EP.15 シンギュラリティを超えた次元
ゼロ・ポイント救出のため、
行動に移ったアスラナとゼンク。
一方その頃、
他の被験体たちは現在起こっている事態など梅雨知らず、
様子が急変したゼロ・ポイントの身を案じていた。
長女インテラも、その1人。
しかし、事態は確実に広がっていたのだ。
彼女の元へとある来訪者があった。
一体、その人物とは…
インテラ「大丈夫かしら、父さん。」
以前から少し異変は感じていた。時々、彼は虚空を見つめ、ブツブツと独り言を呟くようになっていた。今までそのような異変は無かったのに。やはり数ヶ月前、彼がゼウスと改名されてからというもの、日常の歯車は噛み合わなくなっていた。何かが終わってしまうような違和感を、私は何処かでひっそりと感じていたのだ。でも、願ってしまった。こんな他愛もない日常が今後も続くことを、心の底から願ってしまった。だから私は、自分たちが実験体であり、何が起こるか分からないことから目を逸らしていた。それが間違いだったのかも知れない。もしそこで備えていれば、ここまで変わらなかったかもしれない。私の力は、ほんのわずかなものだ。でも、彼を彼のまま繋ぎ止めることができるのなら、私はこの力を惜しみなく使おう。
と、そんなことを考えていた時だった。突然、部屋の扉が開かれる。あまりの出来事に体は動かなかったが、目は動く。だからこそ、目の前の人物を視界に入れた時、さらに彼女の体は無意識に強張った。黒い装甲に身を守られた守衛らしき人物たちが部屋に流れ込んでくる。ざっと4、5人。その手には鈍く輝く小銃が今か今かと、火を吹く時を心待ちにしている。しかし、対象に守衛たちの表情はヘルメット越しに見える限りでも冷たく動かない。だから、より一層こちらの命に触れられているようで肝が冷える。状況を理解しようとしても、うまく頭は働かない。と、尻込みしていると、守衛の一人は胸につけた無線機のようなものを掴み、話し始めた。
守衛「被験体を確認。目標、ラジエル。了解、目標を保護する。」
“保護”という言葉に疑問を抱く。私を保護するということは文脈からして間違いない。けれども、保護ということは危険から遠ざけるということ。私に迫る危険とは一体なんなのだろうか。徐々に落ち着きを取り戻してきた頭で整理し始めていた時だった。無線で話していた守衛が声をかけてきた。
守衛「突然のことで理解が追いつかないだろうが、時間がない。今は私たちについてきてくれ。」
幸いにもこちらに危害を加えるつもりはないようだ。いや、もしかすれば害のないように見せかけて、油断したところをつけ狙うのかも知れない。だからこそ、私は質問をする。
インテラ「あなたたちは何者なの?」
守衛「詳しくは長くなる。後で話すが、ひとまずは君の味方ということで納得してくれ。」
そうは言うものの、はいそうですかと言って納得するほど、私はお人よしではない。やはり情報が少ない以上、迂闊に動くのは危険だろう。と、その思考が顔に出ていたのだろうか。目の前の男は何やら悩むそぶりをしている。すると、男は再び無線機を繋いで何かを話し始めた。数回の応答の後、男は胸に取り付けていた無線機を取り外し、こちらに手渡してきた。
守衛「出てくれ。出れば分かる。」
つまり、無線の相手と話せばこの状況を理解する糸口が見つかるということなのだろう。疑心暗鬼にもなりたい気分だが、そう悠長に構えていられる様子でもない。私は恐る恐る手を伸ばし、差し出されたそれをぐっと握りしめる。息を大きく吐き、無線のボタンを押した。すると、無線からノイズ混じりに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
???「インテラ?聞こえる、インテラ?」
間違えようがない。生まれた時から幾度となく聞いてきた。私の心を温かくしてくれる母の声。だからこそ、無線機を両手でぎゅっと握り、急いで返答する。
