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不完全感覚ロックンロール 9

 新宿二丁目、歌舞伎町。

 日もそろそろ傾き始めた午後の事。この街の一角にある紫の看板を掲げる不思議な店の前に、妙に存在感のある若者たち六人が訪れる。


『猿も木から?』

「おチンパン」

「はーいオッケーお客様ごあんな~い」


 合言葉を伝えると板チョコみたいなドアが開いて、六人は中へと通された。

 相変わらず狭い店内にはすでに六人分の椅子が用意してあり、カウンターの向こうで薄手のセーターを着た秋の装いのチンパンジーが一行を出迎える。


「いらっしゃ~い。皆よく来たわねん。あらあらあらまあまあまあ! カワイイボーヤみーっけ! アンタは初めましてね。この店の店長のまちゅみ☆キャンタマーニュでーっす!」

「ま、マジかよ……。ど、どうもっす……」


 実在した喋るオネェチンパンジーを前に驚きと困惑を隠せないトミー。


「あらやだシャイボーイ。照れ屋なとこもカワイイわねぇ~。ちょっとつまみ食いしちゃおうかしらぁ!」

「まさかの肉食っ!?」

「んもう、冗談よジョーダン! ささ、座って座って」


 店のシンプルな内装を見渡した美香が「意外とこぢんまりしてるんだね」と正直な感想を漏らす。


「色々と便利なのよこの町。馴染みもいっぱいいるしね~。さ、そんな事より、あるんでしょ? 今回もどっさりと」

「はい。買取お願いしますね」


 華恋がアイテムボックスから溜めに溜めたドロップ品を詰め込んだ大きなリュック6つと、宝箱から出てきたアイテム類をカウンターの上に出した。


「まーたアンタたちはこんなに溜めて! かなりの高額査定になりそうねぇ。いいわ、ちょっとサッチー! お客様にジュースお出ししてー!」

「はぁ~い……」


 まちゅみが店の奥に呼びかけると、掠れた幽霊みたいな声がうっすらと聞こえてきて、六人分の飲みオレンジジュースがフワフワ飛んで六人の目の前に置かれた。

 突然のポルターガイスト現象に目を丸くする零士たち。


「言っとくけど幽霊じゃないわよん。最近雇ったバイトの子。酷く人見知りだから、普段は奥で働かせてるの。んじゃ、ちょっと査定してくるから、ジュース飲んで待っててねん。おかわりはそこのベル鳴らせば勝手に飛んでくるから」


 そう言ってまちゅみがオモチャのホイッスルをぴぴーっ! と鳴らすと、カウンターに置いた荷物と一緒におサルがふわりと店の奥へと吸い込まれていく。

 体育座りのチンパンジーが水平移動で飛んで行く光景はあまりにもシュールだった。


 ただでさえ不思議だった店が幽霊バイト(?)が増えたことで、ますます不思議な魔窟になったようだ。


「マジで喋るチンパンジーだったな……。もしかしてアレも日向たちと同類か?」

『そんなわけないでごじゃる! ……多分』

『多分、別モノ』

「はっきりしねぇなぁ……」


 トミーがどうにもすっきりしない顔で、出されたジュースのストローを咥えた……その時である。


『ぶぅぅぅぅぅるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?』


 店の奥から野太い叫びと共に、謎の光が漏れ出した。

 もしかして、と全員が嫌な予感に顔を見合わすと、


「ちょっとアンタたち! これ、本当に売るつもり!?」


 セクシーな女性の声に声変わりしたメスのチンパンジーが、店の奥からTS棒を握りしめて走ってくる。

 全てのトランスジェンダー垂涎のアイテムだが、チンパンジーが使ってもイマイチ変化に乏しいのが悲しい所だ。


「まあ、俺たちが持ってても仕方ないですし」と零士が答える。

「……分かった。言い値で買うわ。いくらで売ってくれる?」

「いや、そんな急に言われても……」

「わかった。じゃあ即金で100億。分割でもいいならさらに3倍出すわ。もっと欲しいなら具体的な額を言って頂戴」

「ひゃく!?」


 予想外の数字に零士たちが動揺する。

 まさかこんな冗談みたいなアイテムにここまでの値段が付くとは完全に予想外だった。

 どうしたものかと零士が仲間たちに視線を向けるが、今まで扱ったことも無いような大金を前に全員怖気づいてしまい、猛烈な勢いで首を横に振る。

 責任を押し付けられてしまい、零士の額に冷汗が浮かぶ。どうするべきかと彼が悩んでいると、不意に一つのアイデアをひらめいた。


「……じゃあ、装備と交換ってのじゃ駄目ですか?」

「勿論、それでもいいわよ。それで、どんな装備が欲しいのかしらん?」


 スマホから協会のライブラリにアクセスした零士は、ある装備の詳細ページを開いてまちゅみに見せる。

 それは彼が前々から、いつか手に入ればいいなぁと思っていた忍者系最強の装備だった。



 猿飛シリーズ


 レア度☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 猿飛の兜:反射神経強化(極大) 即死無効 


 猿飛の籠手:精密動作補助(極大) 投擲必中


 影の黒衣(上):物理耐性(極大) 状態異常無効 運動能力強化(極大)


 影の黒衣(下):移動速度上昇(超極大) 魔法耐性(極大)


