不完全感覚ロックンロール
お ま た せ !
予定より二日早いけど再開だぁ!
※プロローグだから長いよ。
未だ残暑がズルズルと尾を引く9月。長いようであっという間だった嵐のような夏休みは終わり、学校は今日から二学期に入った。
始業式のこの日、零士はいつも通り駅で華恋たちと待ち合わせして学校に向かう。
約一ヵ月ぶりに再会したマックスは、ツルツルだった頭にうっすらと毛が生えてきて、すっかり金のたわし頭になっていた。
学校へ向かう電車の中で例のビルジャック事件のあらましを聞いたが、やはりアクション映画さながらの体験をしたらしかった。
「―――――で、トイレでさせてくれなきゃここで漏らすぞ! ってマジな顔で言ってやったんだ。そしたら監視付きでトイレに連れていかれてね。それで偶々入った個室の便器がダンジョンになってたってわけさ」
便器に流されるブツの気分を味わったよと、マックスが肩を竦めつつ、あれにはまいったと鼻で笑う。
「そりゃ災難だったな。……で、そこで手に入れたドーピングアイテムであんな風になっちまったと」
「そうそう。ぐいっと一本、ファイト一発! ってね。……それから僕が僕じゃなくなったんだ。多分、マクレーン刑事の霊にでも取り憑かれてたんじゃないかな」
「バカお前、不死身の男が死ぬわけないだろ」
「それもそうか!」
「「HAHAHAHA!」」
と、小粋なハリウッドジョークでマックスの夏休みにオチが付いた所で、丁度零士たちは教室の前に着いた。
開きっぱなしだった後ろの入り口から2年3組の教室へと入ると、この夏でさらに美貌に磨きが掛かった零士たちと、大事件を生還したマックスに視線が一気に集まる。
「あ、噂をすれば。三人ともおはよー!」
すると一足先に学校に来ていた美香が零士たちに手を振った。
どうやら友達たちに夏休みの事件について話していたらしい。
魔法のオイルで黒くなっていた肌も、華恋と同じくすっかり元通りになっている。
「おっす。マックスから大体の事情は聴いたけど、お前も大変だったみたいだな」
「ほんと、ちょーヤバかったんだからね! 爆発、爆発、また爆発! って感じでさ! アクション映画かっての!」
どかーん! と美香は両手を広げて自分が見た爆発の規模を表現する。
そして、それを笑って話せるという事そのものが、彼女が心身共に無事であるという何よりの証拠だった。
「それより、レンちゃんさ。なーんて言うか……ちょっとエロくなった?」
「え、エロ!?」
「いや、ごめんね? でも、なんかこう、全体的にセクシーっていうか……お色気ムンムン、みたいな?」
華恋の纏う微妙な雰囲気の変化に気付いた美香が、首を傾げながらその正体を探ろうとするが、その変化を表す言葉が思いつかないのか、眉を顰めてううむと唸る。
それは他のクラスメイトたちも感じていたらしく、特に男子たちがうんうんと激しく頷き、やれ「大人の色気」だの、「最早人妻のそれ」だのと好き勝手馬鹿な事をほざいて、華恋を余計に赤面させる。
「ああ、それな。夏休み中にちょっと新スキル習得したんだよ。『花魁』ってスキルなんだけどな」
見かねた零士が真相を打ち明けると、美香は「へぇー」と興味を持ったような声を上げ、早速スキルの効果をスマホで検索して「ああ、なるほどね」と納得したように頷いた。
「女性的な色気、ねぇ……。どうりで色っぽいわけだよ」
「そ、そうかな。自分では全然分かんないんだけど……」
そう言って少し恥ずかしそうにしなを作る仕草がすでに色っぽいのだが、スキルとして身体に染み付いてしまっているので無自覚な本人である。
当然、傾国の美少女がそんな事をすれば、男と言わず女子たちまでもが顔を赤らめて思わず見惚れてしまうわけで。
そうして再び周囲の注目に晒された華恋が頬を染め、またまたそれにドキッとして魅入ってしまうクラスメイトたち。
なんだかよく分からないスパイラルが発生して、教室中が謎の照れくささに包まれたその時、
「……何してんのお前ら?」
この夏、晴れて探索者になって、うっすらと筋肉が付いてほんのりイケメンになった富田が、何故か大きなギターケースを担いで教室に入ってきた。
◇ ◇ ◇
富田健吾はごく普通の男子高校生である。
生まれた家庭も平々凡々。元探索者の破天荒な祖父もいなければ、正義のヒーローみたいな現役探索者の兄もいない。
平凡なサラリーマンの父と、パートタイマーの母を持つ、ごくごく普通の一人っ子だ。
特筆すべき特技は無いが、とりわけ苦手な教科も無い。ただし体育だけは大の苦手。
マンガやアニメ、ゲームなどを浅く広く愛する、探せばどこにでもいるような没個性な少年。それが彼だった。
そんな普通な彼の悩みもまた、ありふれた普通の悩みだった。
――――――即ち、モテない。
