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傷だらけのマリオネット EP.16 神の名の下に粛清を

反乱が起こっている最中、順調に進む計画。


意識を奪われる寸前のゼロ・ポイント。


迎える計画の最終段階。


抗う被験体たち。


神は降臨する。


哀れな子羊を救うために。


さあ、今こそ救いの時だと、


誰かが呼ぶように。


地下の祭壇で行われた儀式の結末は…

別の場所で反乱の灯火が上がっている中、じっと動かず手術台に横たわるは白髪頭の青年。いくつもの装置が取り付けられている。周囲を取り巻く禍々しさは、彼を蒼白に溺れさせる。だが、それでも美しく感じてしまうのは、彼自身が、いやあるいはこの場が我々にそうさせているのだろうか。この芭蕉は、もはや実験室などではない。あまたの生贄を捧げ、今ここに誕生せしめんとする“儀式“そのものだ。その様子を間近で享受するザッケハルトこそ、“教祖”であるといえるだろう。信者は祈り、教祖は願いを届け、神はその呼びかけに応じる。


そう、今まさに、神が降臨する。

おお、神よ。

この日をどれほど待ち侘びたでしょうか。

さあ、こちらへ。

我らをお導きください。


そんなカルトじみた戦慄が歌うみたいに。

 

 すると、そんな儀式の間にとある来訪者があった。儀式に水を差された教祖は厭わしそうにそちらを見やる。そこにいたのは、研究員の一人だった。彼は少しばかり慌ただしそうにしている。そして、ザッケハルトに耳打ちしてくる。


「どうやら、奴らは被験体を回収するつもりのようです。」

「ほおぅ、ずいぶんなことしてくれるじゃないか。酷いなぁ、せっかくの子どもたちを。」


 そう言う彼の顔はやけに余裕そうで、狂気染みている。手のひらで踊るネズミをもう一度、カゴに戻すことなんて容易いことだ。だから彼は策を閃き、そして不適な笑みを浮かべた。心配なんてありえない。いつだって彼は悠々とこなしてきた。策を承った研究員はすぐさま準備に取り掛かった。


「もうすぐだ。もうすぐ、僕の悲願が達成される。」


教祖は見やる、祭壇の上に置かれた器を。


・・・・・


 俺は、夢を見ている。そう、夢のはずだ。真っ白な世界。目の前に広がるそれを見て、何となくそう思った。でも、どこか夢のようでない気もする。何もないのに。血の一つもないのに…。現実であるはずがない。頭で思えど、現実だと認識してしまう。誰もいない。けど、椅子はある。どうして分かるのか。俺が座っているから。座って何をしているか。何もしていない。そう、何もしていない。ならば、ここにいる意味はどうしてか。分からない。…いや、何となく分かる。と言うより知っている。それ以前に、見ている。どこも同じだからここで座っている。何故か、それは覚えていた。地平線も無く、冗長に続く世界。中心さえも、もはや分からない。音一つも無く、沈黙が支配する。鉄錆の匂いも、腐る屍の匂いもない。

 何もない世界。椅子に座る自分。空虚な時間。まるで自分の部屋みたい。寂しく、虚しく、煩わしく過ぎていく。気になるもの一つもなくて、何もかもが同じに見えて…。だからあえて俺は、何も無いことを選んだ、と思い出す。でも、今この世界で生きるのは居心地が良かった。縛られるものがないから。そうだった。初めから何もなければ良かったんだ。辛いことも、苦しいことも無くなる。どうして最初から思いつかなかったんだろう。この世界に似合う傷ひとつない白い肌で、透き通る頭で。縛られないことこそ”喜びであり、幸せであり、真理“なんだ。ああ、この世界にずっと居たい。もっと、この世界を享受したい。そうして私は世界に溶けていく。心地よさが胸の内を満たしていくから、思わず意識を手放した。


・・・・・

  

 神話が現実に重なる。予兆はいつだってすぐそばにあった。だから、信者はずっと待ち焦がれた。のうのうと生きる塵芥をよそにして。阿呆は寵愛を望まないくせに、図々しく救いを求める。嗚呼、本当に煩わしい。仮説,臨床,考察。悠然と過ぎ去る時間の中、何度も何度も繰り返した。気が滅入り、半ば諦めたが、それでも進み続けた。だからこその祝福。だからこその救済。


