不完全感覚ロックンロール 14
かつん、かつん、と薄暗い階段に靴音が響く。
先に進むにつれて細く狭くなっていく通路に遠近感が次第に狂っていく。
振り返れば先程まで自分たちがいたはずの部屋の光はもう見えなくなっており、階段の終わりも未だ見えない。
それでもいつかは終わりが来ると信じて、ただひたすらに、黙々と歩き続けると、永遠に続くかに思えた階段は唐突に終わる。
《こ、この気配……! やっぱり間違いないでごじゃる!》
《いる》
真っ暗な部屋にレイたちが足を踏み入れると、先程からずっと何かに怯えるようにレイたちの中に隠れていた日向と朔夜が、とうとう何かを確信したように口を開いた。
「いるって、何が」
『くっくっく、ようやく来たか。我が末の弟妹たちよ』
「っ!?」
バッ‼ とスポットライトが点灯して、部屋の奥に立っていた声の主の姿を暗闇の中にくっきりと浮かび上がらせる。
そして、その異様な姿に、レイたちは言葉を失った。
雄々しくも逞しい馬の身体。
しかし、本来馬の首があるべき部分には、何故か男の下半身が逆さまにくっついていた。
それは言うなれば逆ケンタウロス……否、これはもはや合体事故と言った方が正しいだろう。
申し訳程度に股間の部分を馬の被り物で隠してあるのが絶妙に気持ち悪い。
『くっくっく、どうした。吾輩の肉体美に見惚れて声も出ぬか。そうであろうそーぅであろーう! フゥーハハハ! 吾輩こそ祖神様に連なる柱の中でも最も美しい存在であると自負しておるわ!』
馬の被り物が喋った。どうやらアレも身体の一部らしい。
というか、何故この見た目でこんなにも自信たっぷりなのか。
「な、なぁ、日向。アレ、なんなんだよ。末の弟妹とか言ってたけど……」
トミ子が声を震わせながら訊く。
末の、ということはつまり、他にもあんなのがいるということだろうか。
古来より神々の姿は人知では計り知れない奇妙なものが多いが、それにしたってアレはひどい。
《……認めない。あんなキモいのが兄だなんて絶対に認めないでごじゃる‼》
《同意》
『……ふっ、認めぬか。まあよい。元より祖神より分かたれしその瞬間から、我らは完全に別の存在。姿形も違えば、生物のような血のつながりもない。ただ同じ祖より生じただけにすぎぬ』
さて、と会話の流れを断ち切るように一拍手を鳴らす馬。
いつの間にか、馬の周囲にはいくつも人間の手が現れており、それらが円を描くようにUMAの身体をぐるりと取り囲む。
『ならば吾輩は貴様たちを改めて我が敵と認めよう! そして正々堂々と打ち破り、吾輩の方が美しいのだと証明してみせようぞ!』
馬の周囲を飛び回る手の一つがパチンッ! と高らかに指を鳴らす。
すると部屋全体を照らす照明が点灯して、決戦の舞台が顕わになった。
頑丈に組まれた鉄骨。背後に大画面を備え、七色のレーザーに彩られたそこは、まさにアイドルのライブ会場そのもの。
『審査員カモーン!』
ドロンッ! と、空っぽだった観客席の最前列に審査員席が設置され、そこに馬頭の女悪魔と、牛頭の鬼、セクシーな女悪魔に続いて、置いてきたはずの光岡と奈々が着席する。
突然審査員席に召喚されて目を白黒させる二人を無視して、UMAが勝手に話を進めていく。
『貴様たちには今から吾輩とダンスバトルで勝負してもらう! 選曲の権利は貴様らに譲ってやろう。ただし、貴様たちは全員で一つのチームとして扱う。これは強制だ。どちらがより美しく音に合わせて踊れたかは、審査員たちが評価する。念のため先に言っておくが、吾輩が用意した審査員たちの評価に不正は無いぞ。そのように作ってあるからな。そして当然、妨害行為は反則とみなして強制的に負けとする。負けた方には死あるのみだ! さあ、曲を選ぶがいい! どんな曲でも華麗に舞ってやろう!』
「さ、作戦ターイム!」
咄嗟にレイが手を挙げる。
『認める』
認められた。中々紳士な馬のようだ。
仲間たちで顔を突き合わせてひそひそと作戦会議がはじまる。
「で、どうする。俺はゲーセンの音ゲーくらいしかやったことないぞ」
零士が全員に訊く。
「どうするもなにも、アタシだって体育の授業でしかやったことないんですけど!?」
「大丈夫! 俺なんて全くやったことないから!」
