11話 家族の定義
目を開くと、そこは俺の部屋だった。視界に映るコンクリートがやけに冷たく感じる。なぜだろうか。俺の部屋はいつからこんなにも物寂しかったのだろう。確かに、部屋ではひんやりとした空気が流れていた。でも、改めて見てみると、個性もなく、飾り気のない部屋の中に、どうして以前の自分がなじめていたのか分からない。心が沈んでしまうほど、暗い部屋の中。それほど、以前の自分が希望など、とっくの昔に捨て置いたのだと分かった。でも、そんな中でもやはりお気に入りというのは異色を放っているものだ。部屋の真ん中にポツンと置いてあるアンティークの椅子。今だからこそ分かるが、俺には似合わないほど荘厳さや気品さを醸し出している。でも、座ってみると、案外そう言うものは一切感じない。むしろ、ここが俺の居場所なんだという落ち着きすら感じてしまうのだ。
と、椅子に座っている時、来訪者がやってくる。窓の外には、何人かの研究者の姿。その中に一際目立つ大男。この男から溢れ出す奇妙さは人の中にいても紛れないものなのか。そうして、前に立つと俺に話しかけてくる。
「やあ、調子はどうだい?」
「あなたは全然変わってないようで、ザッケハルト局長。」
「おや、何だかやけに表情が明るくなったねぇ。とても可愛らしいものじゃないか。」
顎を撫でられているような感覚。手玉に転がすような態度は俺を苛立たせるものがある。でも、それと同時に、心臓を掴まれているような恐ろしさも感じる。この男を本当の意味で圧倒することは不可能に近いのかもしれない。
「それで、今度は何のようですか?」
「今回はいくつか君に報告があるんだ。そう、警戒しないで聞いてくれ。」
思わず心臓が跳ね上がる。顔には出さず、言葉遣いも違和感を感じさせないようにしていた。なのに、こいつはなんで俺が警戒していると分かったんだ。蛇に睨まれたかのように、俺の体は固まり、冷や汗が流れ出た。
「報告…ですか…。」
「ああ、まず一つ目だ。何度もすまないが、君の固有名をもう一度変えることにした。」
「またですか。」
「安心してくれ。今回ので最後になる。もともと、君がある程度まで成長すればつけようとしていた名前でね。」
「それで、今回は何ですか?」
「ゼロ・ポイント。それが君の新しい名前だ。」
「なぜ、そうなったんですか?」
「これは私たちの計画に関する重要事項なのでね。悪いけど、君に教えることはできないな。」
「そうですか。」
“ゼロ・ポイント”。やろうと思えば、いくらでも解釈の仕方はある。零点,零位,あるいはゼロポイントフィールド。いずれにしろ、その答えが正解かどうか分からない。
「二つ目に移ろう。あの実験の後、君の体にとあるものを移植した。」
「何ですって?」
「ああ。我々はそれをEA器官と呼んでいる。君の使う異能を最大限、そして最適化させる器官さ。君で言えば、電気や火をより扱いやすくする、と言えば伝わるかな?」
つまるところ、脳に過剰な負担をかけることなく力を使えるということだ。ただ、俺はすでにそれを感覚として理解している。だから、今更そんなものをつける必要はないのだが。
「まあ、とりあえず感謝はしておきます。」
「おお、それは嬉しいね。君がより成長するのはこちらとしても喜ばしことだ。それで、三つ目だ。君の超越率が100%を超えた。これは我々でも未知の領域でね。正直言って、君がどうなるかは見当もつかない。ここからは手探りで事象を確認しなければ。君には無理をさせるが、そこは堪えてくれ。」
「随分、冷たいことをおっしゃるのですね。」
「おやおや、これでもしっかりと気にかけているんだよ。君は私たちにとって必要な存在なんだから。」
本当にそうなんだろうか。この男であれば、俺たちをボロボロになるまで使い古すことなど大いにあり得そうだが。と、ザッケハルトが咳払いをし、改まってこちらに向き直る。どうやら、次の内容が一番重要らしい。
「最後になるが、君以外にもEA器官の移植、すなわちEA手術を施してある。彼らの超越率も65%以上となかなかに優秀でね。それにあたって、彼らにも君と同様、新しい固有名をつけてある。」
「一体、俺の知らない間にどれだけ環境が変化していることやら…。」
「まあ、それらは当人たちから詳しく聞くといい。ああ、でも君はカマエルのことはすでに知っているんだったね。言ってしまえば、他の皆にも同じような名前がつけられている。じゃあ、私はそろそろ行くね。これでも忙しいものでね。」
