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君の事なら何でも知ってるよ

「このペンションの食事、とってもステキ」


教室の隅で雑誌を広げていると、右側からシャンプーの香りがした。

視線を雑誌から右側にそっと移す。ピンクの唇が視界に入った。

黒いロングヘアを左手で耳にかけながら、嬉しそうに雑誌を覗き込んでいる白い顔。


女がいる。


僕は視線を雑誌に戻す。何でもない情報誌だ。

冬の行楽特集で、関東近郊のスキー場や温泉地などの情報が並んでいる。その中で特に大きく写真が出ているペンションは、白い壁に赤い屋根、出窓には緑のカーテン。おとぎ話に出てくる家のようだ。


「えっ?これのこと?」


僕の喉は咄嗟の発声に対応できずに声は裏返った。

大きな外観の写真の下には、内装と、食事の写真も添えられている。

僕は恐る恐る、もう一度女を見た。

チャームポイントの赤いリボンのカチューシャ。信じられないことに、それは千歳さんだった。


「ねえ、連れてってよ」


……僕は咄嗟に聞こえなかったふりをした。いや、正直に言うと、本当に何を言っているのかわからなかったんだ。

連れてってよ。連れてってよ。連れてってよ。

頭の中で君の声が繰り返される。


連れてってよ……?


僕の脳はまだその言葉をどう処理するべきか迷っているのに、君はさらに言葉を重ねてくる。

「いいでしょ、わたし、もうすぐ誕生日なの」


知ってる。


君は2月2日生まれだよね。来週の土曜日だ。

「そうなんだ」

僕は何とかそう答えた。知ってるよって言えたら、どれだけすっきりするだろう。

君はにこりと微笑む。素敵な笑顔だった。それが僕に向けられたものだなんて、到底信じられない。


ねえ、千歳さん。千歳絵梨花さん。僕が君について知っていることは、誕生日だけじゃないよ。全部言ってみようか。僕の知る、君の全てを。


君の名前は千歳絵梨花。2月2日生まれ。水瓶座。A型。一人っ子。三鷹に住んでる。2階建ての一軒家。お父さんは数学教師。お母さんは専業主婦。チワワが1匹。名前はポコ。高校の時は清掃委員。終業式の日に居残りで床のワックスがけをやらなくちゃいけないのが嫌だった。吹奏楽部。トロンボーン担当。カナダ留学をしてから語学に興味を持って、この大学では英語サークルに入った。得意科目は、もちろん、英語……。



君に言えないのは、君に聞いたんじゃないからだ。


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