不完全感覚ロックンロール 13
難産だった……
遅れてごめんなさい!
ライトの光に白く浮かび上がるステージの上で、悪魔と化した奈々が赤黒く輝く邪悪なマイクに向かって破滅的なシャウトをあげる。
喉の負担を一切考えない雄たけびに合わせて、悪魔のバンドマンたちが楽器を奏でながら頭を激しく上下に揺らす。
すると、ステージを取り囲む悪霊たちもそれにつられて頭を激しく上下に揺らし、とうとう奈々自身も長い髪を振り回してヘッドバンキングをやりだした。
魔王を讃える悪魔の讃美歌はとうとう最高潮を迎え、広い会場が熱狂的な一体感に包まれる。
悪魔のミサに魅せられたレイたちの身体が、フラフラと会場内へと吸い寄せられていく。
一歩前へ踏み出すごとに瞳から光が失われ、抵抗しようとする意志すらも消えうせていった。
だが、あと数歩でレイが境界を踏み越えてしまうというタイミングで、彼女の足元に影の縄が絡みつき、その身体が暖かな光に包まれると、レイはギリギリのところで我を取り戻した。
「――――――っは!?」
《あぶないところだったでごじゃる。あれは呪いの歌だから聴いちゃだめでごじゃる! 今は拙者の光でどうにか抵抗してるけど、あんまり長くはもたないでごじゃる》
「呪いの歌で身体の自由を奪ってボス部屋まで引きずり込んで閉じ込めたら、あとは悪霊たちで袋叩きってわけか……」
レイの白い頬を冷や汗がつたう。
「っていうかアレ奈々センパイじゃん! どうなってんの!?」
「恐らくだが、悪魔系のモンスターに身体を乗っ取られているんだろう。あんなペースで歌わせ続けていたら彼女の身体が持たない! すぐにでも追い出さなければ。悪魔系には聖属性の攻撃が有効だ! 誰か使えるものは!?」
光岡は今までの経験から奈々の今の状態を的確に分析した。
彼女が何者かに身体を乗っ取られていることは、狂ったように叫び続ける姿を見ればすぐにわかった。
「属性……そうだエンチャント! 俺の演奏で先輩の身体に聖属性を付与できれば!」
「依代が弱点に変われば、というわけか。だが、敵に属性を付与することなど本当にできるのか?」
「やってみせます!」
「わかった。では任せたぞ」
「アタシ、聖属性の魔剣使えるから、トドメは任せてください!」
「そうか、ならトドメは三上に任せる。我々は二人の援護に徹する」
レイと華恋が頷く。
「では行くぞ!」
武器を構えた光岡たちが狂気渦巻くライブ会場へと突入する。
会場へ足を踏み入れた瞬間、呪いの歌の力がさらに強まり、それに対抗するため日向の浄化の光もより一層輝きを増した。
ミサの途中にのこのこと現れた生贄たちを食らおうと、悪霊の群れがいっせいに襲い掛かってくる。
悪魔たちの演奏をかき消すような大音量でトミ子の演奏が始まる。
紡がれる曲は今の彼(彼女)の原点。あの駅前のロータリーで聴いた奈々のオリジナルソング。
身体を乗っ取られている奈々に直接語りかけるなら、この曲しかないと思った。
心に希望の光を灯すような元気の出る曲に力を貰ったレイたちの刃が、襲い掛かってきた悪霊たちを次々と切り伏せていく。
華恋の杖先からは何百もの炎の燕が飛び出して、トミ子の演奏で聖なる力を与えられた燕たちが悪霊たちを焼き払いながら、演奏を続ける悪魔バンドに迫る。
悪魔バンドマンが負けじと音量を上げて、自分たちに迫っていた炎の燕をかき消すと、黒い翼を広げて楽器と共にふわりと宙へ舞った。
不規則な空中機動で演奏を続ける悪魔たちをファンネルアンプが追いかける。
『殺!』
一人だけステージの上に残った奈々が叫ぶと、全方位から悪霊の群れが津波のように押し寄せ、トミ子へ襲い掛かる。
先程から封じていたはずの依代の精神が活発になりつつある。徐々に肉体そのものも聖属性を帯び始めており、その原因があの少女の演奏にあるのは一目瞭然だった。
しかし、今にもトミ子を飲み込み喰らいつくそうと迫った悪霊たちは、彼女の周囲を囲う光の膜に阻まれて彼女に触れることすらかなわない。
トミ子を守っているのは、彼女の周りを円を描くように超高速で飛ぶ何十匹もの炎の燕たちだ。
その内側には炎の熱を遮るための水の膜があり、それに炎の光が反射してそのように見えていた。