顔が極端に悪いわけではない。だが、どうにもパッとしない薄顔で、人ごみに紛れてしまえば探すのが困難になる。
体形もインドア趣味のせいか、ガリガリの瘦せっぽちだった。
否、むしろ子供の頃から運動が苦手だったからこそ、インドア趣味になったというべきか。
そしてそれこそが彼の抱えるコンプレックスだった。彼はどれだけ食べても太れないのだ。
別に食が細いわけではない。むしろ彼は体格に見合わずよく食べるほうだ。痩せの大食いというやつである。
しかしそれでも太らない。否、太れない。
そのせいか、彼はどれだけ運動しても中々筋肉が付かなかった。
そんな自分を変えたくて、中学の頃、必死に毎日運動したが、それでも駄目だったので、これはもうそういう特殊な体質と言えた。
そこだけが彼の普通ではない個性的な特徴だったが、見た目がガリガリなせいで不良などから侮られる事も多く、本人としては全く嬉しくなかった。
筋肉量が足りないせいでスポーツでも思うように活躍できず、運動会ではいつもビリから二番目か三番目。
脂肪が無いから水にも浮かず、泳げず溺れるばかりだから、水泳の授業などこの世から消えてしまえと常に願っていた。
そんな彼が今度こそと決意したのは、今年の5月。林間学校の際に体験した事件と、同じ班になった加苅零士の子供の頃の体験談を聞いたからだ。
曰く、彼は小学生の頃、ぷよぷよのおデブちゃんで、運動も大の苦手だったらしい。
だが、彼はそんな自分が嫌で、自分を絶対に変えてやるんだと決意し、実際に行動に移した。そして、苦しいダイエットの果てに、とうとう普通の体形を手に入れた。
それまでとっつきにくいイケメン野郎としか思っていなかったクラスメイトは、話してみれば意外といい奴で、努力家だった。
正直、そんな彼の話を聞いて、健吾はずるいと思った。
努力して正当に報われるなんて、ずるい。羨ましい、と。
同い年のクラスメイトが報われたのに、自分だけ報われないのが堪らなく悔しかった。
だから彼は本気で自分を変えるために行動を開始した。
資格取得のため、夏休みに向けて毎日コツコツと勉強し、無駄と分かっていても、一日一時間、サボることなく筋トレに励んだ。食事の量も増やしたし、プロテインも飲み始めた。
家族の説得には難航したが、それでも自分を変えたいのだと強く訴え続けた結果、とうとう両親も納得してくれた。
そんな努力の甲斐もあってか、健吾は無事に探索者資格を取得し、すでにキツイとネットで評判になっていた2週間の講習もどうにか乗り越えられた。
そうして講習中にレベルも上がり、レベル5になった事で身体も人並み以上に動けるようになった健吾は、少し遠出して、最近出現したと噂の特殊ダンジョンに挑んでみることにした。
そこを選んだのに特に深い理由はなかった。
ただ、モンスターが一切出ず、謎解きの景品として経験値や宝が手に入るというのが、初心者の自分におあつらえ向きだと思ったに過ぎない。
そこでレアな武器やスキルでも手に入ればいいなぁくらいの、ほんのちょっとした運試し程度のつもりだった。
だが、彼の運命はそこで見つけたアイテムによって大きく変わる事になる。
健吾が宝箱から見つけたのは、一つのスキルキューブと、一本のエレキギター。
スキルはまるで誂えたかのように、神懸かり的なギターの演奏技術が身に着く『神ギタリスト』。
そしてギターは演奏によって味方や敵に様々な状態変化を与える魔法のギターだった。
その日、ダンジョンから生還した彼は、降って湧いたように唐突に、天才ギタリストとしての道が開けたのである。
そしてその帰り道、彼はまるで運命に導かれるように、彼女と出会った。
駅前のロータリーに人だかりが出来ているのに気付いた健吾が、興味本位で近づいてみると、どこか聞き覚えのある声がした。
よくよく耳を澄ませば、誰かがアカペラで路上ライブをやっているらしい。
パワフルな歌声に惹かれるように人垣をかき分けて進むと、雲の切れ間から射す夕日を浴びながら歌う彼女の姿が見えた。
歌声をそのまま体現したかのような、凛々しくも美しい少女だった。
夕日よりも尚赤く染められた長髪を揺らしながら楽しそうに歌う少女の姿に彼は見惚れた。
そして、彼女の歌を聴き、気付けば彼は涙を流していた。
聞いた事の無い曲。熱く、魂に訴えかけてくるような歌詞だった。
周囲を見れば、その場に集まった人々も皆、彼と同じように涙を流し、同時にその歌に勇気を与えられているのに気付く。
自分とそう大して年齢も違わないだろうに、そんな風に人々に感動と勇気を与えられるなんて、彼女はなんと凄いのだろうと、健吾は彼女の事を心の底から尊敬し、強い憧れを抱いた。
居ても経ってもいられなくなった彼は、気付いた時にはもう彼女の歌に合わせるように、持っていたギターで伴奏していた。
