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不完全感覚ロックンロール 3

おや……?

 9月第一週。とうとうその日は訪れた。


「華恋さん! た、卵は!?」

「ま、まだ孵ってない! けど、どんどん光が強くなってる!」


 土曜日の早朝の事だった。

 零士がここ最近の夜の日課になりつつある、ドラムのイメージトレーニングをしていると、彼のスマホに華恋から電話が掛かってきた。

 何事かと思い慌てて出ると、なんと温めていた卵が今になって急に光り出したのだと言うではないか。


 こんな早朝から押しかけては悪いとは思ったが、事が事なので急いで華恋の家を訪ねると、花沢家のリビングではすでに卵が激しく明滅を繰り返しており、今にも中から何かが出てきそうな気配をビンビンと発していた。

 零士、華恋、マックス、おばあちゃんの四人が期待と不安がないまぜになったような表情で見守る中、いよいよ卵が一際強く光り輝き、リビングが白い光に包まれる。



「…………毛玉?」



 先にそう声を上げたのは、果たして誰であっただろうか。

 光が消えると、そこにあったのはバレーボールくらいの大きさの、もこもことした白い毛玉だった。

 すると、その声に反応したのか、ぴょこん! と毛玉から尖った三角耳と、白と黒、もっふもふの尻尾が()()生えてくる。

 よくよく見れば、白い毛玉の下に重なるように黒い毛玉がいて、黒い尻尾はそちらのものらしい。


 白毛玉は三角耳をピコピコと動かすと、そのままコロンと転がって、黒毛玉の横に並んだ。

 二匹の毛玉が尻尾をユラユラと動かし、丸くなっていた身体を伸ばす。


 それらは、ぱっと見、狐のようにも見える。

 だが、狐にしては身体も顔も丸っこいし、手足も短かった。


「狐……?」

「狐じゃないでごじゃる!」

「しゃ、喋った!?」


 零士の言葉に白い方が答える。

 喋り方はかなり独特だが、声は砂糖を煮詰めたような甘ったるい女の子のものだった。

 白い方が喋ったのだからもしやと、黒い方にも視線が集まる。すると、


「父上」

「ち、父上……?」


 黒い方がもそっと一言、零士をつぶらな瞳で見つめながら呟く。

 声の感じからして、こちらは男の子なのだろう。まだ幼い少年の可愛らしい声だった。


「ぬふふっ、他に誰がいるというのでごじゃるか?」

「……いや、なんで俺?」

「だって、パパはパパだもん。さあ、認知してパパ! あなたの娘と息子よ!」

「に、認知!?」

「あっそれ、にーんーち! にーんーち!」

「責任」


 おしゃべりな白い方が認知コールを囃し立て、無口な黒い方が身に覚えのない責任を取れと無言の圧力を送ってくる。

 華恋は今にも二匹を抱き寄せたいのを抑えてうずうずしているし、マックスは僕にはどうしようもないとばかりに肩を竦めて首を振った。

 そしておばあちゃんは零士の言葉次第で、すぐにでもお赤飯を炊きに行けるように身構えている。


「ええいやめんか! 認知とか責任とか滅多な事言うんじゃありません!」

「パパ、認知してくれないの……?」

「悲しい」

「うぐっ!?」


 ラブリーなもこもこマスコットたちが、つぶらな瞳を悲しそうにウルウルさせて零士を見つめる。

 捨てられた仔犬のような哀愁を漂わせる二匹を前に、零士の心が大きく揺らぐ。


「認知してくれたら、好きなだけモフっていいのに……」

「っ!?」

「触り放題」

「っっ‼‼」


 白と黒、二本の尻尾がユラユラと誘惑するように揺れる。

 艶々の毛並みは実に柔らかそうで、あれを思う存分モフモフできたら、きっと凄く気持ちいいだろうなと、その場に居合わせた全員が確信した。

 そんな素敵なモフモフが、今ならなんと「認知する」と一言頷くだけで触り放題と言うではないか。

 まさに悪魔の誘惑だった。


「く……っ!? いや、確かに二人で育てようとは言ったけどさ……。っていうか、子供っていうより明らかにペットだろお前ら!?」


 うるうる。きゅーん? と、あざとく首を傾げて零士を見つめる毛玉たち。


「……私っ、もう我慢できないっ! ほら、おいでーママだよぉ」

「わぁい! ママだーいすき!」

「母上!」


 二匹の毛玉が華恋の胸に飛び込んでもふもふもふもふっ! と、じゃれつく。

 魅惑のモフモフの前にあっという間に理性が溶けきった華恋は、目尻と口元をだらしなく緩めて、思う存分()()()()の毛並みを撫でまわす。

 デロンデロンに溶けきった彼女の幸せそうな顔を見て、零士の手がモフモフを求めて震えだす。

 しかし、こっそり伸ばされた彼の手は、するりと躱されてしまった。


「認知してくれないパパには触らせてあげないもーん!」

「同意」

「う、ぐ、ぐ……っ!?」

「もう認めちゃったら? 別にいいじゃん。狐が子供でも。家族の在り方って自由だと思うよ」

「確かに、動物を自分の子供のように可愛がる人って結構いるわよねぇ。私の知り合いにもそういう人いるわよ?」


 他人事だと思って適当な事をほざくマックスと、もふもふに興味津々なおばあちゃんが零士を諭すように肩に手を置く。


「……パ」

「「パ?」」

「……俺が……パパ、です」

「パパー!」

「父上!」


 もふもふもふもふっ!

