが、求めに呑まれて堕ちていく。
これは、絶望のパレード。
逃げたきゃ、逃げろ。
何処までも追ってくる叫びから…。
どのくらい経っただろうか。漂う腐敗臭でむせ返りそうになっても、化け物は地下から大量に溢れてくる。四肢をちぎられても、目を潰されても、口からドロドロと体液を滴らせて、ゆらりゆらりと歩み寄ってくる。終わりの見えない現状に気が狂いそうになるが、泣き言を言う暇も無い。一つ、また一つと撃ち抜いた。奪ってきたマガジンも底をつきかけ、外すことは到底許されない。すでに何人か無惨な姿で事切れていた。次は自分の番だと、指先に力が入らなくなりそうになる。が、それでも死んだ仲間の意志を背負う気持ちか、あるいは自ら想像を絶する苦痛に恐怖しているからだろうか。弾丸を放ち、腹を貫き、臓物をこぼす。
「諦めるな。最後まで戦い続けろ。」
そう仲間を鼓舞するも、アスラナは限界を悟りつつある。このまま全滅するよりも撤退するべきか。それとも別働隊が退避するまでの時間稼ぎを泥臭く続けるか。そんな葛藤が永遠にも感じる一秒を絶望と焦燥で塗り上げた。
もう、戦う気力も弾薬すら残っていない。今際の際だと、誰もが口を揃えて言う状況。するりと気を抜いてしまった。敵を前にして。化け物は彼らに向かって手を伸ばす。助けを乞うように、しかしあちら側へと引き摺られるような気分だった。でも、悪い気はしない。このまま楽になろう…。その先が眼球に届く寸前だった。
「ゼリヤァァァァ!」
何処からともなく聞こえて来た雄叫びと同時、アスラナの視界に映る肉塊が落ちる。ぼとりと落ちて血飛沫を上げる腕よりも、前のめりに倒れ込む化け物よりも、彼女はその男に目を奪われた。
真紅の刃が光り輝き、血に濡れた髪は赤を増す。紅色の瞳は常に奴らを視界に映し続け、獣はバケモノを標的に据える。この場の時を止めた彼は手に持つ得物をギラつかせ、呻く化け物へと切っ先を向けた。
「さっさと片付けてやる。」
次の瞬間、彼は消えていた。点と点を結ぶように紅く走る線は四肢を削ぎ、腹を捌き、頸を穿つ。次々と切られていく光景をアスラナたちは黙って見ていることしかできなかった。絶句。彼らが目の当たりにしているのは戦いではなく、一方的な虐殺であった。自らが生み出した兵器の怪物に対する殺戮。
外野で歯を食いしばる彼らとは対照に、ウェプノは瞬く間に展開するお遊びに感情を抱かない。いや、むしろお遊びとも思っていない。憎悪も、憤怒もない。ただ淡々と仕事をこなすみたく、その刃を薙ぐ。ついに、地下から溢れてくる怪物を一匹残らず一網打尽にした。そうして積み上がったなれ果ての上で、彼は血を拭っている。それはまさに、計画の末に生み出された兵器の姿だった。
すると、後方から幼い子供の声が聞こえてくる。
「ウェプ兄待ってよぉ。」
息を荒げながら走ってくる赤髪の少年が必死の形相で兄を呼び止める。ウェプノはそんな弟を見て申し訳なさそうに頭を掻く。殺伐とした光景の中で繰り広げられる日常的な団欒が妙に可笑しいところだが、悠長に心の内をこぼすほどの余裕はない。アスラナは床に広がる亡骸を一瞥し、歯を食いしばった後、それらを踏みつぶしながら二人のもとへ駆け寄る。
「二人ともけがは無いかい?」
「ああ、何ともない。しかし、一体どういう状況なんだ、これは。」
そう言って、アスラナたちが通ってきた惨状を見つめる。人とよく似た骨格だが、体の所々がぼこぼこと歪み、赤黒く膨らみあがっている。彼らから流れる体液も少々濁っており、その上粘性が強い。さらに、人間らしき知性はなかった。言ってしまえば、これらはゾンビのようだった。生者を求め彷徨い、見つけた獲物に群れて貪り食らう。
