不完全感覚ロックンロール 4
ネタを挟まないと(使命感)
謎のスモークに包まれた花沢家のリビングに、何やら『スパゲティに大量の粉チーズがかかりそうなBGM』がどこからともなく流れ出す。
すると、煙の中に大きな二つのシルエットが現れ、徐々に煙が晴れていく。
すると、そこに立っていたのは……
「じゃーん! 見よこの筋肉!」
「PerfectBody」
ボディービルのポージングで逆三角形の見事な肉体を見せびらかす、8頭身になったもふもふマスコットたちの姿が……!
零士とおばあちゃんは口をぽかんと開けて固まり、マックスは腹を抱えて大爆笑。
突然キレッキレのもふもふマッチョになった二匹を前に華恋はわなわなと震えだし、
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
と、膝から崩れ落ちた。
「あ!? ママ、『やー!』のタイミングが早いでごじゃるよ! まだBGM終わってないでごじゃる!」
「嫌がってんだよこのお馬鹿!」
「あ痛ぁ!?」
もふもふの上腕二頭筋をムキムキさせながら華恋に近づこうとする日向(マッスルモード)に、零士のデコピンが炸裂する。
そのままボフンッ! と煙を出して元の姿に戻った日向を、朔夜が分厚い胸板でモフっと受け止めて、朔夜も元の姿にドロンッ! と戻った。
「むぅ……。拙者たちが変身できる最強の姿になれば皆喜んでくれると思ったのに……」
「お前たちが変身できるのは分かった。でも、あれは駄目だ。見た目がキモすぎる。二度とやるなよ?」
「ちぇー」「残念」
折角喜んでもらおうと思ってやったのに怒られて、日向と朔夜が耳をペタンと伏せてしゅんとなる。
アレは悪い夢、私は何も見てない。と、何度も自分に言い聞かせてどうにか持ち直した華恋が、そんな二匹を抱き寄せて慰める。
「日向も朔夜も、私たちを喜ばそうと思ってやってくれたんだよね。ありがとう。ごめんね、急に叫んだりして」
「ママっ!」「母上!」
二匹が華恋に甘えるように身体をこすりつける。
やっぱり、こんなに可愛い生き物が、あんなキモいマッチョ生物になるはずが無いではないか。
「二人とも、変身が得意なんだよね? どんなものに変身できるのか、ママにもっと見せてほしいな」
「っ! うん! 拙者たちすごいんだよ! 見てて見てて!」
「変身!」
と、日向たちが色々な道具へ変身していく。
ヤカン、バット、盥、ロープ、鋏、枕などなど、思いつく限りの日用品に化けては、次から次へと姿を変えていった。
日向の言によれば、零士と華恋が知っているものなら大抵のものには化けられるらしい。
だが、一見万能に見えるこの能力にも制約はあるようで、あまり大きすぎるものや魔法の道具には化けられず、銃や液体、食べ物系など、使うと無くなってしまうものも無理との事だった。
「さあていよいよ皆お待ちかね!」
「変身」
モップとサイクロン式の掃除機に化けていた二匹の身体が、再びドロン! と煙に包まれる。
煙が晴れると、そこには小学校低学年くらいの、瓜二つの可愛らしい女の子が二人立っていた。
髪形はどちらもおかっぱ頭で、片や艶のある黒髪で、もう片方は綺麗な白髪。顔の雰囲気は何となく華恋に似ていた。
頭の上には狐の耳が生えており、服装は髪の色と同色の、陰陽師みたいな式服を着ている。
何故最初からこっちに変身しなかったのか。
「朔夜……お前、男の子だよな?」
「うん」
しかし、そう言って頷く朔夜は、どこからどう見てもぷにぷにのほっぺが愛らしい女の子にしか見えない。
「見る?」
「…………いや、いい」
なんとなく、それだけはやってはいけない事のような気がした。
