普通じゃない悩み
友達との遊びを終え、家に帰る。
子供の遊びとは大変なものだ。体を動かすものとなると余計にその思いが強くなる。高校にも入って半分大人の仲間入りをしたときは、ふとまた子供のときのように遊びたいなどと思ったものだが子供というのは何故あれほど元気なのか?
僕も体は子供なので肉体的には大丈夫だが、精神的には如何ともし難い。
そのような人生二週目にしかわからないような悩みを抱えながら村内をあるく。
夕日の赤に包まれた村には朝方僕が家を出たときとは違い、帰路につく大人たちの様子が見える。子供の朝は早い。まだ大人が本格的に活動する前から動き出すのだ。
そんなところは前の世界と変わらないが、今目の前に見える光景は前の世界では見られないものだろう。
普通の人もいるが、エルフやドワーフ果てには魔族と呼ばれる人たちが村内を歩いているのだから。
今の世界に来る前に、謎の人物から魔族とこの世界の人種は仲が悪いと聞いたのだが、この村ではそのような光景は見受けられない。それだけここが特殊なのだろうか。
最初に見た頃は色々な事情は忘れ去り、エルフやドワーフという物語でしか見たことないような人種を見てテンションが上がってしまっていたが、見慣れた今はこの世界の事情に関することのほうが気になってしまう。下手につついてはならない気がして、じいさまにも聞いていない。
そのようなことを考えていると家についたようだ。
「ただいまー」
おそらくじいさまはまだ帰ってきてはいないだろうが帰りの挨拶を済ませておく。
案の定家の中は静かで誰もいなかった。
いつもどおりならもうすぐ帰ってくるだろう。やることもないし、夕食の準備出としたいところだか、今の僕は2歳だから切ったり焼いたりどころかある程度の重さのものを持つことすら難しい。
仕方ないので、暇なとき用に置いてある絵本を読み始める。
子供向けなので読むのもつまらないと最初は思っていたが、この世界の文字を学ぶと同時に前の世界とは違う常識が得られる事が多くありなかなか楽しんで読むことができる。
この世界は実際に魔法があり神やモンスターがいるらしいので勉強にもなる。
絵本を読んでしばらくすると玄関の扉が開く音が聞こえてきた。
「ただいまー」
じいさまの声だ。顔を上げれば窓から入ってきていたあかあかとしていた太陽の光はもう力をなくし暗くなり始めていた。えらく絵本にのめり込んでいたようだ。
「いやー、今日は大量じゃったわい。少し奥の方まで行ってオークの巣を潰さねばいけなかったからのう。
その分今日は夕食は豪勢じゃぞ。」
確かに今日は少し遅かった。前に一回ワイバーンの討伐があったときほどじゃなかったが。
オークは豚やイノシシのような顔を持った2から3m程度の大きさの人型の魔物で顔の通り豚やイノシシのように肉は食べることができるし、人間に対して敵対的だ。
なので、巣ができるなどすると速やかに巣を潰さなくてはならない。他の魔物もそうだが数が増えれば増えるほど上位の魔物が出てくるのだ。オークナイトやオークジェネラルレベルであれば質も数もパーティ単体で倒せるが、オークキングまで出てくると町単位で戦うようなことになるらしい。特にオークはゴブリンのように繁殖力が高いのに、強さは程々にあるので厄介なのだ。
「おかえりー。今日はどのオークが出たの?」
「オークジェネラルが出たわい。まぁオークジェネラル位なら大した強さも数もないがのぉ。」
そんなことを言いながら夕食の準備を始めてくれる。脇に抱えていた肉の塊を下ろし魔法を使いかまどに火を灯す。魔法はまだ早いということで何も教えてもらえない。
魔物の肉というのは基本的に食べられないようなものや理由があってまずいもの以外は強いほどうまい。キングほどではないがジェネラルも質の高い肉だ。
肉を鉄鍋に置き火で炙る。するとすぐにこおばしい香りがこちらまで漂ってくる。そして棚から野菜を取り出し切っていく。十分程すればオークジェネラルのステーキと生野菜のサラダがテーブルの上に用意された。最後に軽く硬いパンを炙りサラダにドレッシングをかける。
これが我が家の食卓のいつもの光景だ。日によって獲ってきた食材により卵が増えたり気が向いたときにスープを作ったりするが通常はこれである。ザ男の料理といったところだろうか。
「「いただきます」」
まずは苦手なサラダからいただく。子供の舌とは敏感で苦味を強く感じるので野菜類は苦手なのだ。だが、体に必要なものに変わりはない。
トマトらしきものやキャベツらしきものを口に入れる。やはり一番最初に感じるのは苦味。だが、ドレッシングとして使われている赤ワインビネガーの酸味と甘味で苦味を抑えられている。
次に肉を口に含む。焼いて塩をかけただけなのにとても美味しい。適度な歯ごたえと旨味を口に味あわせてくれる。
硬いパンは炙ったことにより少し柔らかくなり子供の顎でも食べられる位になっている。
総じての感想はとても美味しい。手の込んだものではないが素材の美味しさがすべてを覆している。前世でもこれだけの美味しさの素材は中々用意できたものではないだろう。
その後は井戸から汲んできた水を魔法で沸かした風呂にじいさまと入った後歯を磨き、小さなベットに入る。まだ2歳だ、膀胱が緩くておねしょをするかもしれない。万が一に備えて交換しやすいようじいさまとは別のベッドにしているのだ。
「おやすみー」
「あぁ、おやすみヘリオス。」
何時間たっただろうか。既にじいさまの方からは寝息が聞こえてくる。僕は未だに寝付けていない。寝ることができない。
理由はわかっている。あの謎の炎の人物から聞いたこの世界ので争いが起こっているということを聞いたからだ。
今の自分には関係のない見たことがないもののはず、なのにどうしてかそればかり考えてしまう。昼間は考えないのだが夜、ゆっくりと自分で考える時間があると避けることができない。
頭の中が真っ白になってる気がするのにそれについて考えることだけが止まらない。呼吸が浅くなり、体が震えてくる。
思えば前の世界でも小さい頃は同じだった。きちんと理解はできていなかったが、自分の知らないところで悲しい事が起こったりしていたのはニュースなどで知っていた。国内でも海外でも時に傷つく人がいて、時に死んでしまう人がいて時に殺されてしまう人がいることを。
あのときと同じ感覚が心を支配する。中身も幼かったあの頃はわからなかったが、今なら分かる。
この気持ちはきっと自分の身に同じ事が起きたらどうしようという恐怖じゃない。
悲惨なことが起こった元凶に対する怒りじゃない。
ましてや喜びでもない。
この感情はきっと……悲しみだ。
人が傷つき死に殺される事がある世界が悲しいんだ。なんで僕がそれに対して悲しいかはわからないがきっとそうだと思う。
前の世界だとこんな時は夜中に起き出してテレビを見たり本を読んだりしていた。なにかやっていれば気が紛れたから。そのお陰か役に立つものから役に立たないものまで広く浅く知識をつけることができた。
昼間はたくさんの人に囲まれ楽しく過ごせるよう努力していた。目の前の人に集中すれば知らない世界の人のことまで気にする暇はないから。
年を取っていくごとにこの悩みは消えていった。それが何故かはわからないがそれが大人に近づくということなんだろうか。
だから今また悩まされるこの感覚に対するすべを僕は知らない。
そんな僕はじいさまが起き出した音にも気づかないくらいだった。