俺と彼女のダンジョンダイエット 5
ゴブリンとの初戦闘を皮切りに、地下1階ではコボルト、スライムなども出現して、それらとの連戦によって俺たちはまた1つレベルがあがった。
花沢さんはレベル12になった事で、いよいよ美少女と言っても差し支えないくらい、容姿に磨きがかかってきた。
丸かった顔の輪郭はほっそりとした卵型に。目鼻立ちもさらにくっきりしてきて、手足と身長が伸びた事で体形もよりグラマラスになってきている。
……が、まだ、だ。
これくらいの美少女なら、世界を探せばそれこそ星の数ほどいる。
俺たちが目指すのは世界一の美少女なのだ。まだまだ、こんな程度で満足してはいられない。
と、それはさておき。
俺たちが3度目のゴブリンの群れとの戦闘に勝利して、再び探索を再開してしばらくした頃。そいつは突然現れた。
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!?」
「は、花沢さん! 落ち着いて!」
通路を進んだ先にあった何もない大部屋。
その天井に何かが張り付いているのに俺が気付いたのと、そいつが奇襲を仕掛けてきたのはほぼ同時だった。
スキル『軽業』で身に付いた達人級の身のこなしと、『視力強化』で強化された動体視力で、どうにか花沢さんを突き飛ばして自分も攻撃を回避したまでは良かった。
が、そいつの姿を見た瞬間、得体の知れない恐怖に背筋が凍り付き俺たちは動けなくなってしまった。
妙に艶めかしい、人間みたいな肌をしたあれは……何だ?
蛙? おっさん? 駄目だ、分からない。
見た目は蛙のようなおっさん。またはおっさんのような蛙。
身体は完全に蛙なのだが、肌の色と質感は人間そのもので、しかも頭部はおっさん。
蛙の真似をする全裸のおっさんにも見えるし、でもやっぱり手足の形は蛙で。
兎に角、もの凄く気色悪い謎モンスターであることには間違いない。
特にあの妙にプリップリな美尻がもの凄く気持ち悪い!
あんな気色悪いモンスター、データベースにも乗ってなかったぞ。
という事はつまり、このダンジョンのみに出現する固有種で、しかも新種という事になる。
『なんやゴブリンか思うたら、人間かいな』
「げぇ!? しゃ、喋ったぁ!?」
『そら喋るわ元人間やもん。だからそう怯えんといてや。さっきはすまんかったのぅ、いきなり攻撃してもうて。いきなり入ってきたからゴブリンか思うたんや』
喋るモンスターというだけでも大事件なのに、さらに自称元人間とか、もう何が何やら。
助けを求めて花沢さんの方へ視線を向ける。
が、すでに彼女は遠い目で虚空を見つめて、考えることを放棄していた。
ああ、そんな!? 戻ってきて花沢さん! こんなのの相手を俺に丸投げなんて酷いや!
「元人間……?」
『せや。こう見えてワイ、元はSランク探索者やったんやで? せやけどダンジョンの最深部でボスに呪いを掛けられて、次元の狭間に飛ばされてもうたんや』
「え、えぇ……」
嘘くせぇー。ぜってー嘘だよこんなの。
でも、ダンジョンならあり得ない話でもないかもと思えてしまうのが恐ろしい。
「し、失礼ですけど、その、お名前は……?」
『よう聞いてくれた! ワイの名前は藤堂儀十郎や! 聞いた事あるやろ?』
あるに決まってる。だってそれ、日本で唯一のSランク探索者の名前だもの。
ありとあらゆるメディア媒体で、彼の顔と名前を見ない日など無いくらいだ。
「いや、でも、藤堂さんって、ほら。もっとこう……凄まじいイケメンだったじゃないですか?」
『せやな。なにせレベル94やし。正直、神話レベルの美男子やったと自覚もしとる』
それ自分で言っちゃうんだ。
『せやけど今は呪いのせいで年齢相応の汚っさんで、しかも蛙や。レベルも大分下がっとる。もしワイのレベルがそのままやったら、兄ちゃんたち、さっきの奇襲でパァンやで?』
「パァンて」
嫌やわそんなん。こんなキッショい蛙に殺されるなんて。