世の中には秘密のままにしておいた方がいい事もあるのだ。……多分。
「で、その姿だと何ができるんだ?」
気を取り直して零士が訊ねると、
「可愛いでごじゃろう?」
こてんと首を傾けてあざとく日向が答える。
「うん、まあ、そうだな?」
「それだけでごじゃる」
「それだけかよ!」
「あ、でも手があるから、色々と細々した日常のお手伝いはできるでごじゃるよ!」
小さなおててをニギニギして、にぱっと笑う日向。隣に並ぶ朔夜の顔もどこか得意気だ。
どこか華恋に似た二人を見て、おばあちゃんがお世話を焼きたそうにうずうずしている。
彼女の中でも、最初のマッチョは無かったことにされたらしい。
と、ここで誰かの腹の虫がぐぅと鳴った。
「……そろそろ何か食べない? お腹空いちゃったよ」
お腹を押さえて白状したのはマックスだった。
時計を見ればすでに朝の8時を回っており、彼の腹の虫をきっかけに華恋と零士も空腹を思い出す。
そういえば朝早くからバタバタしていて、何も食べていなかった。
おばあちゃんがあらあらと笑い、朝食の準備をするためキッチンへ移動したのを見て華恋もその後を追う。
聞けば朔夜と日向は狐(?)のくせに「何でも食べれる」との事なので、その朝は全員で同じ食卓を囲むことになったのだった。
◇ ◇ ◇
「きゃー! かわいいー!」
朝食後、ダンジョン探索のために花沢家にやってきた美香が、今朝生まれたばかりの愛玩動物たちを見て黄色い悲鳴を上げた。
早速もふもふの沼に沈んだ美香は、理性を溶かされてダメ人間になった。
「あぁ~幸せ。いつまでもこうしてたい」
「にゅふふ! モフモフに抗える人類などいないのでごじゃる!」
自慢の毛並みを撫でられてご満悦の日向。
一方、朔夜は剛の膝の上でお腹を撫でられてうっとりしていた。
「ははは、ここがいいのか」
「最高」
「うーん可愛い奴め。それにしてもまさかあの卵から狐の双子が生まれるなんてなぁ」
「ほんと、訳わかんねぇよな、ダンジョンって」
零士の言葉に剛も「全くだ」と頷く。
理屈や常識が通用しない未知の世界だからこそ、人は惹かれるのかもしれない。
「それよりさ、夏休み中にここのダンジョンってレベルアップしたんでしょ? 中はどんな感じだったの?」
剛の真似をして日向のお腹を撫でながら美香が訊ねる。
すでに零士、剛、華恋の三人は、夏休みの終わりに様子見も兼ねてレベルアップしたダンジョンに潜っていた。
「今回は構造自体は単純なんだが、兎に角先が長そうでな……。まあ、見れば分かるさ」
「ふーん? で、この子たちも連れて行くの?」
「勿論! 拙者たちもお供するでごじゃる! まだパパとママにも見せてないとっておきがあるでごじゃるよ!」
「乞うご期待」
「だってさ。じゃ、そろそろ行くぞ」
装備、アイテム、共に準備万端。体調は良好。
朔夜は零士の影に、日向は華恋の胸の中心に吸い込まれるように消えた。
それぞれの武器を手にした一行は、いつものように白く渦巻く机の引き出しに飛び込んだ。
◇ ◇ ◇
白い渦の先は広いエレベーターホールだった。
ダンジョンの出入り口向かって正面にはエレベーターが一機あり、向かって右側には、上へと続く階段が壁に沿うようにぐるりと巡っており、中心の空間は天井まで吹き抜けになっている。
エレベーターは現在1階~5階までを行き来できるようだ。
「今回のダンジョンは階段とエレベーターホールだけで構成されてるみたいでな。階段を上ってくとその先にまたここと同じようなフロアがあって、そこにいるフロアボスを倒すと、さらに上へ行くための階段が現れて、エレベーターも開放される。そんで攻略済みの階層までショートカットできるようになるんだ」
