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帰る!

ペンションの女性が千歳様にと受話器を持ってくると、デザートのゴマ団子を両手に、お気に入りは黒い麻婆だったとニコニコ話す千歳さんの顔が、一瞬で曇った。


受話器を受け取り、かすかな声で誰かに返事をする千歳さんの顔は、曇りから雨になり、あっという間に目から大粒の涙がこぼれ始める。突然の事に僕はどうしていいかわからず、オロオロと冷たいおしぼりを差し出すマヌケだった。


電話の主は千歳さんのパパらしい。


大泣きしながらパパごめんなさいと繰り返す千歳さんは、まるで5歳の女の子みたい。もちろん宿泊客も大注目。白いコックコートを着た男性達も、厨房の暖簾から顔を出し、遠巻きに眺めている。


僕がなんとなく周りに照れ笑いと会釈ををしていると、受話器を持つ千歳さんの右手がするりとテーブルの上に落ちた。


「帰る……」

「えっ」

「帰る!」

千歳さんは叫んだ。


「帰るって、家に?」

「そう。パパが帰ってこいって。黙って旅行なんておかしいって」

「パパに言ってなかったの!?」

「うん……」

消え入りそうな声で返事をしたかと思うと、千歳さんはまたシクシクと泣き出した。

「ママは?」

「ママには言ったけど、パパにもバレちゃったみたい」

「そんな……」


僕は言葉が出なかった。数学教師でカタブツのパパ。そのパパから見れば、かわいい1人娘を誑かすクソ男こと僕。ぶるりと体が震えた。とにかく家に帰す他あるまい。食堂の掛け時計は9時を差している。僕は心配そうに見ていたペンションの女性に声をかけた。


「麓に降りる最終バスは何時ですか」

「えっと、今日は土曜なので、18時ですね。というか、この吹雪ですので今夜はバスは走らなかったと思います。麓まで降りればそこから駅まではバスがあります。最終は10時です。終電に合わせているので、それを逃すと電車には乗れません。」

「じゃあ、タクシーを呼んでもらえませんか」

「タクシーも、吹雪の日は山道が危険なので断られる可能性が高いですが……。一応連絡してみます」

女性は一礼してから千歳さんの前にある受話器を取り上げ、暖簾の奥へと入っていった。

「千歳さん、今タクシー呼んでもらうから。大丈夫だから。ね」

千歳さんは俯いたまま返事をしなかった。女性が困り顔のままで戻ってくる。


「やはり、今日はタクシーもここまでは来られないとの事で……。申し訳ございません」


何も悪くない女性がぺこぺこと謝るので、僕はいたたまれない気持ちになった。

俯いたまま話を聞いていた千歳さんの垂れ下がった髪の毛の隙間から、はらはらと涙が落ちる。それを見て、僕は覚悟を決めた。


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