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閑話 ひぐらしのなくあの夏に下から見た打ち上げ花火

 遠くの空に浮かぶ入道雲が黄昏の光に照らされ茜色に染まっている。

 山からの涼し気な風に乗り、ひぐらしの声と、祭囃子の音色が聞こえてきた。


 巨大怪獣が残した爪痕も、天高く聳え立つ巨大樹と建設中の高速道路を残すのみとなった、8月下旬。

 上田市内の各地区では、今年も例年通り夏祭りが開催される事になった。

 普通なら死者を出した災害の後という事で、自粛ムードが漂いそうなものだが、今年に限ってはそうはならなかった。


 というのも、折悪くハザードの発生と日程が重なり、中止となってしまった信州上田花火大会で打ち上げられる予定だった1万発分の花火を、1発でもいいからどうにか打ち上げては貰えないかと、今回のハザードで犠牲となった花火師の遺族から大会を運営する商工会へ嘆願があったのだ。


 商工会側も、花火大会が中止になった損失分は保険が下りるとはいえ、やはり折角用意した花火を全て捨ててしまうのは勿体ないと感じていた。

 そこで、市内の各地区を巻き込んで、被災者の慰霊祭という名目でそれぞれの地区で夏祭りを行ってもらい、処分予定の花火を格安で譲ることでどうにか花火を打ち上げられないかと考えた。


 そうして八方手を尽くした結果、市内の七つの地区が夏祭りの開催を決め、それぞれの地区に1428発分の花火がタダ同然の値段で提供される。

 花火は湿気を吸ってしまうため、本来は長持ちしないものだが、そこは商工会側が市の迷宮対策課に掛け合い、乾燥の魔法を使える探索者を紹介してもらう事で解決した。

 上田市の各地で数日間に亘り行われる一連の花火大会は、花火師のエピソードと共に各メディアでも取り上げられ、上田大慰霊祭と銘打たれることになった。


 祭りに関する諸々の準備等は商工会が請け負う事になり、動画投稿サイトなども利用して、急遽行われる事になった慰霊祭は世界に向けて大きく宣伝された。



 そんな訳で、八月下旬のこの日、加苅本家と分家があるこの地区でも、近所の神社で夏祭りが行われる事になったのだった。

 神社へと続く道沿いには赤い提灯が灯され、浴衣を着た人々や、花火の噂を聞きつけた見物人などが歩いている。


 今は亡き花火師の父の最後の作品を大勢の人に見てもらいたいという遺族の思いは海外メディアでも取り上げられ、そのせいか高速道路が破壊されてアクセスが悪くなっているにも関わらず、外国人観光客の姿もチラホラと見える。


 そんな人混みの中にあっても、尚存在感を放つ一人の若者がいた。

 身長は180センチを優に超えている。顔立ちは思わず見蕩れるほど凛々しく、飾らないさっぱりとした黒髪が、涼やかな美貌によく似合っていた。


 誰か人を待っているのだろうか。電柱の横でただ腕を組んで待っているだけの立ち姿が妙に様になっている。

 彼の前を通り過ぎる通行人たちもそんな彼の美貌に視線を釘付けにされており、時折彼が周囲を伺う度に、視線が合った若い女性から黄色い悲鳴が上がる。


「あ、あの! もしかしてお一人ですか!? もしよかったら……」

「ごめんなさい。今、彼女と待ち合わせ中なんです」

「そ、そうですか……すいません」


 がっくりと肩を落として去っていく見知らぬ女性の背中を見送りながら、零士は「またか」と、深い溜息を吐いた。

 これで知らない女性から声を掛けられるのも今日だけで三度目だ。

 モテない悲しみは痛いほどよく知っているが、モテすぎるのもそれはそれで面倒くさいというのは事実だったのだなぁと、いつかどこかで聞いたモテ男の悩みに初めて共感を覚えた。

 それにしたって贅沢な悩みである。


 今回の騒動で大量のエイリアンと、ボスの甲虫人間を倒した事により、零士はとうとうレベル41にまで到達していた。

 普通の探索者が10年かけてようやく到達できるかという領域に、たったの8ヵ月で至れたのは、行く先々でダンジョン絡みの事件に巻き込まれる特異点としての体質(ゆえ)か。


 折角の夏祭りなのだからと、色々あって母親よりも若くなってしまった祖母に半ば無理やり浴衣を着せられて、女子の支度には時間が掛かるからと家を追い出されてからすでに30分近く。待ち人、いまだ来たらず。

 どこからともなく漂ってくる焼きそばのソースの匂いに、腹の虫がぐぅと鳴る。


 ちなみに兄の和人は「のんびりするのに飽きた!」と、畑が元通りになるとすぐに、思い立ったようにアフリカへと旅立っていった。

 きっと今頃、世界のどこかでまたぞろ正義のヒーローでもしているに違いない。


 そんな世界中の人々にジャパニーズサムラーイの間違った認識を植え付けている兄に思いを馳せて零士が苦笑いした、その時。

 人垣の向こうが俄に騒がしくなり、人垣がモーゼの奇跡の如くさっと割れて、一本の道ができた。

 その道の中心を、静々と一人の少女が歩いてくる。


 息を呑むほど美しい少女だ。背中にかかるくらいの黒髪を頭の後ろで結い上げており、空色の浴衣を見事に着こなしていた。

 襟首から覗く白いうなじが匂い立つほどの色気を放ち、所作の一つ一つも実に艶っぽく、とても十代の少女のそれとは思えぬほどである。

 凄絶なまでの色香に惹き寄せられた周囲の視線に、少女の透き通るような肌が薄紅色に染まった。

 その少し後ろを、気の強そうな美女と、筋骨隆々の美丈夫が少女を守るように歩いてくる。


「お、お待たせしました……」


 華恋が頬を染め、照れたように軽く俯きながら零士に声を掛ける。

 彼女もまた、今回の騒動でレベル40にまで成長しており、所作の一つ一つから滲み出る『花魁』の色気もあって、すでにその美貌は世が世なら国を傾けるほどのものになっていた。