今こそ、神の名の下に“汚れた世”へ粛清を。


 とうとう器へと降臨してしまった。開眼した奥から金色の瞳が覗く。信者は感嘆する。拍手と祝詞が場を包み、神の誕生を祝福する。傷ひとつない艶やかな肌、物を語らぬ表情、ふわりと起き上がるその仕草ひとつひとつに見惚れてしまう。かの者は信者の顔をじっくりと見回す。そして、一人の研究者のもとへゆっくりと手を差し伸べた。哀れな子羊は突然のことで少し困惑していたが、その幸せを一身に受けるようその手を取った。


・・・・・


 廊下を駆ける靴音が乱雑に絡み合い、影は通り過ぎていく。重なり合う鉄の音に紛れて、人の声が飛び交う。そして、弾丸が空を切る。血を踏み散らし進む道はさぞ過酷だろう。


「もうすぐ階段に着く。警戒を強めろ。」


 そう中心の女性が命令すれば、周りの肉壁は厚さを増す。死ぬ覚悟は、とうにできている。だから、彼らは忠実に従うのだ。そうこうしていると、長い廊下の先、暗闇の広がる空間が見えた。それの放つ魔障が腹の内を撫でさって、こちらを誘う。しかし誘惑など、彼らに通じるはずもない。反応など微塵も示さず、それよりも奥に潜む怪物に向け、殺意をぶつける。素早く二人の守衛が両脇に回り込み、中を覗き込んだ。

 すると、一人が手を挙げ、味方の動きを制止した。彼らの目が鋭さを増し、睨みつけるようにして闇の奥へ警鐘を鳴らす。辺りに緊迫感が充満し、流れゆく沈黙に圧迫され、心臓が苦しくなる。そこへ、ピタ…ピタ…と甲高い音と共に液体の滴る音が耳をくすぐった。刹那、皆の警戒は頂点にまで達し、周りを押し潰さんとするほどの圧が弾き合った。その間にも、音は粒を密にし、大きくなっていく。どうやら音の発生源が近づいているようだった。だが、近づいてくるにつれ、妙な音も聞こえてくる。獣の唸り声のようなグルグルと低く歪む音。それが闇から姿を見せた瞬間、悟ってしまった。もっと早く気づくべきだったと。

 見た目は人の形を保っている。いや、ところどころ変色し、ドロドロに溶けている。フラフラとおぼつかない足取りで動く様はゾンビを彷彿とさせる。そして、それの身に纏う衣服らしき物に付いた赤黒い液体が滴る音の正体だと気づく。知性のある様子など一切ない。焦点の合わない目でこちらに歩みを進めるそれに対し、恐怖を感じざるを得なかった。身体がすくんでしまったと同時、似たような音が近づいて来ていることにようやく気づいた。しかもいくつも、いや何体も何体もと言うべきか。このような化け物が後続に数十を超える数控えていることを認識し、彼らは本能的に逃げようとしてしまう。瞬間、中心の女性が猛々しく叫ぶ。


「怯むな!」


 萎縮した心が一瞬のうちに鼓舞される。そうだ、はなから死ぬ覚悟はできていた。再度、自分の任務を確認した守衛は目を血走らせ、銃口を向けた。そして、中心の女性も銃を構え、腹の底から声を出す。


「一斉掃射!」


 重複する爆発が轟音を生み出し、肉を引き裂く。血に似た体液が噴き出し、怪物の体が大きくのけぞる。しかし、ほんの数秒で蜂の巣にされたにも関わらず、それは唸りながら彼らに歩み寄る。痛がる様子など全くない。が、苦虫を噛み潰したような顔をしたのも束の間、数歩のみ足を進めて、その場に倒れ伏した。どうやら、不死身というわけではない。かと言って安心できる状態でもない。後続がある。彼らはじっとその時を待つ。闇の中にシルエットが浮かんだ瞬間、人差し指をかけた引き金を引いたのだった。

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