インテラ「お母さん!?」
アスラナ「これから話すことをよく聞いて。」
先程まで抱いた疑念など全て捨て去って、一心不乱に声にしがみついた。さながら母を求める子のように。
アスラナ「今からみんなを連れてここから出ていくの。今、怖い人たちがあなたのことを連れ出そうとしてるけど安心して。その人たちはあなたのことをちゃんと守ってくれるから、離れずついて行って。」
インテラ「どういうこと?説明して。」
突如、無線の向こう側から激しい破裂音が突き抜けてきた。何発も何発も。それに混じって、呻き声や怒声が聞こえてくる。当然、母の声も。私は母を必死で呼び戻そうとする。
インテラ「お母さん、お母さん、大丈夫!?」
内心、不安で満ちきっていた。母の身にも何かが起こっている。それも、良くないことが。私は母の身を案じ、何度も何度も叫んだ。周りの目なんかどうでもいい。今は、ただ…。
アスラナ「落ち着いて。私は大丈夫だから。」
母の声が返ってきて、思わず膝から崩れ落ちた。何も言えずにいる私をなだめながら、無線の向こうの母は話を続けた。
アスラナ「お母さんから頼み事があるの。聞いてくれる?」
インテラ「うん。うん。」
私は頷く。無線から聞こえる声は、向こう側の状況に見合わないほどいつもの優しい声だった。きっと、私を安心させるためにそうしてくれているのだろう。ならば、今は私情など一切を無視して、母親の頼み事に耳を傾ける時だ。心配に思う気持ちをグッと抑えて、聞こえてくる声だけに耳を澄ませる。
アスラナ「いい子ね。今から、その人たちと一緒にみんなを連れてきてくれる?みんなはまだ部屋の中にいると思うから。お母さん、アンセスを連れて行かなくちゃいけないの。そっちへは行けないけど、絶対後で会いに行くから。分かった?」
まだ知りたいこともあるが、ある程度状況は理解できた。押しかけた守衛,無線から聞こえる発砲音,母の頼み事。これから推測するに、母たちは私たちをこの施設から脱出させるために戦っているのだろう。
インテラ「うん、分かった。」
アスラナ「えらい。じゃあ、お願いね。」
インテラ「でも…」
そう私は答える。だが、私はその後に言葉を付け加えた。その保証はないとしても、言わずにはいられない。無線機を握る力が強くなる。そして、押し出すようにその言葉を紡いだ。
インテラ「絶対、後で会おうね。」
アスラナ「うん、絶対。約束よ。じゃあ、切るね。」
そう言うと無線からの音声はぷつりと途切れ、流れなくなった。いつまでもここで止まっている暇などない。私は無線機を返し、前を向く。
インテラ「あなたたちについて行けばいいのよね。」
守衛「ああ、心配するな。必ず守ってやる。」
男は私をまっすぐ見据えて、そう約束した。言葉の節々から誠実さや義理堅さを感じる。だからこそだろう。この男は信頼できると直感で理解できた。
インテラ「分かったわ。」
守衛「よし。」
すると、男は他の仲間にそれぞれ指示を飛ばす。聞くと、どうやら私を最初に解放したらしい。つまり、まだ多くの家族が取り残されているということだ。ウェプノやマスラーなどは大丈夫だろうが、サウンドやケイトが心配だ。
守衛「さ、こっちへ来てくれ。」
考えることは多いが、ひとまずはこの人たちに同行することにした。
部屋を出た途端、道の向こう側から声が飛んできた。こちらに向かってくる守衛が数人。しかし、私がそれを認識した刹那、一人残らず血を噴き出して地面に倒れた。私はそちらを見やる。わずかに残る火薬の匂いと煙。早すぎる。私の脳がリアクションを求めるより先に撃っていたのだ。そして、狙撃者は辺りを確認する。クリアという声が聞こえると同時、一様に動き出す。その瞬間、この人たちが相当訓練されているのだと理解した。先ほどの地震に満ち溢れた返事もここからきているのだろう。私は、気を引き締め直し、先へと進む。