「ええ、それでは。」
とザッケハルトが去ろうとした時、「ああ、そうそう。」と何かを思い出したのか、こちらに振り向く。
「君が気を失ってからに二週間は経っているよ。脳や体の損傷を修復するのにかなりの時間とエネルギーが必要だったようだ。他のみんなが君のことをこぞって聞いてきたよ。部屋での謹慎もすでに解除してあるから、食堂に行ってくるといい。」
それだけ言うと、ザッケハルトは人を引き連れてどこかへ去って行った。本当に言い忘れが多いことだ。時計を見れば、ちょうど朝食の時間だった。俺は長く伸びた髪を指で弄びながら、部屋を出て食堂へと向かった。
少しすればにぎやかな声が聞こえてくる。どうやら、みんな元気らしい。それに俺は安心し、食堂へと足を踏み入れる。すると、そこにいた全員の視線が俺に向く。みんなは俺がいることに驚いて固まってしまい、少しの沈黙が流れる。その時、一人が俺に向かって全力で走り出し、飛びついてくる。予想だにしていなかったので、俺の体はその場に押し倒されてしまう。その子は目に涙を溜め、呻いている。
「おはよう?サイコル。」
「バカ!本当に、本当に心配したんだからぁ。」
そう、俺の胸でうずくまる少女。そこで、俺の居場所はもうすでに“ここ”にあったのだと気づいた。サイコルに続いて駆け寄ってくるみんな。心配そうな目で俺に声をかけてくる。
「ほんまに大丈夫なんか、おとん?」
「具合は悪くない?」
「二週間も会わなかったから心配したんですよ。」
「よ、よかったよ。げ、元気そうで。」
「ほんと、家族を心配させる才能は一丁前にあるのね。」
「まったく、本気で私も心配した。」
「今日はしっかりと食べな。結構、いろんなものあるからさ。鉄分とか、ビタミンとか。後、何がいるかな…。」
その時、一人が俺の近くへ寄ってくる。下を向いて、顔が見えないようにしている。いつもは大きく見えた背中が今日はなんだか小さく感じる。ミステリアスな空気をはらんだ明るい雰囲気はなく、ただどんよりと雲がかかったように暗い。沼にはまってしまい抜け出せないような、そんな苦悩を彼から感じる。
「親父…。」
「ウェプノ。」
「本当にごめん。」
「えっ?」
「俺のせいで親父に無茶かけちまって。親父が何日も目が覚めなかったのは俺のせいなんだろ?俺が…あんなことしなきゃ、いつも通り過ごせてたのに…。ごめん…ごめん…。」
すると、彼の下には一つ、一つと雫がこぼれ落ちる。体を震わせて、ただひたすら「ごめん。」と俺に謝り続けている。その様子を周りのみんなは辛そうに見ている。
「父さんが目が覚めなくなってから、ウェプノったら、ずっとこうなのよ。『俺のせいで親父が…。』ってずっとね。一番、父さんのことを悔やんでたんじゃないかしら。」
インテラのその言葉に俺は思わず、笑ってしまった。あの時の獣のような彼はそこになくて、いつもよりも素直な彼がいた。だから、俺は安心したのだ。あのまま、彼の願いを叶えてあげられず、ずっと獣のまま方が最悪だったから。彼は自分を取り戻すことができていた。改良の影響もあったのかもしれない。しかし、俺はこうも考えた。“家族を守りたいという思い”が彼を追い詰めてしまったのではないかと。強くあり続けなければ、守れない。でも、このまま暴走するようなことがあれば、逆に彼が家族を傷つけることになるかもしれない。だからこそ、俺に止めて欲しかったのではないだろうか。
俺は、そっとその手で彼の頭を撫でる。彼は十分頑張った。それこそ、俺が父親としての立場が危うくなるくらいには。でも、それでは彼が救われない。だから、そんな時こそ頼ってもいいんだと、そう彼に思って欲しい。いつまでも独りで頑張らせるようなことはしない。そんな想いを手を通して彼に伝える。撫でられると、彼は驚いたといった様子で目を見開いている。
「君が無事でよかった。それが僕にとって今とても嬉しいことだよ。心配してくれて、ありがとうね。」
「親父…。」
彼が咽び泣くところを見るのは初めてだ。いつも、家族の前では強く頼れる存在であろうとした。そんな彼にも弱い部分はあるものだ。それをちゃんと見せてくれているのが、父親としては実に嬉しい。ああ、そうだ…。これが“家族”なんだ。互いの弱いところを補い合って、いつでも頼れて、自分の居場所を作ってくれる。俺はみんなの顔を一通り見回した後。満面の笑みでこう言った。
「ただいま、みんな。」
その時のみんなの反応は言うまでもなく面白かったというのはここだけの話。




