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君の怒りは、正解のない最悪のクイズ

千歳さんが泣き止むのを待って、僕らは山道を引き返す。

当然だが、今度は上り坂だ。滑る心配は先程より低くなったので、体の力は少し抜けたが、どちらにせよ体力的には限界が近かった。


いつの間にか吹雪も止んでいて、辺りが静寂に包まれている。

サクサクと雪を踏む音が異様に大きく感じられた。

充満する冷たい空気の中、無言の僕たちは、まるで静寂を強調するためにある悲しい楽器。


「ねえ、さっきの何」

「え?」

しんとした山中で千歳さんが急に口を開いたので、僕はびくりとした。


「さっきの何?わたしが全部悪いみたいなやつ」

「え、あー、えっと」

「何でわたしが全部悪いの?道間違えたの田中くんじゃん。しかも、走れとかすごい急かしてくるしさ、無理だよ、こんな山の中で、借りた靴で下り坂を走るなんて!無理じゃん!無理!」


さっきまで泣いていた千歳さんが、今度は激しく怒っている。僕は訳がわからなかった。その話は、麓に置いてきたつもりだった。

千歳さんを悪者にした件は謝ったと思う。でも千歳さんの中では終わっていなかった。それどころか、静寂の中で怒りは増幅していたのだ。


「道、間違えたよね。あんなに自信満々で先頭きってさ。その事まだ謝ってもらってないけど」

「あ、そっか、ごめん……」


道を間違ったことはまだ謝っていなかったのか。言われて気がついた。


「なにその不満そうな感じ!なんかやだ!」

千歳さんが喚く。そんなつもりは無かったが、千歳さんは怒っている。

「道を間違えたのは本当に申し訳ないと思ってる。ごめん」

僕は恐る恐る、別の言葉で謝った。はたしてこのクイズに正解はあるのだろうか。

「もういい!」


千歳さんは再び黙って歩き出した。

正解?したのか?いや?不正解か?もういいとは?許すってこと?もう聞きたくないってこと?

考えながら僕も黙って千歳さんの後を追いかける。上り坂はどこまでも続く。さっきここを登った時は、車の中で吐き気を堪えていたんだっけ。その時も君は不機嫌でさ。数時間前のことが、もはや懐かしい思い出のようだった。

すると、目の前を歩いていた千歳さんが、急にしゃがみ込んだ。


「どうしたの!?」

僕は千歳さんに駆け寄る。

「もういや。疲れた。もう歩けない」

千歳さんはうずくまって動かなくなってしまった。

正直、僕の足もかなり疲れている。負担の大きい千歳さんの足はもっと疲れているだろう。それは分かるが、ベッドが恋しいのは僕だって同じだ。


「おんぶしてよ」

「え?」

「おんぶしてよ!もう歩けないの!」


僕は目の前を見た。急傾斜の坂道に、容赦なく積もった雪。

そして、千歳さんを見る。

さらに、自分の足元を見る。ジーンズに包まれたガリガリの細い足が2本、頼りなさげに伸びていた。少し大きい雪山用ブーツが、足の細さを強調する。


僕は俯いたまま、顔を上げられなくなってしまった。

この時僕は、世界一みじめで、世界一ダサくて、世界一情けなかったんだ。


僕は下を向いたまま、なんとか絞り出すように言った。

「千歳さん、僕はアスリートじゃないんだ……」

「もういい!」


今度は多分、不正解の方だ。


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