「とにかくだ、今は避難していなさい。」
しかし、ゼンクはその違和感を訝しんだ。彼らと行動していたであろう者はいったいどうしたのだろうと。勝手に出てこれるはずもないため、誰かが出したとしか考えられないのだがと。彼らに対し、避難指示を出そうとしているアスラナを前に彼に問いただすことにした。
「ねぇウェプノ、君たちはどうやってここに来たんだい。他に人はいなかったのかい。」
「ああ。部屋から出してくれた奴ならいたぜ。でも…」
「ちょ、やめろってウェプ兄。」
そう言って彼は自身の傍らに立つ弟の頭をぐしゃりと撫でた。それに対して、サウンドは少々不機嫌そうにしている。
「こいつを出したときに、妙な音がするって言うもんだから首根っこ引っ張って走ってきた。」
つまり、サウンドが先ほどの戦闘の音を聞き、それをウェプノに伝えたところ、ここまで駆けつけてくれたということだろう。サウンドがいなかったら、自分たちは今頃この世にはいないだろうと彼に感謝する反面、彼らを出した仲間の指示も聞かずに無茶なことをしたということにむず痒い気持ちを抱いてしまうものだと、ぜんクはひとまず吞み込むことにした。
しかし、これはこれで好都合というものだ。少々予定は崩れたものの、このまま削れてしまった戦力に彼らを充てることができれば、状況が好調に傾くかもしれない。逆にここで摩耗した戦力のまま動こうものなら、ゼロポイント奪取の際、かなり厳しくなる。や無負えない判断だが、今の自分たちの状態も含め、最善の選択はこれしかない。そう、ぜんクは考えた。だからと、提案をしようとしたのだ。
「アスラナ、ここは彼らに着いてきてもらうべきじゃ…」
刹那、その場の誰もの背筋が凍りついた。気配はなかった。ましてや、さっきまで何もなかったのだ。残り香というにしては強く、爆発というにしては弱い。確かな存在感を放つ”ナニカ”がそこにいる。そう感じる。無が有へと変わる瞬間を感じなかったという異常性に、あたりは先ほどとは比べ物にならないほどの緊張が走った。そして、全員がそちらを見やる。
…微笑んでいた。白い衣装に赤い液体が塗り付けたように付着している。金色の瞳が照り映えて、伸びた白髪が風に靡く。包帯を全身に巻いていたであろうその男の肌には傷一つもなかった。しかし、驚くべき場所はそこではない。とあるものが彼の手に持たれていた。血液が頚椎を赤黒く色づけ、つながる頸はまるで時を停められたかのように自然だ。
もはや、彼らの知る"カレ"ではないことなど明白だった。何を考えているかなど全く分からない。感情を持たないどころか、ただ空っぽのようにさえ感じてしまう。
「無事…だったのか、アンセ…」
「避けろ!」
ウェプノの叫び声とともに、2人の体は床に叩きつけられる。衝撃に苦しみながらも、ゼロ・ポイントを視界に入れた途端、2人の顔から血の気が引いていく。
彼は手をこちらに向けて伸ばしている。体に電気を纏いながら。そこで2人は後方にいたはずの仲間の方を向いた。しかし、時すでに遅し。彼らの体から匂う肉の焼ける匂いが、それを物語っていた。膝から崩れ落ちていく仲間を見て、思わず言葉を失った。カレは完全にこちらを殺す気なのは明白だ。
「親父、まじでどうしちまったんだよ…。」
「おとん、俺たちが分からんのか!?」
彼は2人の心からの叫びを聞いても、ただ微笑んでいた。ここから脱却する術を直ちに模索しなければ、自分たちの命がないことくらい赤子でも理解できる。そう、アスラナとゼンクが知恵を絞ろうとした。しかし、その時に見えたのは、カレの手が間近に迫っている光景だった。