炎と水の魔法の同時発動と精密制御。華恋だからこそできる離れ業である。
と、ここでトミ子の足元で影が蠢いて文章を作る。レイからの伝言だった。
『空の敵は俺たちでどうにかするからトミーは先輩に集中しろ』
演奏もBメロの中ほどにまでさしかかり、トミ子が悪魔バンドマンたちを追いかけさせていたアンプを全て奈々の方へと回す。
アンプが増えて効果が増した演奏の力に、奈々の白塗りの悪魔フェイスが苦悶の表情に歪む。
悪魔バンドマンたちがヴォーカルを守ろうと一斉に動き出そうとしたところを、空中に発生した横向きの竜巻が襲う。
逃げ遅れた悪魔バンドのギタリストが巻き込まれ、風の刃にすり潰されて魔力の塵へ還る。
続けて魔法で空中にいくつも足場を形成した光岡が、ダダダダッ! と足場を素早く駆けあがり、悪魔バンドのドラマーをバラバラに切り刻む。
残ったベーシストも下から飛んできた美香の斬撃で真っ二つにされた。
如何に正体不明の特殊ダンジョンとはいえ、レベル1ダンジョンのボスの取り巻きなら所詮この程度。平均レベル40前後のレイたちの敵ではなかった。
バンドマンたちを失い、白塗りの悪魔が大きく力を落としたところでいよいよトミ子の演奏がサビへと入る。
『殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺ァァァァァァッ!』
もはや歌とも呼べないただの絶叫をあげて悶える悪魔。
すると、奈々の輪郭がぼやけて、彼女に憑りついていた悪魔の本体が残像のように姿を現した。
「セイクリッドセイバーーーーーーッ!」
狙いすました一閃が悪魔の本体だけを切り裂き、聖なる力が邪悪な魂を焼き尽くす。
悪魔が光の中へ消えると、無限に湧き続けていた悪霊たちも呪縛から解放されたように一斉に魔力へ還った。
憑りついていた悪魔が消えて、白塗りの悪魔フェイスから元の美しい少女へと戻った奈々がその場にバタリと倒れる。
悪魔の力で呪いのマイクに変えられていたエンジェルソングが、本来の輝きを取り戻しながら彼女の手の中から床へと転げ落ちた。
慌てて全員でそばに駆け寄ると、奈々は酷く衰弱した状態で気を失っていた。
日向が癒しの光で奈々を照らすと荒かった呼吸は徐々に安定して、顔色も次第によくなっていく。
癒しの光は回復魔法のように大きな怪我は治せないが、失った体力を回復させることができた。
《これでもう大丈夫! あとはそのうち自然に目を覚ますはずでごじゃる》
「よ、よかった……っ」
トミ子が安堵の息を漏らして膝から崩れ落ちる。
穏やかな寝息を立てる奈々の様子に仲間たちもひとまずほっと胸をなでおろした。
だが、ただ一人、光岡だけは警戒を解かないまま周囲を見渡し、通常のダンジョンではあり得ない異変に気付く。
「……おかしい。出口の扉が開かない。全員気を抜くな! まだ何かあるぞ!」
『くっくっくっ……。吾輩の余興は楽しんでくれたかね?』
突然、謎の声がレイたちに語りかけてくる。
すると、今までそこにあったライブ会場が幻のように消えてしまい、何もないただの大部屋と、さらに奥へと通じる階段が現れた。
『さあ、その階段をのぼってくるがいい。愚かな勇者たちよ。今度は吾輩が直々に相手をしてやろう。せいぜい楽しませてくれよ』
高笑いが反響しながら消えていく。
どうやら真のボスは他にいたということらしい。
すぐにでも全員で突撃して帰りたいところではあるが、こちらには奈々がいる以上、あまり無茶はできない。
この部屋に置いていくにしろ、この部屋の安全だという保障もないため、誰か一人は奈々の護衛として置いていく必要がある。
「私が残ろう。救助者を守りながら戦うのには慣れているからな」
奈々の護衛には光岡が名乗り出た。
「すいません、お願いします」
「任せておけ。何が待ち受けているか分からん。慎重にいけ」
「はい」
担任教師の言葉にレイたちが頷き、奥へと続く上り階段へと消えていった。
「全員、無事で戻ってこいよ……」
親の顔より見た展開。
ラストまであと少し!
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