トミ子が開き直った笑顔でサムズアップすると、美香から怒りのチョップが飛んできた。
自然と仲間たちの視線が芸事万能な華恋に集まる。
アイテムボックスといい、以前とは別のベクトルで未来の猫型ロボット的存在になりつつある華恋だった。困った時の華恋ちゃんである。
「体育の授業でやったやつならなんとかできると思う……けど、私だけできても意味ないし……」
「やっぱ問題はそこだよね……」
今回のルールではレイたちのダンスは仲間たち全員の動きが評価の対象となる。華恋一人だけが上手でも、他が駄目なら絶対に勝てない。
これから練習するというわけにもいかないし、そもそもスキルキューブも無しに一発勝負でダンスバトルに勝つなど不可能だ。
それでも何か逆転の秘策はないかと全員で頭を捻っていると、不意にレイの脳裏にあるアイデアが浮かぶ。
「……そうだ。へたくそなら、上手い人に動かしてもらおう」
「どゆこと?」
レイが思いついた作戦を話す。
「マジでできんのか? そんなこと」
「できなくはない……とは思うけど、やったことないから上手くいくかどうか……」
「大丈夫。普段あれだけ器用なことしてる華恋さんならできるさ」
『そろそろ時間切れだ。さあ、曲を選ぶがいい!』
話がまとまりかけたところでUMAが時間切れを告げる。
勝てる可能性がこれしかない以上、不安でもやるしかないと華恋もいよいよ腹を決め、仲間たちと頷き合う。
「私たちが踊る曲は―――――――」
それは1990年代に彗星の如く現れ、一大ブームを巻き起こした伝説の女性ダンスアイドルユニットのヒットナンバー。
光岡の青春時代の曲であり、女子のダンスの授業でも使われた曲だった。
『ほーう……? 中々良い曲をチョイスするではないか。では先行は吾輩からやらせてもらおう! あ、ミュージッ~クッ、スターッ!』
巻き舌っぽい掛け声と共に指を高らかに鳴らす馬。
すると華恋たちが選んだ曲がステージ脇のスピーカーから流れだす。
突然、謎の拘束力を発揮する審査員席に囚われてしまった光岡と奈々の二人も、未確認生命体のダンスに謎の力で注目させられる。
UMAのダンスがはじまった。
人の下半身はゆったりとしたダイナミックな動きを表現し、馬の下半身は四本の脚で器用にステップを踏んでアップテンポな曲のリズム感を表現する。
時折、周囲を飛び回る無数の手が馬の巨体を支えて上下が反転したりと、人外だからこそ可能な予測不可能な動きに、気付けばその場の誰もが見入っていた。
審査員の評価は……92点 95点 91点 90点 91点。
合計、459点。かなりの高得点だ。
感想はそれぞれ、
馬頭『リズム感、表現ともに完璧。気持ち悪いけど』
牛鬼『まさに人外の動き。キモかったです』
女悪魔『上下反転は予想外だった。あれでリズムに乗れるのは流石。でもやっぱキモいからちょっと減点』
光岡『思いもよらない表現に最後の方は思わず自分の意思で見入ってしまったのが悔しい。思い出の曲を穢された気分だ』
奈々『キモイ! けど、リズム感は完璧だったんだよなぁ。キモいけど』
と、概ね『気持ち悪いけど上手い』という評価だった。
『ふんっ! 吾輩の美しさを理解できぬ凡愚どもめ! まあいい、さあ次は貴様たちの番だ! ステージに相応しい衣装で踊るがいい』
UMAが指を鳴らすと、レイたちの装備がパッ! と魔法のように、おそろいの黒いスポーティーなダンス衣装に変わる。
へそを大胆に見せるデザインがセクシーだった。
身体の動きを確かめてみると特に変わった様子はないので、恐らく魔法で見た目だけを変えているのだろう。
「みんな、いくよ!」
同時複合詠唱『テレキネシス』×『テレパス』
――――――――――――『ダンシングマリオネット』
テレパスを通じて全員が一つのイメージを共有する。
それは、女子たちがダンスの授業の前に見せられた、ひと昔前のダンスアイドルユニットのPV。
その『映像の中の彼女たち』の動きを、仲間たちの身体を念力で操り人形のように動かして再現する。
それがレイが思いついた作戦だった。
曲のイントロが流れる。
横一列に並んだ少女たちが俯いた姿勢からゆっくりと腕を振り上げ、正面を向く。
嵐の前の静けさから一転、曲は一気に激しさを増し、少女たちの動きも弾けるように激しくなる。
グキッ!
