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エリュシオン

作者: 愛野ニナ


 


 果てしない暗闇の世界で、

 君が私を見つけてくれた。

 奇跡は救いようのない絶望の中でしか起こり得ないのだとしても、

 私はまた自分を取り戻せるような気がしてる。




 その視線はためらいもなく私をまっすぐに見つめていた。

 とても不思議な感覚が、私の内に沸き起こる。

 逃げ出したくなるくらいの息苦しさと、五感を貫き体じゅうを駆けめぐる熱さに、

 私は戸惑い、呼吸さえ忘れている。

 目にうつる景色は消えて、私の世界が瞬間止まった。

 それを月並みな言葉で表現するならば、とても陳腐ではあるけれど、

 そう、例えば、

 天使に巡りあえたような。




 君のいた世界と私のいた世界は今まで交わることもなく、互いを認識さえしていなかった。

 今も君には私とは違う世界が見えているのかもしれない。一緒にいる時でさえも。

 私が失ってしまった何か、

 あるいは私にははじめから欠けていた何かを、

 君は確かに宿していて、

 それを思うと私は、

 身を刻まれるように切なくなるのだった。




 誰だって子供の頃は、つまらない大人になんてなりたくないと思っている。汚い大人には絶対なりたくないと幼稚なことも言う。

 でも私は早く大人になりたかった。

 自分をとりまく環境のすべてから一刻も早く抜け出したくて、

 そのためなら自分が汚れることも厭わなかった。

 大人になる過程で私はある種のしたたかさを身につけた。

 利用できるものは何であれ利用して、時に狡猾に立ち回りながら、

 気がつけば私は、そんなありふれたつまらない大人のひとりになっていた。

 それをいまさら悔いてなどいない。  

 そうしなければ私は今まで生きてはこれなかったから。

 



 世界は綺麗事だけで成り立っているわけではない。

 たぶん君だって同じ、

 これまで幾度かの闇を通り、いくつかの傷を抱えてもきただろう。

 それなのにまるで奇跡のように、

 その魂は汚れなく美しかった。




 信じてはもらえないと思うけどと前置きをして、

 私には人の思念が見えてしまうと、君に打ち明けたことがある。

 世界を憎悪しながら生きてきた私は、自分にしか興味のない人間で、その自分自身でさえもまた憎悪の対象でしかなく、

 誰にも愛されないことを言い訳に、誰も愛そうとはしなかった。

 だからとても君に想ってもらえるような人間なんかではなくて、

 私のこの薄汚れた魂さえ、

 君は見透かしているかもしれないというのに、

 こんな私のことを信じると君は無邪気に頷いたのだった。

 私の中に、愛しさが満ちていく。

 はじめて誰かを守りたいと思った。

 醜悪なこの世界の、ありとあらゆる穢れから、

 私が君のこと守ってみせる。

 この時ひそかに誓った気持ちを忘れることはないと思う。

 例え私が死んでも消えないようにと、この想いの記憶は魂に強く刻みつけたから。




 私達の出会った世界が救い難いディストピアだとしても、

 君だけは違う世界を見ている。

 新しい時代の先にあるもの、

 私はそれを一緒に見たいと願っている。

 そして君は気づいてもいないだろう。

 本当は私などいなくても、君は誰にも汚されたりなんかしない。

 私の天使。

 君を汚してもいいのはこの私だけだから。








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