君と初めてのディナー、これでいいの?
それからしばらく、ぼうっと座っていた。
まだ信じられない気持ちだった。
あの日、初めて学食で君を見た瞬間、僕はとにかく何かしなくちゃって思ったんだ。
なんていうか、君とどうにかなりたいって強く感じた。
とにかく何か行動しなくちゃって考えたけれど、結局君の話を盗み聞きするだけしかできなかった。
それなのにどうだろう。
気づけば、赤い屋根のペンションで、君と二人きりのディナーだ。
雪の降る夜、君はその日20歳になって、お酒も飲めるようになる。
そう、二人はもう子供じゃないんだ……。
シャンパンで乾杯したら、部屋に戻ってキャンドルを灯そう。
服を脱ぐ前に、君もそのカチューシャ、そろそろ外していいんじゃない?
僕が大人っぽいリングをプレゼントするからさ……。
ふと、大切なことを忘れているような気がした。
そうだ、リングの前に、君にに与えられたミッションをクリアしなくてはいけない。
ペンションの予約が取れなければ、全部おしまいだ。
僕はまた雑誌を見る。本当にこれでいいのだろうか。いや、君がこれでいいって言うんだから、これでいい。
雑誌を掴むと、教室から飛び出した。
廊下の端まで全力で走り、非常階段をかけ下りる。
外に出て人気のない物置小屋の影に滑り込むと、雑誌を見ながらダイヤルをタップした。
電話口に出た愛想のいい女性に、予約をしたいと伝える。
女性は僕の名前、住所、電話番号をてきぱきと聞き、夕食はつけますか?と聞いた。
「このペンションの食事、とってもステキ」
「ねえ、連れてってよ」
まるで甘えるカナリヤ。君の可愛い声を思い出す。
僕は雑誌を握りしめ、君のお目当てのディナーコースを女性に伝えた。
「あっ、はい、"中華モリモリ!8種の麻婆豆腐食べ放題ディナーコース 手作りゴマ団子と餃子付き(ご飯もおかわり自由)"を2人分」
電話を切り、改めて雑誌を見る。
並べられた麻婆豆腐の写真。
その上にさらに、苦しそうな顔で腹を抱える男性の写真がレイアウトされている。
その口元には「もう食べられないよォ~」という台詞の吹き出しがついていた。
「これで、いいんだよな?」
僕の問いかけに、もちろん返事は無い。