トミ子の普段あまり動かさない部分が激しい動きについて行けず悲鳴を上げる。
テレパスを通じて痛みが全員に共有されたが、顔面の筋肉を念力で固定してどうにか堪えた。
痛覚の共有をオフにして続行。トミ子の心の叫びは無視された。
ベキッ! ゴキッ! ボキッ!
大きく伸ばしたり回したりする動きがあるたびに、トミ子の身体から痛そうな音が鳴る。
それでもぱっと見はキレのある伸びやかなダンスを笑顔で踊っているように見えるのだから恐ろしい。
最後に全員で集まって決めポーズでフィニッシュ。トミ子にとっての長い地獄がおわった。
「痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!?」
「よく頑張った! よく頑張ったよトミー! ほらポーション飲め」
「ごめんね富田君、本当にごめんね!?」
レイが差し出したポーションを一気に飲み干すと痛みがすっと消えた。
「あー、痛かった。って、それより点数は!?」
気になる審査員の評価は……90点 90点 85点 100点 94点。
合計、459点。まさかの同点だった。
「……この場合はどうなるんだ?」
『……こうなればやむを得まい。本当は痛いのは嫌いだし美しくないからやりたくないが、ダンジョンボスらしく実力勝負で決着をつけるしかないだろう』
「そうか。つまりもう特殊なルールは無しって事だな?」
『そうなるな。さあ、気を取り直して正々堂々と勝負を……』
「お前たち、やーっておしまい!」
「「「あらほらサッサー!」」」
レイが悪い顔でニヤリと笑い号令をかけると、UMAの影に潜んでいたレイの分身たちが馬の脚を掴んでその巨体を影の中にズルっと引き摺り込んだ。
男の下半身だけが影から逆さまに突き出た光景は、なんとなく有名な映画のワンシーンを思い出す。
『ぐわぁーーーーーっ!? 痛い痛い痛い!? なんだこれは!? う、動けん!?』
「そんじゃトドメは様式美。ポチっとな!」
レイがポケットの中からドクロマークの描かれたスイッチを取り出してポチっと押す。
「「「サヨナラ!」」」
『や、やめっ!? ぬわーーーーーーーーーーーーーーーーっ!』
ドッカーーーーーーーン!
身動きの取れない影の中で三体の分身たちの自爆に巻き込まれた馬は、為す術もなく吹き飛び魔力へ還った。
レイが押したスイッチは、引き出しダンジョンの宝箱から発見した『自爆スイッチ』というアイテムだ。
効果はそのまま、押すと自分が爆発する。
自爆スキルと合わせて使えば威力は倍増し、分身がいる場合はそちらに自爆をなすりつけることもできる。
分身を忍ばせておいたのは作戦タイムの時。
馬の注意が逸れている隙に朔夜に頼んでこっそりとお互いの影を繋いでもらい、そこから馬の影の中に分身を送り込んでいた。
いざという時のための保険だったが、敵が自ら特殊ルールを放棄したので、遠慮なく使わせてもらった。
「え、えぇぇ……」
あまりに卑怯なやり口に奈々がドン引きする。
分身を忍ばせていたところから気付いていた光岡は「見事な手際だ」と教え子の鮮やかな手際にむしろ感心しており、仲間たちは普段通りの光景に思わず苦笑い。慣れとは恐ろしいものである。
気付けば審査員席は影も形も無く消えており、3体いたモンスターの審査員たちも姿を消していた。
ボスを倒した証の宝箱がステージの中央に出現する。
特別なボスだったからか宝箱も金色で、蓋を開けると中には、金色に輝くスキルキューブが一つと、禍々しい闇色の宝玉が一つ。そして牡羊の鍵が一本入っていた。
「やっぱあったか、鍵」
「これで残り一本だね」
世界滅亡まで残り3ヵ月。このペースならどうにか期限までには集まりそうだと少しほっとする二人。
しかし、ほっとしたのも束の間、ライブ会場を突然激しい揺れが襲う。
「なんだなんだ!?」
《あの変態! さてはコアと一体化してたでごじゃるな!? 最後の最後でダンジョンの崩壊速度を早めたみたいでごじゃる。早く逃げないとみんな崩壊に巻き込まれて死んじゃうでごじゃるよ!》
「な、なんだと!? こうしてはおれん。早く逃げるぞ!」
「へ? あ、ちょ、きゃぁ!?」
光岡が戸惑う奈々を背中におぶって風のように走り出す。
それに続いてレイたちも崩壊する悪魔の城から急いで脱出を開始した。
次回エピローグ




