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不完全感覚ロックンロール 12

祝、令和元年初投稿!



「遅かったじゃないか……って、誰だお前たちは」

「加苅です」

「富田です」

「そうか。……ん? んんっ!?」


 赤い渦の先で待っていた光岡が、華恋と一緒に入ってきた見慣れぬ少女たちの意外すぎる返答に思わず二度見する。

 高校生とは思えないほどの体躯を誇る二人が、まさかこんな小さくて可愛らしい女の子になっているなんて、誰が予想できようか。

 華恋が慌てて事情を説明すると、「そうだったのか」と光岡も一応納得したようだ。


「まさかそんなアイテムがあるとはな……。ん? という事はもしや、昨日現れたという謎のメイドは……」

「すいません。俺の分身です」

「やはりか。気持ちは分からなくもないが、やるならせめて私には一言伝えてからにしろ。藤堂家のメイドが抜き打ちで視察に来たなどと聞いて内心ヒヤヒヤしたぞ」

「すいませんでした」


 レイちゃんがぺこりと頭を下げる。

 

「……にしても、なんなんすか、ここ」

「分からん」


 トミー改めトミ子が周囲を見渡す。

 そこにはまさしく地獄めいた光景が広がっていた。

 針のように鋭く尖った岩々が天を突くようにずらりと並び、空は血を流したように真っ赤に染まっている。

 遥か地平の先にそびえる山の上には、暗雲垂れ込める悪魔の城があり、ここから一本道でそこまで繋がっていた。


「だが、道は一本だけのようだし、ひとまずあの城を目指すとしよう」

「なら、俺が先頭行きます。罠解除スキル持ってるんで」

「そうか。それは頼もしいな。では殿(しんがり)は私が勤めよう」


 レイ、美香、華恋、トミ子、光岡の順に並び、一列縦隊で進む。

 トミ子が囁くような音量で演奏をはじめ、ファンネルアンプが演奏の効果をさらに高める。

 くわえて、守護霊『ドラゴンフォース』の能力で音質を変化させたトミ子の演奏が遅れて重なり、さらなる能力向上や各種耐性付与の相乗効果を生み出す。


 昔懐かしい名作RPGのフィールド曲アレンジで、いきなりトップギアまで引き上げられた一行は、罠と敵に注意しつつもぐんぐんと速度を上げていく。

 風のように速く慎重に歩くという矛盾を両立させながらしばらく進むと、突然、レイの目の前の地面から何かが飛び出してきた。


『歌います。ボエ~~~~ッ!』

「くっ……!? なんつー音痴な歌だ……ッ」


 地面から出てきて突然音痴な歌を大音量で歌いだしたのは、オレンジ色のシャツを着た巨大なモアイ像。その名も『ジャイアント音痴』。

 なんとなく顔の造形がどこかのガキ大将に似ているが、そこに深い意味はない。

