おいでやす京都、モフモフ大パニック 3
唐突な野球回
すっかり秋の気配も深まってきた11月上旬。
この日、零士たちの通う高校では、秋の恒例行事の体育祭が行われていた。
運動部と文化部(ついでに帰宅部も)のテンションの差がはっきりと分かれるこの行事だが、今年から大きな変更点が一つあった。
それはレベル5以上の生徒とそれ以下の生徒で参加競技を分けるというもの。
これは一般人と探索者の身体能力の差を考慮してのことであり、万が一の事故を防ぐための安全策でもあった。
そんなこんなで一般人たちのクラス対抗野球(時間短縮のため一試合四回の裏まで)も優勝チームが決まり、いよいよ校庭では学年やクラスの垣根を越えて、レベル5以上の生徒だけが参加可能な超人野球の特別試合がはじまろうとしていた。
「お互いに、礼ッ!」
『『お願いしまーす!』』
体育教師の光岡の号令で向かい合う18人が頭を下げ、守備側はそれぞれのポジションへ、攻撃側はベンチへと移動する。
1回の表、ホワイトフォックスズの攻撃。
ピッチャーは零士、キャッチャーはマックス。バッターボックスに立つのは3年生の榊原(レベル8)だ。
「プレイボール!」
光岡が試合開始を宣言し、いよいよ特別試合がはじまる。
零士が振りかぶり、投げた!
「ストライク!」「ストライク!」「ストライク! バッターアウト!」
「……は?」
バッター榊原、開いた口が塞がらない。
それもそのはず。なにせ零士の投げた球の球速は、時速にして400キロにも到達する超剛速球なのだから。
レベル8の動体視力では微かにボールの影がちらりと見えただけで、何が起きたのか殆どわからなかった。
続く2年生の村岡(レベル5)と、3年生の谷重を投擲スキルによる抜群の制球力で完封して一回の表は終わる。
攻守交替。1回の裏。ブラックフォックスズの攻撃。
ピッチャーは華恋。キャッチャーは美香。予想外の美少女バッテリーに観客席から「おお!」と声が上がる。
バッターは2年生の田中(レベル9)。
田中と応援席、ついでにベンチに座る零士からのスケベな視線が胸元に集まる中、華恋が振りかぶり、投げた!
揺れるたわわ。客席の男子総立ち。野太い大歓声が上がる。
綺麗な投球フォームから放たれたボールはぐんぐん勢いを増して、時速にして170キロまで達した球はキャッチャーミットへと伸びていく。
だが、この程度の球速では、大リーグでは通用しても探索者相手には通用しない。
田中のバットがボールを捉え……ようとしたその時だった。
『テレキネシス』
華恋がボソッと呟くとボールの軌道がぐにゃりと曲がり、バットの上をすり抜けて美香のミットにバシッと吸い込まれる。
不自然な魔球に応援席がざわめく。
「ストライク!」
「いや、おかしいでしょ!? ルール違反だ!」
「……グレーではあるが、テレキネシスは攻撃魔法ではないからセーフだ」
確かに事前に配布された体育祭のしおりでは、攻撃魔法や危険なスキルの使用は禁止されていたが、特殊魔法の使用については特に明言されていなかった。
ルールに書かれていないのだから、誰がなんと言おうとセーフである。
結局、突然不自然に曲がる魔球の前に手も足も出なかった田中は3ストライクでアウト。
続く3年生たちもあえなく魔球の前に沈み、再び攻守が入れ替わる。
2回の表。ピッチャーは再び零士に代わり、バッターボックスに立つのは4番の美香。
「ミカー! 頑張れーっ!」
美香の親友の三矢がギャル仲間に混じって応援席から声援をおくる。
親友からの応援に片手を振りつつ、零士の背後をバットで指してホームラン予告。
そんな美香の凛々しい後姿に見惚れて、マックスは適当にミットを構えてぼんやりしている。
こりゃストライクでアウトを狙うのは無理そうだと諦めた零士は、打たせて捕る作戦に切り替えて、ようやくこちらを向いたマックスのミット目掛けて剛速球を投げた!
