不完全感覚ロックンロール 10
今日はちょっと短め
翌日。
奈々の叔父が経営する音楽スタジオに集まった軽音部臨時バンドメンバーたちは、本日の主役の登場を待ちわびていた。
今日このスタジオは、オーナーの粋な計らいで、奈々の誕生パーティーを開くために貸し切りにしてもらっている。
華やかに飾り付けられたスタジオ内。
用意された大きなテーブルの上には人数分の皿が並べられており、主役が到着し次第、華恋のアイテムボックスからできたての料理が並べられる手筈になっている。
美香のスマホに今駅に着いたとラインが入る。全員でクラッカーを構えて入り口の前でスタンバイ。
しばらく待つと、勢いよくドアを開けて奈々が入ってきた。
「おーっす! おっはよーう!」
「「「お誕生日おめでとうございまーす!」」」
クラッカーが弾けて色とりどりな紙テープがパッと飛び出す。
予想外の出来事に奈々が驚き、狐につままれたような顔で目を丸くする。
そのまま彼女は数秒ほど固まり、それからようやく今日が自分の誕生日だったことを思い出した。
「あ、そっか。今日、私の誕生日だったっけ……」
「やっぱり忘れてたか」
奈々の叔父――――長渕栄吉が苦笑いする。年齢は40代後半。顔の雰囲気がどことなく奈々に似ており、ドレッドヘアとワイルドな顎髭が似合っていた。
栄吉も若い頃はバンドでギターをやっていた経験があり、奈々の才能を見出したのは他ならぬ彼だった。
ちなみにこんな名前だが彼のバンドの曲はまるで売れず、三十路を手前にしてそのバンドは解散している。
そんな一度は夢破れた栄吉だからこそ、音楽の神に愛されて生まれてきた姪っ子の奈々には期待せずにはいられなかった。
このスタジオを開いたのも、奈々の才能を伸ばすための場所を用意してやりたかったからだ。
開業のための資金集めには苦労したが、それでも今はバンド時代に築いた人脈を頼ってどうにか経営は軌道に乗っている。
そんな実の娘のように可愛がってきた姪っ子だから、どうせ文化祭前だからと練習に熱中するあまり、自分の誕生日さえも忘れているだろうことはお見通しだったというわけだ。
呆れたような叔父の顔を見て、奈々もこのサプライズを企画したのが誰かをすぐに悟った。
「……ごめん。もしかして心配させてた?」
ここ1週間の自分の行動をふりかえり、流石に根を詰め過ぎたかと反省する奈々。
だが、それでも自分の歌を聴かせたい人の顔を思い浮かべると、どうしても練習せずにはいられなかった。
二年前のあの日、信号を無視して突っ込んできた車から自分を庇い、今もなお苦しいリハビリを続けている親友の顔を思い出す。
親友の那奈は、自分を庇って右腕が全く動かなくなった。足にも重い麻痺が残っており、彼女のギタリストとしての命は完全に途絶えてしまった。
自分も左手の自由を失ったが、それでも、自分にはまだこの喉がある。
ならば、那奈に生かしてもらったこの命が尽きるまで、自分は彼女のために歌を届けよう。そう、誓ったから。
それに、今度の文化祭には那奈も来る予定になっている。
自らの人生を犠牲にしてまで自分を助けてくれた大恩人を前に、無様な姿だけは絶対に晒したくなかった。
「はぁ……。ったく、飯くらいちゃんと食えっての。姉貴も心配してたぞ」
「食べてるよ? ……ゼリー飲料ばっかだけど」
「そんなもん飯とは言わん! ほれ、花沢さんがご馳走たっぷり用意して来てくれたから、皆で食うぞ!」
華恋がテーブルの上に家で作って持って来た料理を並べていく。
アイテムボックスに入れたモノは、入れた時のままの状態で保存されるため、料理はできたてのホカホカだ。
久々のまともな食事を前に、奈々の腹の虫も早く食わせろとばかりに唸り声を上げる。
「わっ! マジで美味しそう!」
「遠慮せずにどんどん食べてくださいね。おかわりも沢山作ってきましたから」
それから、バンドメンバー全員で料理を囲んで賑やかなパーティーが始まる。