 聞くに堪えない音痴な歌を突然聞かせ、能力低下や各種状態異常を与えてくる嫌な敵だ。


『私も歌います。ビョエ~~~~~~ッ!』

『我も歌います。ホゲ~~~~』

『あっしも歌います。ンガ~~~~!』


 レイたちの周りを囲むように次々とジャイアント音痴が地面から生えてきて、吐き気を催す大合唱がはじまる。

 トミ子のBGMが与えていた各種状態異常耐性によりまだどうにか耐えられているが、それでも聞いているだけでどんどん具合が悪くなっていく。


「えぇい鬱陶しいわボケェ!」


 負けじと紡がれるトミ子の魂ゆさぶる旋律。彼女(彼)の音はアンプと守護霊の力でさらに増幅され、敵を砕く破壊音波となってジャイアント音痴たちを粉々に打ち砕いた。


『うぅ~っ、ひっどい歌だったでごじゃる……。癒しの光~』


 体調不良や状態異常を回復する光がレイたちをふわりと包み込む。


「あー、苦しかった……。あんなモンスターもいるんだね。ってか普通に喋ってたし」


 まだ少し顔が青白い美香がげんなりしながらいった。


「喋るモンスターはごく稀にだがいるぞ。大抵碌でもないのばかりだがな……」


 光岡も昔を思い出して苦々しい顔になる。

 自衛隊にいた頃にも何度かこういう敵には遭遇したことがあったが、どれもこれも、こちらの嫌がることをしてくる()()()()()敵ばかりだった。


「ところで、なんだかさっき可愛らしい子供の声が聞こえたような……」

「可愛らしいだなんて照れるでごじゃるよ」

「そうそう。こんな感じの声だったでごじゃるってなんかいる!?」

「拙者、日向と申す。よろしくでごじゃる!」


 気付けば肩に乗っていたもこもこ白毛玉に驚く光岡。

 しかしすぐにその顔は可愛いものに目がない乙女のそれに変わり、目尻がどんどん下がっていく。


「しゃべるキツネとはまた珍しい。どこから来たんだお前~? お~よちよち、こっちおいで~」

「せ、先生……」


 意外なような、呆れたような、なんとも言えない微妙な視線が美人教師に突き刺さる。


「はっ!? ち、違う! 今のは違うからな!?」

「何がちがうでごじゃる?」


 光岡の手の中できゅーん? とあざとく首を傾げて訊ねる日向。


「くっ……! ち、ちが……。ちが……わないよぉ。可愛いよぉ~。よちよちよち良い子でちゅね~」


 もはや恥も外聞もなにもない。

 そこにいるのは普段装っているクールな美人教師ではなく、小動物に赤ちゃん言葉で話しかけちゃうタイプの一人の駄目な独身女だった。


 しかし、今は可愛い小動物とふれあっている時間はない。

 そこそこにモフられて満足した日向が再び華恋と融合すると、愛でる対象を失った哀れな独身女は絶望しきったような顔になり、それからようやく、生徒たちから向けられている冷めた視線に気づいた。


