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おまんじゅう、半分こしよ!

すると、それまで石みたいに固まっていた君の顔が、急にふわりと優しい微笑みに変わる。いつの間にか電車はトンネルを抜けていた。




「わたしもすきかも」




君はいたずらっ子のように歯を見せて笑った。僕の体が再び熱くなり、気づくと君の両手を掴んで立ち上がっていた。




「結婚しよう」




僕は本気だった。周囲の乗客の視線を強く感じたが、本気だから耐えられた。


結局、君が僕を強く嗜めたので、少々つまらない気分で座り直すことにはなったものの、君が拒否しなかったということに僕は満足していた。




初めて触れた君の柔らかい手の感触がずっと僕の手に張り付いていていて、僕はこっそりと、自分の指先を舐めた。




駅を出ると、快晴だった。


路肩に寄せられた雪が、至るところで小高い山を作っている。おかげで歩道に雪は無く、快適に歩くことができた。


駅から少し離れると、温泉地らしく湯気があがっている場所があり、その周囲に土産物店が並んでいる。どの店も観光客で賑わいを見せていた。




「ねえ、すごいよ、川から湯気が出てる」


君は子供みたいにぴょんぴょんと跳ねながら手招きをしていた。あの日僕をペンションに誘った君と、今の君は別人みたいだ。今の君が本当の君であればいいなと僕は思う。




言われた通り橋の上から覗き込むと、温泉が湧いている様子を間近に見ることができた。


周囲の岩が温泉の成分で黄色く染まっており、強い硫黄の香りがする。それがなければ、確かに川から湯気が出ているようだった。




「おまんじゅう、半分こしない?」


突然そう言い出した君の視線の先には、古びた饅頭屋があった。


「する……」


僕は君の嬉しすぎる提案に叫びたい気持ちだったのだが、上手く声が出なかった。


返事をするのがやっと。僕はいつもそうなんだ。




ああ、ひとつの食べ物を二人で分け合うって、親密さの象徴だ。


幸せって何か。愛って何か。


ひとつの饅頭を二人で分け合うこと。そうに決まってる。




僕が幸せに浸っているすきに、君は財布片手に饅頭屋に向かっていた。すごいスピード感だ。


その背中に僕が買うよと声をかけたが、聞こえていないようだった。




僕は慌てて君が置いていったボストンバッグを掴み、小走りで饅頭屋に向かう。


君はすでに買い物を済ませていた。紙袋を抱えている。少し様子がおかしい。


外のベンチに並んで腰かけ、君の言葉を待った。




「はい、半分」




君は紙袋から20個入りの饅頭の箱を取り出し、そこから10個取り出すと、裏返した蓋の上に並べた。


そして、箱の方を僕にくれたのだった。


確かに半分こだ。半分こだな。半分こだ……。




ビニールに包まれた茶色い饅頭を掴むと、まだほんのりと温かい。


僕はてっきりこれを二つに割って、君と二人で食べるのかなって思っていたんだ。


思い描いた幸せな光景が、砂のようにサラサラと崩れた。


君って、いつも僕の想像をひょいと越えてくるね。




「早く食べないと、さめちゃうよ」


「そうだね」




ビニールを剥いで、饅頭をかじる。


ふかふかとした生地には、黒糖が練り込まれているのだろう。黒糖とこし餡の味がよく合い、美味だった。美味だが一つでいい。一つでいいだろう饅頭は。

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