不完全感覚ロックンロール 2
相談の結果、零士たちは文化祭までの間、放課後は毎日軽音部の練習に参加することになった。
華恋は料理部の活動があったが、クラスメイトで同じく料理部の相沢に事情を説明し、しばらく料理部の方は休むことにした。
本当は土日も練習すべきなのだろうが、やはり大目標のレベル上げと鍵探しも重要なので、土日は今まで通りダンジョン攻略に当てることにした。
なので零士は土日は忙しいとだけ説明し、健吾も「元々こっちが頼んだ無茶だから」とこれを了承した。
練習はその日の内から始める事になった。
楽器については部室に一通り揃っているとの事なので、それを使わせてもらう事にした。
校舎南、部室棟の三階の奥に軽音部の部室はあった。
部室のドアを開けると、すでに先に来ていた奈々が軽くボイストレーニングをしている所だった。
「あ、来た来た! どうだったトミー!?」
先に部室に入った健吾を奈々が食い気味に出迎える。
ちなみにトミーとは健吾のあだ名だ。富田だからトミー。
夏の間染めていた髪は学校が始まるのに合わせて元に戻したのか、今はすっかり黒くなっていた。
「ばっちりっす! メンバー候補連れてきたっすよ!」
「マジで!? でかしたぞトミー!」
トミーに続くように零士たちが顔を出すと、奈々は「おお!」と驚きの声を上げる。
待望のメンバー候補が揃いも揃ってそんじょそこらじゃ見かけないレベルの美男美女ばかりとくれば無理もなかった。
「いやーよく来てくれたね! あ、私、磐音奈々ね! ヨロシク!」
奈々が陽気な笑顔で一人一人と握手を交わし、零士、美香、華恋の順番でそれぞれ簡単な自己紹介を済ませる。
挨拶もそこそこに、それぞれの楽器の今の腕前を見る事になった。
と、いうわけで、まずはドラムの零士から。
「んーと、レイは『タイ達』は鬼ウマだけど、ドラムは初めてだって言ってたね?」
「はい。……で、その『レイ』って自分の事ですか?」
「うん。零士だからレイ。それっぽいでしょ?」
何がそれっぽいのかはよく分からなかったが、とりあえず曖昧に「はぁ」と頷いておく零士。
「じゃあ決まり! それで、8ビート……って言っても分かんないよね。うーん、それなら基本からかな……」
と、奈々が自分のスマホ取り出すと、お気に入りチャンネルからドラム初心者講座の動画をピックアップして再生する。
「ドラムの基本はこの動画のお兄さんが分かりやすく丁寧に解説してるから、よく見て参考にしながら叩いてみて」
「分かりました」
楽譜台に置かれたスマホを眺めながら、零士はゆっくりハイハットをタンタンと叩き始めた。
「よし、じゃあ次、カレン行ってみようか!」
「は、はい!」
部室の隅に寝かされていたケースからベースギターを出した奈々が、華恋にアンプの繋ぎ方やチューニングのやり方を一つ一つ丁寧に教えていく。
初めて触れるベースギターに最初はおっかなびっくりだった華恋だが、芸事全般が達者になるという花魁スキルのお陰で耳も良くなっているのか、すぐに要領を飲み込んで、あっという間にチューナー無しで正確なチューニングができるようになってしまった。
「すご……音ピッタリじゃん。もしかして絶対音感持ってる?」
「いえ、多分スキルのお陰かと……」
「へぇー。いいなー、私も一個くらいスキル欲しいなー」
奈々が猫のようにゴロゴロと華恋にじゃれつく。
かと思えばすぐに「そんな事より」と、急に真面目な顔に戻って、コードの押さえ方や、指弾き、ピック弾きのコツを再び丁寧に教えていく。
「先輩すごく詳しいですけど、昔ベースやってたんですか?」
「まーね。メジャーな楽器は大体習ってたからさ。……まあ、1年の時に事故っちゃって、左手あんま動かなくなっちゃったから、今はできないんだけどね。ここにある楽器も元は全部私のなんだ。使われないまま放置されるより、誰かに使ってもらった方が楽器だって喜ぶかなって」