「……頼むから忘れてくれ」


 自分たちは何も見ていない。そういう事になった。



 ◇ ◇ ◇



 日向について光岡にざっくりと説明しつつ、再び歩き出した一行は、1時間ほどで悪魔の城の門前までたどり着いた。

 幸い、道中に罠は無く、あれから敵も出て来なかった。


「まさに魔王の城って感じだな」


 黒鉄の門の先にそびえる禍々しい尖塔を見上げてトミ子が呟く。


「じゃあこの中で一番勇者っぽいのって、アタシだよね」

「見た目はな」


 軽い冗談を飛ばして奮い立つ美香に、レイも苦笑しつつ頷く。

 そのままレイが黒鉄の門に手をかけると、門扉はひとりでにギギギと錆びた音を立てながら開き、自らの懐に勇者たちを招き入れた。


 城内に入ると青白い炎が両脇の燭台にボッ! と灯り、それが道しるべとなって一行をさらに奥へといざなう。

 燭台の灯っていない場所にも通路はあるようだったが、そちらに進もうとしても見えない壁のようなものに押し戻されてしまい進めなかった。

 なので大人しく鬼火の誘導に従い、奥へ奥へと進んで行く。


 二度ほど階段を上がると、終点が見えないほど長い大回廊に出る。

 白骨じみた柱が等間隔に並び、柱と柱の間には別のどこかへと繋がっているらしき黒い渦があった。

 おそらく、この中のどれかが正解のルートへ繋がっているのだろう。


「くそっ! のんびり正解のルート探してる暇なんかねぇぞ!」

「落ち着けトミー。ここは俺の出番だ」


 焦りから苛立つトミ子をなだめつつ、レイが素早く印を結ぶと、彼女の分身が9体現れた。

 その9体がさらに印を結び81体に増え、彼女たちがさらに印を結んで729体に増える。

 最終的に6561体まで増えた分身たちは、人海戦術で次々と黒い渦の中へ飛び込んでいく。


 ここまで増えると戦闘力は虫けら以下まで落ちるし、小石に躓いただけでも消えてしまうほど脆くなるが、こういう地味な探索作業にはもってこいだった。

 ちなみに、この状態で自爆しても3歳児のグーパンチの方がまだマシな威力にしかならない。


「同じ顔がこうもたくさんいると気味が悪いな」

「仕方ないじゃないですか。これが一番効率がいいんですから」


 若干引き気味の光岡に目を瞑ったまま零士が答える。

 渦の先で分身が消えると、分身が見聞きした情報がそのまま本体にフィードバックされるため、彼女の脳には今、通常では想像もつかないような負荷がかかっていた。

 そんな負荷に耐えられているのは、トミ子の演奏による能力強化あってこそだ。


 渦の先は殆どが常に闇属性のダメージが発生する暗黒空間だった。

 死神の外套があるから消えずにすんでいるが、地面も何も無いためどこまでも落下しつづけるばかりなので、そのうち諦めた分身が自ら自爆して消えていく。


 だがごく稀に地面のある暗黒空間があり、その先には決まって宝箱が置いてあった。

 戦闘力は落ちても罠解除スキルは問題なく使える分身たちが宝箱の中身をせっせと運び出して本体のいる場所まで戻ってくる。


 運び出された宝は、髑髏(どくろ)のシルバーリング。エメラルド色の片手剣。見るからに高そうな壺。一眼レフカメラ。猫耳カチューシャ。

 いまいち価値のはっきりしないものも多いが、ひとまず全て華恋のアイテムボックスの中へ仕舞われた。


 するとここでようやく、暗黒空間ではない場所へと繋がっている渦が見つかった。

 分身が見た最後の光景は、なにやら聞き覚えのあるBGMにつられて身体が勝手に動き出してしまい、大きく口を開けた家型のモンスターに捕食されたところで途切れている。


 日曜日の終わりを思い出させる愉快なBGMだったが、微妙に音を外していたり、音源がレトロゲーム風だったりと絶妙にズレていて気持ち悪かった。


 BGMの強制力は渦に踏み込んだ瞬間から発動するようなので、一度全ての分身を消して、魔力ポーションで魔力を回復させたレイは、強力な分身を1体生み出すとモンスターハウスの待ち受ける渦へと飛び込ませる。



 ――――――てっててんててててん♪ ドカンッ!



 数秒後、予定通り分身を自爆させてモンスターを片付ける。

 自爆して分身の意識が途絶える最後の瞬間、『チャァン、バァブッ(そんなのありかよ)!?』と何か聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだろう。

 もう一度分身を生み出して敵が消えた事を確認してから、レイたちは正解らしき渦へと飛び込んだ。


 渦の先は幅の広い廊下になっていて、先には上へと続く階段があった。

 階段をあがるたびに壁に掛けられた燭台に炎がボゥッ! と灯り、一番上まであがると、巨大な扉の前に出る。こちらを睨むような悪魔の意匠がとても不気味だった。

 扉の奥から微かに振動が伝わってくる。この腹の底に響くような重低音はまさか―――――


 扉に仕掛けてあった装備破壊の罠(発動するとあらゆる装備品が下着も含めてすべて粉々に砕け散る)をレイが解除して扉に手をかける。

 するとまたも扉はひとりでにゴゴゴと開いてゆき……


『殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺ッ!』


 開かれた魔界の門から溢れ出した邪悪な讃美歌が、レイたちの全身をぐわんっ! と震わせた。

 扉の奥、ライトに照らされたステージの上に立ち、歌を歌っていたのは、


「嘘だろ……」


 鮮血のように赤いハードレザーのボンデージを着た、白塗りの悪魔―――――奈々だった。


フハハハハ! お前も蠟人形にしてやろうかッ‼




皆様からの応援がとても励みになっております。ありがとうございます。



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