ガキィン! と金属バットがボールを捉え、打たれたボールが左中間へとぐんぐん伸びる。
打球はそのままフェンスを越えて場外へ……飛んでいきそうだったところをレフト外野にいたトミーの影がズルっと起き上がり、矢のように鋭く伸びてボールを捉えるとそのまま彼のグローブの中へ。
「えぇーっ!? 朔夜使うなんてずるくない!?」
「テレキネシスがOKならこれも……いやだが、これは流石に……」
どうしたものかと迷う光岡の影から、手乗りサイズの黒いもこもこ九尾が現れる。
つぶらな瞳がうるうると光岡を見つめる。
「……くっ! かわいいから許す! おーよちよち、おいでおいで~」
「ちょっとー! 審判適当すぎなんですけどー!」
試合の途中ではあるが、審判の独断により急遽ペット(?)の使用もOKになった。
続く5番と6番の打者は零士の超剛速球を見切れずアウト。
攻守替わって2回の裏。バッターは4番の零士。
マウンドに立つ華恋と視線が交わる。二人は彼氏と彼女の関係だが、今この時だけは敵同士。手加減は無しだ。
ピッチャー振りかぶって、投げた! 赤いジャージがゆさゆさ揺れる。
大きな螺旋を描いて飛んでくるトンデモ魔球。
すると零士の影が槍のように飛び出して、不規則に動き回る魔球をがっしりと捉えて空中に固定した。
ゴンッッ! と、とてもボールを打ったとは思えないような重い音を響かせてボールが右方向へ飛んでいく。
凄まじい力で振り抜かれた金属バットは、真ん中が大きく凹んで折れてしまっていた。恐ろしい馬鹿力だ。
野球部から「弁償しろ」「爆発しろ」とヤジがとぶ。
だが、華恋も負けじと念力の出力を上げて打球の速度を抑えると、そのまま飛行魔法で打球を追いかけ、サイズの合わない大きなグローブでバシッとボールをキャッチした。
「アウト!」
「くっそー!」
続く5番の3年生と6番のトミーも朔夜の力を借りて念力魔球をどうにか捉えたが、いずれもパワー不足でボールが飛んで行かず二人ともアウトになった。
両チームまったく点を取れないまま、ゲームは3回の表へ突入する。
ホワイトフォックスズの攻撃。バッターは華恋。
恋人の念力を封じなければ勝ち目はないと判断した零士は、ここで奥の手を使うことにした。
零士が振りかぶって投げた! と同時に華恋の目元が影に覆われて前がまったく見えなくなる。
「ストライク!」
奥の手の目潰しでどうにか1ストライク。
スポーツマン精神などクソくらえと言わんばかりのこの卑怯っぷり。まさにニンジャの鏡である。
だが華恋も念力でボールを操ったりしているので何も言えない。お互い様だ。
第二球、投げた!
再び華恋の目元を影が覆う。だが、
《そーれ、目からビーム!》
日向の力で華恋の眼球が発光して目元を覆っていた影が消えた。
殆ど瞬間移動のような剛速球を念力で包み込み速度を殺すと、そのまま力の限りバットを振り抜いた。
速度を殺されたボールをバットの芯が捉え、ボールが左方向へ飛んでいく。
朔夜が操る影が必死にボールをこれ以上行かせまいと引っ張るが、華恋の念力もそれに抵抗してボールが空中を行ったり来たり。
ついに両者の力は完全に拮抗して、とうとう引っ張る力に耐え切れなくなったボールが空中で爆発。野球部から悲鳴が上がる。
「ご、ごめんなさい! あとで弁償しますから!」
華恋が応援席の野球部たちに頭を下げると「ま、まあ別に……?」「どうせボロだったし」と、妙に優しい返事が返ってくる。
世界は(というより童貞は)いつだって美少女に優しいのだ。
結局、先程の打球は審判の判断でファール扱いとなり、華恋が再び打席に戻った。
ともあれ、これで2ストライク。これ以上野球部の備品を壊さないためにも、今度はインチキ無しでやろうとピッチャーと視線で語り合う。
ピッチャー振りかぶって、投げた!
ガキンッ! と、バットの淵を掠った打球はコロコロと内野を転がり、零士がこれを拾って一塁へ送球。あっけなく1アウト。
残るバッターも特に見せ場もなく完封されて再び攻守が交替する。
3回の裏。
念力魔球をやめた華恋のボールは普通の大リーグボールになり、何度かヒットは打たれたものの、守備陣の活躍により無失点で切り抜けた。
続く4回の表と裏も魔法を使わなくなった途端、急に普通の試合っぽくなり、特に見せ場も無いまま時間切れとなり0対0でゲームセットとなった。
「お互いの健闘を称えて、礼ッ!」
『『ありがとうございましたーっ!』』
こうして体育祭の目玉企画の超人野球は、今後の課題をいくつか残して消化不良のまま終わった。
後日、野球部にはお詫びとして新品のバットとボールが送られ、それを使うとなぜか成績がよくなる(ただのプラシーボ効果)ことから、そのバットは後に女神から賜りし伝説の『エクスカリバット』と呼ばれ、野球部で代々大事に使われていくことになる。
なお、翌年から魔法とペットの使用が全面的に禁止されたのは言うまでもない。
ちなみにこの世界のオリンピックは一般オリンピックと超人オリンピックの二種類があります。
一般オリンピックに出場できるのはレベル1の人だけ。
超人オリンピックには競技ごとにレベル別の階級があり、例えばマラソン(ランクⅢ)にはレベル30の選手しか出場できない、といった感じ。
なので出場選手はそれに合わせてレベル上げしたり、トレーニングしたりします。