「へぇ。エレベーターがあるなんて、随分と親切じゃないか」
マックスが感心したように言う。
「親切なのはそこだけだよ。階段は罠だらけだし、雑魚もうじゃうじゃ出てくる。逃げ場なんて無いからどうしたって戦闘は避けられないし、それでうっかり罠なんて踏んだらそれこそ目も当てられない事になる」
「いきなり階段が滑り台になったのには焦ったな」
うっかり罠を踏み抜いた時の事を思い出した剛が冷や汗交じりに苦笑する。
「だな。今回は人数も多いし、足元注意で行こう」
零士の方針に全員が頷き、一行はエレベーターに乗って5階までショートカットする。
エレベーターを降りた先は、下へと続く階段がある以外は1階と全く変わらない内装だった。
罠を解除できる零士を先頭に、一行は上へと続く階段を上り始める。
すると十段も上らない内に階段の先に魔力が集まって、何十体ものモンスターが一気に形成された。
カタカタと球体関節を震わせながら気色悪い動きで踊り狂うのは、全身から刃を生やした恐るべき殺人人形たち。
彼ら『マーダーパペット』は、球体関節の特徴を活かし、不規則な動きで敵を翻弄するトリッキーなモンスターである。
ちなみに、よく意味の無い気持ち悪い動きをすることがあるが、それ自体に魔力を吸い取ったりするような特別な効果は無い。ただキモイだけだ。
「マックス! 頼んだ!」
「OK! ヒーハーッ!」
関節を360度回すキモイ動きで階段をわしゃわしゃと駆け降りてきたマーダーパペットの群れを、マックスの無限ミニガンが粉々に粉砕する。
10秒ほどの掃射でマーダーパペットたちは近づくことすら許されず全て魔力へと還った。
ドロップ品の加速サプリメント(摂取すると一定時間2倍の速さで動けるようになる)を華恋が回収し、さらに先へ進むと、一息入れる間もなく次の敵が出現する。
階段横の吹き抜けに現れたのは、浮き輪のように金属製の円盤を付けたタコ。名前はそのまま『タコUFO』。
こんな見た目だが一応マシン系モンスターであり、円盤の下面から強力な光線で攻撃してくる厄介な相手だ。
「華恋さん!」
「詠唱破棄『ホーリーバスター』」
吹き抜け空間を埋め尽くさんばかりに現れた大量のタコUFOだったが、動き出す前に上から降り注ぐ光の柱に焼かれて全機撃墜した。
ドロップ品の生体CPU(なんかヌメッとしたCPUパーツ。性能はコア換算で30相当)がバラバラと5階のエントランスへ落ちて行く。
「回収」
するとエントランスの床に散らばったドロップ品が、ズルっと影に沈んで消え、零士の影からポコポコと生えてきた。
「うわっ!? ……もしかして朔夜が?」
「うん」
影からにゅっと顔を出した朔夜が褒めてほしそうにつぶらな瞳を輝かせる。
なので零士はしゃがんで「偉い偉い」と頭を撫でてやると、朔夜は嬉しそうに目を細めてまた影の中へと潜っていった。
「今のは朔夜が名付けで得た力の一つでごじゃる! 無論拙者も日向の名前に相応しい力が備わっているでごじゃるよ!」
と、華恋の胸元がピカピカ光って、おしゃべりな日向が説明口調で補足してきた。ぱっと見、ウルトラなヒーローに見えなくもない。ラーメンタイマーか。
名は体を表すとはその通りで、二匹もまた光と闇に連なる名を得たことでそれに関連する力を幾つか獲得している。
たった今朔夜が使った、物体を影から影へ移動させる力もその一つだった。
ドロップ品を回収した一行はさらに上を目指す。
うんざりするほど湧いてくるモンスターを遠距離攻撃で蹴散らしながら、少しずつ確実に階段を上っていくと、やがて5階と同じようなホールへ辿り着いた。
ホールの中央には背後のエレベーターを守るように一体のフロアボスが泰然と待ち構えていた。