 絶影の足袋:気配完全遮断 地形ダメージ無効 壁歩き


 ※猿飛シリーズ統一効果:魔力を消費して影から影へ瞬間移動できるようになる。消費する魔力量は飛距離に比例する。



「……随分とふっかけるじゃないの」


 まちゅみが画面から視線を外して零士を半目で睨む。

 だが、雰囲気から彼女が内心怒っていないのがなんとなく伝わった。


「いや、無理ならいいんですけど」

「あら、言ってくれるじゃないのさ。ただし、いつ手に入るかは分かんないわよ?」

「えっ!? マジでいいんですか!?」

「ワタシがいいって言うんだからいいのよ。これにはそれだけやってもお釣りがくるほどの価値があるわ。特に、この町じゃね。じゃあ商談成立ねん」


 まちゅみが差し出してきた手を恐る恐る握る。

 今となっては零士の方がチンパンジーよりも握力は上だが、それでも怖いものは怖い。


『店長~……査定終わりましたぁ~……』

「あら、丁度あっちも終わったみたいね」


 店の奥から査定額が書かれた紙がひらりと飛んでくる。


「はぁ~い、そんじゃ今回の査定額を発表しま~す。ジャジャン! 20億5千万円でーす! 端数は切り上げでオマケしてあげたわよん」

「あれ、意外と少な……くはないか。20億だもんな。……でも、やっぱ100億とか聞いた後だとなぁ」


 すでに金銭感覚が狂い始めている零士がううむと唸る。

 最初にこの店に訪れた時に言われた言葉が現実のものとなった瞬間だった。


「……なんかどんどん金銭感覚狂っちゃうね」

「ほんとにね」「全くだ」


 華恋の言葉に剛と美香が頷く。

 美香は両親が有名な探索者だが、元々はごく普通の中流家庭で育ったため、彼女の金銭感覚も基本的にはそちらでの記憶が元になっている。

 ただし、数十億もする高価な装備をおねだりしたりと、やはり微妙にズレてはいるのだが。

 なお、マックスは通貨単位がドルではないためか、いまいちピンときていないようだ。


「支払いは協会の口座に振り込みでいいわね?」

「あ、はい。お願いします」


 日本で探索者になると、資格を取得した瞬間から、自動的に探索者協会が運営する銀行に口座を持つことになる。

 口座の年利は探索者ランクが上がるごとに増えていくため、預けておくだけでも毎年ちょっとずつ資産は増えていく。

 なので、零士たちは今までの探索で稼いだ金は全てそこに預けていた。


 ちなみに、この夏の間に零士と華恋は長野でのダンジョン攻略の功績が協会に認められて、Bランク探索者へと昇格している。

 Bランク以上の探索者は毎年一定以上の探索実績を課せられる代わりに(未達成の場合は降格となる)、各種税金の免税や軽減など、特典もかなり充実してくる。


 協会の運営する口座の年利を見ても、Cランク以下が小数点以下なのに対し、Bランクになると途端に5%まで引き上げられることからも、高レベル探索者が如何に優遇されているかが分かるだろう。

 高レベル探索者の数がイコールで国力と看做(みな)される現代において、各国が掲げる『実績ある探索者』への優遇政策競争は過熱の一途を辿っていた。


 全員が探索者許可証をカウンターに出して、まちゅみがカードに記載された番号の口座に手元のノートPCから振り込み手続きをする。


「あ、そうだ、俺たち四人からは頼んでたアイテムの代金分、割り勘で引いといてください」

「はいはーい。わかってるわよん……っと。はい完了。そんじゃ、これが頼まれてたブツよん。プレゼントだって言うから、綺麗にラッピングしといてあげたからねん」


 口座への振り込み手続きが終わり、まちゅみがカウンターの下から綺麗にラッピングされた品物を取り出して華恋に渡した。


「ありがとうございます。じゃあ、例のやつ、手に入ったら連絡ください」

「任せときなさいな。おサルの総力を挙げて探しといてあげるから♡ それじゃ、またきてね~」


 かねてからの夢だったメスになれたことでご機嫌なまちゅみが熱烈な投げキッスで零士たちを見送る。

 メスになっても相変わらず猿臭い投げキッスをさりげなく躱しながら、零士たちは店を後にした。



 ◇ ◇ ◇



 その日の夜。

 家まで帰ってきた零士は、今日の分の10連ガチャを引いてみることにした。

 何が出てきてもいいように、一応庭に出て、何となくこうすれば出てくるという感覚に従い、両手首をガチャガチャと二回ひねる。

 すると目の前に光の玉が10個ポポポポンッ! と現れて、それらが順に泡のように弾けて、中からアイテムが出てきた。


 たわし、こけし、たにし(貝殻だけ)、たけし(人形)、ラバーカップ……どれもハズレだ。


 便座カバー。大ハズレ、何に使えというのか。


 レトロゲームのカセット。本体が無いから遊べない。ハズレ。


 消しゴム。あって困るものでもないので、一応アタリか?


 タコ焼き機。大阪府民以外、普段殆ど使う機会のない家電だ。というか加苅家にも一度使ったきり放置されたものが物置の中で埃をかぶっている。ハズレ。


 そしていよいよ最後のアイテムがカプセルから出てくる。


「おっと! ……あっ」


 空中でカプセルが弾けて、落下しそうになったアイテムを零士がキャッチした瞬間、彼の身体が光り輝く。

 一度経験した感覚だから、もう鏡を見なくても自分がどうなったかはっきりと分かった。


「またかよ畜生っ!」


 零士改めレイちゃんが、キャッチしてしまったTS棒を地面に叩きつけた。



天丼は基本。それと、便座カバー!



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