 二匹の毛玉が零士目掛けて飛び込んでくる。

 ふわふわの毛並みに埋もれた零士もまた、あっという間に理性を溶かされてしまい、この上なく緩みきった顔で極上のモフモフ天国に溺れていった……。



 ◇ ◇ ◇



「……で? お前ら結局何なんだ?」

「さぁ?」

「いや、さぁって……」


 数十分後。ようやくまともな思考を取り戻した零士が、膝の上で丸くなっている黒い方を撫でながら訊ねると、華恋の膝の上で撫でられている白い方がこてんと首を傾げた。


「じゃあやっぱりモンスターなのかな?」

「むっ! あんな混沌神の鼻くそみたいな奴らと一緒にされたくないでごじゃる! 拙者たちはもっとしっかりとした高位の存在でごじゃる!」

「独立分離体」


 マックスの言葉にぷんすこ! と毛並みを逆立てて怒る白いのと、何やら重要そうなワードをボソッと呟く黒いの。


「お、おう……? なんだかよく分かんないけど、とりあえずモンスターではないんだな?」

「だからそう言ってるでごじゃる! どちらかと言えば、御遣い? ……いや、むしろ神様の幼体? みたいな?」


 尻尾を『?』の形にして首を傾げる白いの。

 どうやら自分でも自分たちの事がよく分かっていないらしい。


「それより、早く名前を付けてほしいでごじゃるよ。いつまでも『お前ら』じゃ分かり辛いでごじゃる」

「命名希望」

「さあさあ、早く拙者たちに可愛くてカッコいい名前を付けるでごじゃる!」

「注文多いな……」


 さてどうしたものかと零士と華恋が頭を悩ませていると、黒い方の尻尾を触っていたマックスが何か閃いたように「あ」と声を上げた。


「じゃあ『ダイナソー』と『プレデター』なんてどうかな!?」

「何がじゃあなのでごじゃるか!? 真面目に考えろぶっ飛ばすぞヒューマン!」

「論外」

「えー? カッコいいのに……」


 二匹から威嚇されて割と本気で落ち込むマックス。

 どうやら彼の名付けの感性はかなり独特なようだ。

 と、今度は白い方の背中を撫でていたおばあちゃんが「それなら」と言った。


「『おはぎ』と『しらたま』なんてどうかしら? どっちも可愛いあなたたちにピッタリだと思うのだけど」

「う、うーん。悪くはないけど……」

「おいしそう」

「あら、気に入らなかった?」


 『ダイナソー』と『プレデター』よりは随分とマシだが、どうにもペットっぽい名前に難色を示す二匹。

 名前を考えながらの無言のもふもふタイムが続く。

 やがて、ふとした表情で零士と華恋が思いついたアイデアを同時に口に出した。


「『朔夜(さくや)』なんてどうだ?」「『日向(ひなた)』なんてどうかな?」

「「っ!」」


 黒い方が朔夜。白い方が日向。

 闇と光、白と黒を連想させるそれぞれの名前を聞き、二匹の耳がぴくっと反応する。どうやら気に入ったらしい。

 すると変化は突然現れた。


「うおっ! な、なんだ!?」

「ま、眩し……っ!?」


 二匹がそれぞれの名前を受け入れると、朔夜は塗りつぶしたような黒に染まり、形をざわざわと変えて零士の影の中へ、

 日向は太陽のように白く輝くと、そのままググっと小さな球体になって華恋の胸元へと吸い込まれていった。


「「き、消えた!?」」


 その場にいた全員が驚きに顔を見合わせる。


「消えてないでごじゃるよ!」

「ここ」


 すると、華恋の胸元から光が飛び出してきて元の白もふマスコットに戻り、同時に零士の影から黒いモノがゾワッと這い出てきて、それが固まって元の黒もふマスコットに戻った。


「にゅふふ! びっくりした? 名前を貰って存在がしっかりと定まったおかげで、色々とできるようになったでごじゃる!」

「契約完了」

「「け、契約?」」

「そう! 朔夜はパパと、日向はママと! それぞれ名付けの儀を経て、ふかーい所で繋がったのでごじゃる! これでもう拙者たちは一蓮托生! 死ぬまでずーっと一緒でごじゃる!」


 言われてみれば確かに、零士と華恋の物理的には存在しない『深い部分』には、朔夜と日向へ繋がる見えないパイプのようなものがあるのが分かった。

 そのパイプの中をそれぞれの気と魔力が循環しており、自分たちは今、お互いに『二つで一つ』の状態なのだと二人は直感的に理解した。

 恐らくこの状態が、日向たちの言う『契約した』という事なのだろう。


「……それってつまり、君たちが『ダイナソー』と『プレデター』を気に入ってたら、僕と契約してたって事?」

「いや、それだけは天地がひっくり返ってもないから。でも、まあ、理屈的にはそういう事でごじゃるな。ぜーったいに、ありえないけど!」

「ありえない」

「そ、そこまで否定しなくても……」


 本人的には割と名案だと思っている名前を再び全面否定されてしょんぼりと肩を落とすマックス。どんまい。


「それで、色々できるようになったって言ってたけど、具体的に何ができるようになったんだ?」


 零士が二匹に訊ねる。


「にゅふふ! よくぞ聞いてくれました! それでは早速お見せしましょう! あ、そーれ! へーんしん!」

「変身」


 ドロンッ!


 二匹の身体が煙幕に包まれて見えなくなる。

 煙が晴れると、そこにいたのは――――――――

混沌神「ようやく生まれたねぇ! ワシの可愛い子供たちよ!」


日向「お前、なんか臭いからキライでごじゃる!」


朔夜「ペッ!」


混沌神「あらやだ、反抗期かしら(震え声)」


作者「いや、単純に嫌われてるだけだろ」


混沌神(´;ω;`)

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