そうして、たどり着いた先はマスラーのいる部屋だった。すると、守衛の一人がカードキーを取り出し、タッチパネルへと読めこませた。タッチパネルが認証すると、慣れた手つきでパスコードを入力し、部屋のロックを解除する。きっと、私の時もこのようにしたのだろう。そして、予想通り守衛たちはタイミングを合わせ、一気にマスラーの部屋へと突入した。
マスラーは内気な性格であり、極力自分を見せることはあまりない。そんな彼が、突然知らない誰かに押しかけられたらどうなるか。私は後に続き、部屋に入ると案の定、そこには隅の方でガクガクと震えているマスラーの姿があった。彼は私の姿を一瞥すると震える声で尋ねてくる。
マスラー「ね、姉さん。こ、これって、どどど、どういうことなの?」
今の彼はひどく混乱しており、冷静に話し合える状況ではないだろう。丁寧に説明したところで、余計に彼を怯えさせてしまうだけだ。だからこそ、私はあえて彼に何も説明しないことにした。
インテラ「話は後、とにかく着いてきて。」
マスラー「え、えでも、」
インテラ「いいから早く来る。」
と、戸惑う彼を無理矢理引っ張り出す。マスラーはさらに怯えるが、相手が私であったからか余計な抵抗はせず、素直についてきてくれた。
都合がいいことに、隣はサイコルの部屋になっている。辺りには、まだ守衛の姿はない。そして察しの通り、私たちは同様の手口で彼女の部屋へと流れ込んだ。
インテラ「お姉ちゃん、何が起こってるの?もう訳わかんないよ。」
と入って早々、彼女は言った。おそらく彼女の異能によって事態が良くないというのは理解しているが、実際に何が起こっているかは見当もつかないと言った様子だろうか。しかし、彼女は落ち着いている。なら、彼女に詳細を伝えても大丈夫だろう。私はできる限り手短に事の詳細を伝えた。一泊の間の後、彼女は唸りながらもこちらを見やり、
サイコル「分かった。ついて行けばいいんだよね。」
と納得してくれた。そして、不思議なことに周りの守衛を警戒する様子もない。どうやら、危害を加える存在ではないと分かっていたようだ。そうして部屋を後にした私たちだったが、全てがうまくいくわけではない。部屋の周りはすでに囲まれていた。全員が一様にこちら銃を向け、いつ弾丸が体中を貫いてもおかしくない。すると、マスラーが口を開いた。
マスラー「ね、姉さん。あの人たちは敵であってる?」
そう確認を取る彼の目には、ギラギラと光り輝くものが見えるような気がする。この状況、幾ら訓練されているからと言って、この人たちも人数差で攻められればひとたまりもない。きっとここを切り抜けるには彼の力が必要だ。私は意を決して、彼に答えた。
インテラ「ええ、敵よ。やれる?」
私が聞くまでもなかった。彼は私の問いに即答する。
マスラー「うん、やれる。」
インテラ「なら、お願い。」
刹那、彼が視界から消えたことに気づくまで時間がかかった。それと同時、とてつもなく大きく鈍い音が地を揺らす。続いて、バキバキと何かの砕ける音。そして、ぐちゃりと何かが潰れる音。私は、自然と視線を向けてしまった。見なければ良かったと後悔することになるとは思いもしなかったから。そこには…何もない。いや、いる。男が1人。筋肉を隆起させ、血管の浮き出た男が1人立っていた。それ、だけではない。その男の頬にはべったりと赤い液体が付いていた。いや彼だけではない。壁,床、さっきまでそこになかったはずの赤い液体が付着していた。それもバケツの中身をぶちまけたかのように。そして、1番重要なのはそこではない。赤い池の中に、溺れていた。かつて命あった者の残骸が。肉が抉れ、中身が潰され、胴体の引きちぎれた骸が。そんな中で立っている彼の目はいたって変わらない。かつてこれほどまで、内気な弟が恐ろしく見えたことはない。そして、改めて実感した。私たちがバケモノなのだと。