 祖母の手により大変身を遂げた華恋を前にして、零士は顔を真っ赤にのぼせ上がらせ、その美貌に見惚れるあまり言葉を失った。


「がっはっは! コイツ、照れて固まってやんの!」

「ま、無理もないね。女の私ですら年甲斐もなくドキッとしたんだから、()()()()()零士なら猶更だろうさ」


 浴衣の帯を浪人結びにした龍之介が、言葉を失ったまま固まる孫の脇を肘で小突き、藤色の浴衣を着た董子が自信ありげに鼻から息を吐く。


「どう、かな……?」


 袖を軽く持ち、上目遣いで浴衣の感想を求める華恋。


「…………す、凄く、その……綺麗、です……っ」


 零士が乾ききった喉を固い唾でどうにか湿らせて、拙い褒め言葉を絞り出す。

 だが、華恋にはそれだけで十分だった。


「あ、ありがと……」


 彼の正直な言葉に、顔がカッと熱くなる。

 それを誤魔化すように浴衣の袖で顔を隠しつつ、零士からさっと視線を逸らす華恋。

 そんな孫たちの初々しい様子を見た目詐欺のジジババがニヤニヤと見守り、まるで恋愛映画のワンシーンのような光景に、通行人たちが遠巻きに何かの撮影かと騒ぎだす。


「い、行こうか! さっきから美味そうな匂いで腹減っちゃって」

「う、うん!」


 毎日のように会っているはずなのに、いつもと違う雰囲気のせいか、お互い緊張してしまい、どこか会話もぎこちない。

 だが、そんなぎこちなさも、神社に近づくほど増えていく人混みの中に紛れていった。

 はぐれないようにと差し出された零士のゴツゴツとした手を、華恋の白く細い手が握る。


 耳の奥で早鐘を打つ心臓の鼓動が周囲の喧騒を遠ざけ、人混みの中に二人だけの世界が生まれた。

 色鮮やかな屋台がズラリと並ぶ境内を、人ごみに流されながらゆっくりと回る。


 屋台を一通り楽しみ腹もくちくなる頃には、空もすっかり暗くなっており、いよいよ花火の打ち上げ時間が迫る。

 人々がそれぞれ空がよく見える場所を探して移動する中で、零士たちは一度家まで戻って、屋根の上から花火を見る事にした。


 零士が華恋を抱えて屋根の上まで一気に跳ぶと、丁度一発目の花火が夜空に咲いた。

 続けて二発、三発と、大輪の花が次々と咲き誇る。


「やっぱここからだとよく見えるな」

「だね」


 二人で屋根の上に立ち、咲いては消えていく花火を見上げる。


「……もう夏も終わりだね」

「……だな。ほんと、今年の夏は色々あり過ぎたよ」

「あはは……。ほんとにね」


 夜空に消える花火に夏の終わりを感じた二人が、今年の夏を振り返る。

 まさに嵐のような夏休みだった。

 遠く地球の裏側の島で世界の終わりを予言され、唐突に現れた移動型ダンジョンの中で死んだと思っていた祖父に出会い、自分が抱いていた彼女への気持ちにようやく気付くことができた。


 かと思えば、今度は祖母が倒れたと聞いて慌てて日本まで帰って来てみれば、それはただの勘違いで、祖父と彼女を連れて長野に来たらここでもまた大騒ぎ。

 それもこれも、世界の特異点としての宿命か。


「……あと、4ヵ月か」


 零士がポツリと呟いた。

 このまま行けば、あと4ヵ月で世界は終わる。

 残る鍵はあと2本。彼女のダイエットにまさか世界の命運がかかっていただなどと、誰が予想できただろう。


「鍵……揃うかな」


 どこか不安を滲ませて、華恋が呟く。

 自分たちの肩に世界の明日がかかっているのだ。不安にならないはずが無かった。


「……大丈夫、揃うさ。俺たちは今まで通りにやればいい」


 それは零士も同じ。だが、それでも自分に言い聞かせるように、彼はあえて堂々と言う。

 実際、自分たちにできる事と言ったら、今まで通りダンジョンに挑み続けるしかないのだから。


「……うん。そうだね。いつも通り、一歩ずつ」

「そうそう。それにどうせ、騒動は向こうの方からやってくるしな」

「あはは……」


 確かにそうかもと、これには華恋も苦笑い。

 自分たちのトラブル体質はこの夏休みの間に嫌というほど思い知らされた。

 むしろこの先どんなトラブルに巻き込まれるのか。そちらの方が心配になってくるほどだ。

 しかし、それでも華恋には零士が、零士には華恋がいる。

 ただそれだけのことが、二人に前へと進んで行く勇気を与えてくれる。


「二学期からもよろしくね。零士君」

「こちらこそ」


 夜空を彩る花火に照らされながら、二人は顔を見合わせて笑った。


ブラックオイルで焼いていたお肌は効果が切れてすっかり白くなりました。

こんがり健康的な褐色肌は南国のビーチでこそ輝き、薄紅色に染まる白い肌には浴衣が似合う! とワシは思うのじゃよ。


……と、それはさておき。さあて、続き書くぞー!


もし続きが気になる! って思ってくれたら、評価ボタンをポチってくりゃんす。

勿論、ブクマも大歓迎じゃよ!


活動報告にも書きましたが、4月20日(土)新章スタートです! 


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