「そうだったんですか……」
「あ! でも、私には歌があるから、全然辛くないからね!? むしろこっちの方が才能あったっぽいし!」
自分の過去を聞いて落ち込んでしまった華恋を逆に奈々が励ます。
むしろ私の分もしっかり弾いてやってくれると嬉しいと奈々が言うと、いつまでも落ち込んでいてはむしろ失礼だと思い直した華恋が「わかりました」と頷いた。
それから一通りの基礎を習った華恋は、「これの真似して練習して」と早速文化祭で披露する曲のベースラインだけが録音されたCDとヘッドホンを渡される。
聞けば、音楽編集ソフトを使って奈々が自作したものらしい。
部室の棚に置いてあったプレイヤーで曲を再生し、華恋は一人で黙々と練習を始めた。
「んじゃ最後、ミカね! ……とりあえず弾ける曲弾いてみて?」
「はーい」
美香がキーボードの電元を入れて、昔を思い出しながら曲を弾き始める。
その指運びには澱みは無く、リズム感もしっかりしており、安心して聞いていられる上手さだった。
……が、曲のチョイスが「猫ふんじゃった」である辺りが、彼女の音楽歴が小学校低学年でストップしている事を如実に物語っていた。
チャンチャン♪ と、曲を弾き終わり、久々の演奏に満足気な表情を浮かべる美香。
「久々だったけど案外覚えてるもんだね」
「うんうん。フツーに上手いじゃん。じゃあ、楽譜渡すから練習よろー」
「はーい」
美香が受け取った楽譜を見る。どうやら文化祭で披露する曲はかなりアップテンポな激しい曲のようだ。
手始めに、音を確認するようにゆっくりと弾き始める。
聞いた事の無い曲だったが、心の底から熱くなれるようなメロディーだ。
「凄くいい曲ですねコレ! もしかして先輩が作曲したんですか?」
どうにか最後までミス無く曲を弾き終えた美香が奈々に尋ねる。
「そだよー。こう、熱く漲る情熱! みたいなのを、わーっと表現してみた」
「おお! 先輩カッコイイ!」
「へへへっ、褒めてもなんも出ないぞ~」
自分の曲を褒められて嬉しいのか、顔をへにゃっと緩めて笑う奈々。それにしてもコロコロと表情の変わる少女である。
そんな奈々に部室の片隅でたらこたっぷりなアレンジ曲を奏でながら熱い視線を送るトミー。
彼は夏休みのあの日以来、奈々が何をしてもずっとこんな感じだった。彼の信仰心は篤い。
それから1時間ほど、それぞれ基本をなぞるように練習した。
すると、元々素質があったのか、零士はあっという間に8ビートを叩けるようになり、さらにフィルインまでもできるようになってしまった。
「……普通はバスとスネア入れると、途端にわけ分かんなくなって混乱するもんなんだけどなぁ」
「周りに気を配りながら戦うよりは全然楽ですよ」
「はぇ~、なんか生きてる世界が違うって感じ」
普段から流動的に変化する敵と味方の位置を常に把握しつつ、自らも両手に武器を持って戦っている零士にとって、これくらいわけなかった。
さらに零士の場合、状況によってはそこにさらに魔操円月輪の操作も加わるため、同時に複数の物事を熟せるのは当たり前になっていた。
そこにゲームセンターで鍛えたリズム感が合わさった事で、彼はこの短時間で、天才ドラマーとしての素質を開花させたのである。
「ま、なんにしても才能があるのは良い事だ! それじゃ楽譜渡すから練習してねー。言っとくけど本番の曲は16ビートだから初心者にはかなり難しいぞー?」
「が、頑張ります」
零士が楽譜を受け取り、動画を参考にしながら16ビートの練習を始める。
すると、そんな零士の背中に追いつくように、華恋もまたベーシストとしての素質を開花させようとしていた。
「おお!? 今のすごい良かったよ! 運指も滑らかだし、音の粒もしっかりしてた! なんだよ~、お前ら天才かよぉ」
「えへへ。先輩の教え方が丁寧だったからですよ」