『大体なんで尻だけ元のままやねん! 自分で見てて虚しいわアホ!』
尻だけ元のままとかつくづく悲しい生き物だな。このおっさん。
「ま、まあ、とりあえずあなたが藤堂儀十郎であると仮定してですよ? なんでこんな所に?」
『仮定もなにも本人なんやけど。……まあええわ。なんでこんな所におるかはワイにも分からん。気付いたらここにおったんや』
「はぁ、それは大変っすね」
『あー! 信じとらんやろお前!?』
「逆に聞きますけど、逆の立場ならあなた、こんな与太話信じます?」
『そらお前信じる訳……ないわなぁ。ごめん……』
いや、謝られても困るんですが。
……しかしこれ、どうすんだよ。このまま放置って訳にもいかんでしょ。
Sランク探索者がこんな姿になってるなんて知れたら、それこそ世界中が大騒ぎだぞ。
「で、これからどうするつもりなんです? このままここで暮らすんですか?」
『んな訳あるかい! こんな呪いすぐにでも解いて、さっさと復帰したらぁ! と、言いたいとこやけど、今のワイは正面切って戦えばスライム相手にも負ける可哀想な珍生物。せやから兄ちゃんたち、ワイをここから連れ出してくれへん?』
「えぇ……」
やだぁ。こんな変な蛙の頼みなんて聞きたくない。
『露骨に嫌そうな顔すんなや。それにこれ、兄ちゃんたちにも悪い話やないで? 見たとこ兄ちゃんたち、まだ未成年やろ? せやのに、こんなダンジョンにおるっちゅー事はつまり、ここは未認可の隠しダンジョン。違うか?』
「……さて、何の事やら」
『誤魔化しても無駄や。ワイには分かる。……でや、違法やと分かっとるのに潜っとるっちゅー事は、よっぽど見た目にコンプレックス抱えとったんやろ?』
全部お見通しか。中々侮れないぞこのプリケツ蛙。
『それをそこまで改善した努力は認めたる。ワイも元はその口やったしな。せやけど、兄ちゃんたちがやっとることは違法な危険行為や。当然バレたらそれなりの処分は受けなアカン。学生なら間違いなく学校は退学やろな』
「……つまり、俺たちがあなたの手助けをする代わりに、あなたは俺たちのやっている事に正当な理由を与えてくれると?」
『まあ、そういうこっちゃ。何かあってもワイがお偉方に口聞いたる。ワイからの直々の依頼っちゅー事にしてまえば、大体の無茶は通るで?』
そんな無茶苦茶な。
けどこの珍生物の話には謎の説得力があるのも確かだった。
それくらいの無茶が通るくらいには、藤堂儀十郎という人物がこの国に与えている恩恵は大きいのである。
なにせ彼の言動一つで1000億円の経済効果が生まれるとも言われているのだ。
藤堂儀十郎はまさに日本の経済を支えるスーパーヒーロー。探索者ながら政治的な発言力も強い。
『しかもや! 今ならなんとワイが集めた武器防具に、溜めに溜めたスキルキューブのセットも付いてくるで! こないなお買い得チャンス逃す手ないで奥さん!』
「だれが奥さんや! ……手伝うかどうかは別として、ダンジョンから出た後はどうするつもりなんです?」
『知り合いに連絡入れる。そしたら後は良きに計らえや。な? 簡単やろ? 頼むわー、兄ちゃんたちだけが頼りやねん』
「…………はぁ。分かりました。やります」
まあ、これ以上ない破格の条件だしな。
世界最強の探索者が集めた武器防具と、スキルキューブまで貰えるならやらない理由は無い。
ただ、問題は本当にコイツが本物の藤堂儀十郎なのかって事だ。
『おおきに! 助かるわ!』
「ただし! 変な動きを見せたらすぐに討伐してやるからな!? まだアンタが本物の藤堂儀十郎だって証拠は何も無いんだから」
『安心せぇ。ワイは正真正銘本物や』
口では何とでも言えるさ。
「って事になったけど、いいよね? 花沢さん」
「うふふふふ、今年はブリが豊漁よぉ……」
「あっ駄目だこれ聞いてねぇわ」
とりあえず花沢さんが正気に戻るまで待ってから、出口を目指す事になった。