華恋の料理の腕もこの半年で着実に進歩しており、この日のために用意した最高の食材を贅沢に使った料理の数々は、どれも筆舌に尽くしがたい美味さだった。
沢山あったはずの料理は、全員で「美味い美味い」と夢中になる内にあっという間に空っぽになっていた。
腹もくちくなったところで、いよいよプレゼントタイムへ。
叔父の栄吉からは、奈々が欲しいと言っていた高級ヘッドホンがプレゼントされた。
そして零士たちからは、まちゅみに仕入れてもらった例の物が手渡される。
「……綺麗」
奈々がラッピングを丁寧に剥がすと、中に入っていたのはうっすらと七色に輝く一本のマイクだった。
形こそ普通のものとそう変わりはないが、手に持つとそれが秘める力がひしひしと感じられる。
このマイクは『エンジェルソング』というマジックアイテムで、その効果は、歌に癒しと破邪の力を与えるというもの。
そしてこのマイクの面白い所は、歌を聴いた者たちの感動が大きければ大きいほどその効果を増すという点だ。
もし仮に、満員の大会場で大勢の人々を感動させることができれば、歌を聴いた全ての者に、どんな傷や病でも治してしまうほどの力を発揮する。
癒しの力は歌っている本人にも作用し、過去の傷にも効果を及ぼすため、まさに奈々のためにあるようなアイテムだった。
「……これ、もしかしてマジックアイテム?」
「はい。俺たちから先輩へのプレゼントっす。歌を聴いた人の感動を癒しの力に変える魔法のマイクです」
奈々の問いかけにトミーが頷く。
彼女の左手を治すだけなら上級ポーションを渡せばそれで事足りる。
だが、それでは押しつけがましくなってしまうし、なにより彼女が貰って喜んでくれなければプレゼントの意味が無い。
「でも、それならすごく高かったでしょう? ……本当にいいの?」
「勿論っす! そのために皆で買ったんすから」
零士たちも頷く。
結構な値段はしたが、金なら探索者として活動していれば嫌でも溜まっていくし、全員納得した上での買い物なので、何も問題は無い。
だが、あまりにも高価すぎる贈り物に、いったいどれほどの値段がしたのかと恐々とする奈々。
「……俺、あの駅のロータリーで先輩の歌を聴いた時、すっげー感動したんす。そんで気が付いたら一緒に演奏してました。ちょっと前までの俺なら、あんな大胆な事、絶対にできなかったっす」
あの日、あの駅前で感じた熱狂的な一体感。
空っぽだった自分が満たされていくような、大勢の人々から認められたあの経験が、彼を大きく変えた。
だが、そのきっかけをくれたのは、一歩前へ踏み出す勇気を与えてくれたのは、他ならぬ奈々の歌だ。
「先輩の歌には、誰かを元気にして勇気を与える力があるんすよ。だからそのマイクは先輩が使ってください。今度の文化祭、那奈さんも来るんでしょ?」
「――――――っ!」
零士たちも頷く。
自分の歌で友人を救えるかもしれない。
バンドメンバーたちの意図をようやく察した奈々は、胸の中に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
こんな素敵なチャンスをくれた仲間たちの思いが、そして、こんなにも素晴らしい仲間たちに巡り会えたことが、嬉しくてたまらない。
「……ったく、ずるいぞこんなの! 奈々ちゃん泣かせても歌しか歌えないっての!」
「俺たちで最高の文化祭ライブにしてやりましょう!」
「―――――うんっ。うっし、そうとなれば後はもう練習あるのみだ! やるよ、みんなっ!」
涙を拭ったその顔は、先程までとは違いどこか憑き物がとれたようにすっきりしていた。
奈々の気負いが抜けたからか、それとも久々にまともな食事を食べたからか、その日の彼女の歌声はとても伸びやかで、セッションを重ねるごとにバンド全体の完成度も上がっていった。
それから、一週間はあっという間に過ぎ去り、いよいよ文化祭の当日がやってきた。
さあ、この章もいよいよクライマックスへ!
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