華恋がはにかみながら謙遜するが、実際彼女の演奏はとても今日初めてベースに触れた素人のものとは思えないほどだった。
「ちょ!? 二人とも上達早すぎ! アタシだけ遅れてるみたいで焦るじゃん!」
「いやいや、ミカも普通に上手いから。この二人が変態なだけだってば」
「「へ、変態!?」」
突然の変態呼ばわりに驚く二人。
「いや、いい意味でだよ? 大丈夫! 本番までまだ1ヵ月あるから、それまでにしっかり弾けるようになればいいよ」
「はーい……。キーボードまだ家にあったかなぁ……」
友人たちの意外な才能を前にして、家でも練習しようと密かに決意する美香。
トミーのギターも何故かドヴォルザークの『新世界より』第四楽章を奏でて、そんな彼女の決意を後押しする。
「こらトミー! さっきから関係ない曲ばっか弾いてんな! 練習しろ練習!」
「サーセンッ!」
ジャン! とギターを鳴らして謝るトミー。
だが、その顔は怒られたというのになんだか嬉しそうだった。彼はもう駄目かもしれない。
その日は時間の許す限り練習し、特に零士と華恋の上達が素晴らしかったため、最後に一回だけお試しでセッションしてみる事になった。
「じゃあ、やる前に注意点ね。レイは兎に角基本のリズムに忠実にいこう。フィルは入れられるようなら入れてもいいけど、無理そうならやめといた方が賢明だね」
「うす」
「カレンは周りの音に流されない事。バンドはベースが命って言っても過言じゃないから、むしろ自分が引っ張ってやるんだくらいの意気込みで行こう!」
「は、はい!」
「ミカは兎に角楽譜通りを心がけて。多少間違えてもトミーがフォローしてくれるから、気負わなくても大丈夫だよ」
「はーい」
「で、トミーは三人をしっかりフォローしてあげて」
ギュイーン! とギターを鳴らしてトミーが返事を返す。
「OK! そんじゃ、このメンバーでの初めてのセッション、いってみようか!」
零士がスティックでリズムを取って曲の前奏が始まる。
やはりトミーのギターだけ飛び抜けて上手い。神懸かり的な演奏技術で他のメンバーの拙い部分をカバーし、魔法のギターの効果でメンバーたち全員のポテンシャルが引き上げられていく。
トミーのギターで調子を上げた三人は、今日一番の演奏を披露する。
31秒の長い前奏が終わり、いよいよAメロへ。
出だしからパワー全開。楽器の音にも負けないパワフルな歌声がソウルフルに歌詞を紡ぐ。
そのまま曲はどんどん激しさを増し、Bメロ、そしてサビへ。
途中、やはり何度か細かいミスはあったものの、ダンジョンで鍛えられた精神力でミスにも動じず、それぞれの役割を初心者なりにしっかりとこなし、全体的な完成度はとてもメンバーの半分以上が初心者とは思えない出来となった。
「はい、皆お疲れー。トミーは相変わらず変態だったね。120点!」
「うっす!」
「レイたちもちょいちょいミスはあったけど、ミスに動じなかったのは流石だね。演奏中にメキメキ成長してたのが歌ってて分かったよ! ほんと、大型新人現るって感じ! すげーよお前ら!」
奈々の言葉に三人がやりきった顔で頷く。
まだまだ完璧には程遠いが、それでも得たものは多く、結果的に見れば大成功だったと言える。
「きっとみんな、今のセッションで何かしら掴んでくれたと思う。次からは今の反省を踏まえて練習していこう!」
「「「はい!」」」
バンドの世界に足を踏み入れた才能あふれるルーキーたちを祝福するように、トミーのギターが讃美歌を奏でて、この日はお開きとなった。
奈々パイセンはこの物語の中では珍しく天然物(って言い方も変だけど)の美人さん。音楽の神様にとことん愛された天才。
そして、事故にもめげずに自分の才能と向き合い続けた努力家でもある。
実は世界線が変わった事で、彼女の運命も大きく変わっているが、主人公たちはそれを観測できないので本編で語られることは無い。