アンプいらずの魔法のエレキギターが嘶き、少女の歌に花を添える。
いつしかロータリーには黒山の人だかりが出来ており、周囲はカルト的な熱狂に包まれていた。
唐突に始まったゲリラライブは、やがて騒ぎを聞きつけた警官が駆け付けるまで続き、逃げるようにお開きになった。
思わず彼女の手を引いて逃げてしまった健吾は、逃げた先の公園で、彼女の名前を知ることになる。
長い髪を緋色に染めた少女の名は、磐音奈々。
聞けばなんと、彼女は健吾の高校の先輩で3年生だと言うではないか。
どこかで聞いた声だと思えば、それも当然。彼女は軽音楽部でヴォーカルを務めており、去年の文化祭で彼女の歌を聞いたからだった。
「君! 軽音部入んなよ! って言うか入ってくださいお願いします!」
と、突然ふらっと現れて自分の歌に伴奏を付けた謎の後輩に、奈々が頭を下げたのには理由があった。
それというのも、実は夏休み前に軽音部は、楽器担当のメンバーたちが『音楽性の違い』などという言い訳じみた理由で――――本当は奈々目当てで入部したものの、一向に靡く気配が無いので彼女の気を引くため――――突然退部してしまい、現在軽音部のメンバーは奈々一人だけという状況だったからである。
高校最後の文化祭に並々ならぬ思いがある奈々にとって、メンバー不足で文化祭の舞台に立てないなどという不完全燃焼は絶対に嫌だった。
当然、なんだかよく分からない理由で突然辞めてしまうような連中の事など、まるで眼中に無かったのは言うまでもない。
美人の先輩からこんな風にお願いされる事など今まで一度として無かった健吾は、『こういう展開を待ってたんだよ!』と、内心大喜びしながら、二つ返事でOKを出した。
そして、その日から彼らのメンバー探しと、練習の日々が始まったのだった―――――――!
◇ ◇ ◇
「――――――って訳なんだが、誰か楽器できそうな奴しらねぇ?」
「随分と長い回想だったね」
「いや、回想言うなし」
長々と先輩の素晴らしさを語っていた健吾の話がようやく終わり、マックスが疲れたような顔で息を吐く。
始業式が終わり、今日は半日だしこれからダンジョンにでも挑もうかと零士たちが相談していた所に、健吾から声が掛かった。
話を聞くに、どうやら軽音部のメンバー集めに難航しているらしく、イケメンだから顔も広いだろという謎の偏見から零士に相談……もとい、先輩の素晴らしさを布教しに来たようだ。
「本当にちょろっと齧った程度の奴でもいいんだ! 元のメンバーもそれほど上手くなかったらしいしさ。最悪やる気さえあれば素人でも構わないから!」
両手を合わせて必死に頭を下げる健吾。
するとここで意外な人物が名乗りを上げた。
「アタシ、キーボードなら一応できるよ。小3までだけど音楽教室通ってたし」
と、軽い調子で手を挙げる美香。
「マジで!? 頼む‼ 文化祭終わるまででいいから協力してください‼」
「いいよー。だって面白そうじゃん!」
「ありがてぇ……! ありがてぇ……! これで後はベースとドラムさえ埋まれば一応バンドの形にはなる!」
「力になれるかは分からんが、一応、太鼓のタツジンなら得意だぞ」
本当に齧っていた程度の美香が手を挙げた事で、心のハードルが下がったのか、零士も遠慮がちに手を挙げる。
世界滅亡まで残り4ヵ月を切ったが、鍵の在処が分からない以上は焦った所で仕方ない。
「お、おう。ちなみに腕前は?」
「アーケード版の『鬼』全曲フルコンボ」
「よし採用! ってかすげぇなお前!?」
「証拠映像あるぞ?」
零士が全曲完全制覇した際に撮影した動画を健吾に見せる。
最高難易度の曲の上に、金の王冠がズラリと並ぶ異様な光景に健吾が「すげー」と間抜けな声を上げた。
「私も、頑張ればベースできる……と、思う。花魁スキルって、芸事全般が達者になるらしいし、三味線が弾けるならやりようはあるんじゃないかなぁって」
「おお!」
「あ! でも、無理だったらごめんね!? 頑張ってはみるけど」
零士が参加するならと、華恋が勇気を出して手を挙げる。
たしかにどちらも撥弦楽器ではあるが、そもそも華恋はスキルを持っているだけで三味線には一度も触れた事が無いため、役に立てるかどうかは不明だった。
しかしそれでも、一応バンドの形だけでも整った事で、健吾の目に希望の光が宿る。
「……え? 僕? 口笛なら自信あるよ。~♪」
「うぉ!? めっちゃ上手い!? ……けど、口笛じゃあなぁ」
「うん、まあ知ってた」
その場で見事な口笛を披露するマックス。
確かに上手い。……が、その特技がバンドで生かされる事はなさそうだった。
主人公になれなかった『ごく普通の高校生』それが富田くん。
『ごく普通の高校生』が特殊体質持ちなのは当たり前だよな?(ラノベ脳




