夏休みダンジョンウォーズ 14
そこは元々は閑静な住宅街だったのだろう。
道幅の広い道路の横には色とりどりの屋根を頂く欧米式の大きな木造住宅が点々と並んでいる。
それぞれの家には広い芝生の庭がある事からも、ここがコロニー内の高級住宅街だった事が伺えた。
だが、今やそんな閑静な住宅街は、宇宙からの侵略者の手によって無残にも浸食されてしまっていた。
広々とした芝生の庭からはぬめり気を帯びた触手がうねうねとそそり立ち、脈動する赤黒い苔のようなものが、道や建物の壁を血糊のように汚している。
建物の影には直径15センチ程度の、米粒型の卵がびっしりと植え付けられており、その周囲を光る球体たちがブンブンと飛び回っていた。
すると、地下から上がってきた零士たちに気付いた光球たちが、またしても一斉に襲い掛かってくる。
先程の失敗を踏まえて、今度こそはと意気込んだ二人が、それぞれ周囲の気の流れに乗せて技を繰り出す。
「火遁『炎龍縛』ッ!」
「詠唱破棄『ライトニングダンス』!」
二人が放った大技はそのまま周囲の気を大きく巻き込んで成長し、雷光を纏う巨大な炎の双頭龍へと変化する。
龍はコロニーの狭い空を焦がすように暴れ回り、周囲の家やモンスターたちを破壊しながら炎の災禍を広げていく。
疲労感は先程に比べて格段に少ない。
だが、隣から感じる互いの気配に不要な力みを感じた二人は、視線でそれを教え合い、すぐさまそれを踏まえて再びベストの感覚を探る。
「風遁『風魔手裏剣』ッ!』
「詠唱破棄『メイルシュトローム』!」
続けて風と水、二重の渦が空を舞い重なり合って嵐を生み、燃え広がった炎を吹き消しながら、生き残っていたモンスターを吸い上げて渦の中で粉々に砕いていく。
今度は上手くいった。疲労感は全く感じず、お互いの技が相乗効果を生んで、消費に対して何十倍もの効果を発揮できた。
やがて嵐が治まると、周囲の景色を醜く歪めていた異形の植物や卵は、見渡す限り全て消え失せており、それらに浸食されていた家々もきれいさっぱり吹き飛んでいた。
そんなとてつもない大技の爪痕を見て、龍之介が不敵な笑みを浮かべる。
「へっへ、やるじゃねぇか二人とも。もう気の流れに技を乗せるコツは掴んだみてぇだな」
二人の頭を乱暴にくしゃくしゃと撫でまわす龍之介。
照れ隠しか、ぶっきらぼうにその手を払った零士は、俺だけの力じゃないと首を横に振った。
「華恋さんがいたからだよ。俺だけだったらこんなに早くコツは掴めなかったって」
「私も、零士君に合わせようと思ったらできました」
零士と華恋が視線に信頼を滲ませながら互いを見交わす。
お互いの視線から感じる信愛の情に心地よさを覚えた二人は、くすりと同時に笑った。
「ひゅー、お熱いねぇ。だが、まだまだ気の神髄はこんなもんじゃねぇぞ? 極めようと思えばそれこそ果てが無ぇし、応用の幅も広い。オメェらはまだ入り口に立ったばかりだって事を忘れるな」
その道の先達からの言葉に、二人は揃って頷いた。
それから再び龍之介を先頭に三人は歩きはじめる。
より気配の濃い方へ進んで行くと、途中、壊れた家の瓦礫の中に宝箱を見つけた。
ヌルヌル罠(丸一日の間、まともに立てなくなるほどのヌルヌルが身体に纏わりつく)を零士が手早く解除すると、中に入っていたのは……。
「こ、これは……っ!」
「壺……みたいだけど、華恋さん知ってるの?」
「うん! だってコレ、私がずっと欲しかったやつだもん!」
宝箱の中に入っていたのは、両手に収まるサイズの、小さな壺。
だがその壺は、料理人ならば誰もが喉から手が出るほど欲しがる貴重なマジックアイテムだった。
その名もズバリ『魔法の調味壺』。
蓋に手を置いて欲しい調味料を頭に思い浮かべ、それから蓋を開けると、壺の中に思い浮かべた調味料(最高級品)が入っているという、全ての料理人垂涎のアイテムである。
「やったぁ……うふふふ……」
夢のアイテムを手に入れた華恋が、恍惚とした顔で壺に頬ずりする。
この上なく嬉しそうな彼女を見た零士は自分も嬉しくなって、「次の料理が楽しみだ」と顔を綻ばせた。
「んぁ……? なんか妙に底が浅いな」
龍之介が宝箱の違和感に気付いて、宝箱の底をグッと押すと、底板が外れて隠されたお宝が出てきた。
「うへへ、やっぱりな。……こりゃ桃か?」
二重底の下に入っていたのは、赤ん坊のお尻くらいもある大きな桃だった。
ニオイを嗅いでみると、美味しそうな甘い匂いがふわりと鼻腔を擽り、龍之介は思わず垂れた涎を袖で拭う。
帰ったらアイツと一緒に食おうと、龍之介は口の中でボソッと呟くと、大きな桃を魔法の背嚢の中に仕舞った。
再び探索を再開した一行は、そこからさらに5キロほど歩き、道中何度かエイリアンたちの強襲を逆に蹴散らしながら進む。
やがて前方に見えてきた異形の植物モンスターが蠢く雑木林を、3人で協力して吹き飛ばすと、その向こうに巨大な宇宙船が壁を突き破るように刺さっているのが見えた。
コロニーの外壁に突き刺さった前面は、鯨の口みたく上陸用ハッチが開いており、その奥に巨大な隔壁扉がある。どうやらあの奥がボス部屋のようだ。
三人が扉の前に立つと、扉はプシュッ! と音を立てて、ゆっくりと上に開いていく。
するとここで、背後から猛スピードで追いついてくる気配を三人は察知した。
「ちょっと待ったぁ!」
空を突っ切るように飛んできた和人が、三人の前にズドンッ! と着地する。
「へへっ、ギリギリセーフ。三人で美味しいとこだけ持っていこうなんて、そうはさせないぜ?」
「兄貴なら絶対追いついてくると思ってたよ」
「ホントかぁ? まあいいや。とっととこの騒ぎを終わらせて、万平爺さんをしっかり弔ってやんねぇとな」
「だな」
零士と一緒に龍之介も頷く。
和人を加えて四人になった一行は、それぞれ武器を構えてボス部屋へと足を踏み入れる。
扉の先はテニスコート三面分ほどの広さの格納庫だった。
どこか生物的なデザインのグロテスクな壁や天井には、丁度エイリアンたちのサイズと同じ半透明のカプセルがびっしりとくっ付いている。
どこか蟲の卵を連想させるその光景に生理的嫌悪感を覚えた華恋は、眉を顰めながらブルっと身震いした。
すると格納庫の奥の天井から光の柱が下りてきて、光の柱の中から一体のエイリアンが姿を現す。
体長はおよそ180センチ前後。光沢のある体表は甲虫のそれを彷彿とさせるが、すらりと伸びたスマートな手足は、昆虫というよりも人間に近い。
顔の作りも人間のそれに近く、額から伸びた一本の角がカブトムシを連想させた。
―――――ガキンッ!
超高速で肉薄し振り抜かれた甲虫人間の拳を、和人が辛うじて刀の鞘で受け止める。
刹那、凄まじい衝撃が突き抜け、彼の身体は後方へと大きく吹き飛ばされた。
目で追えないほどの速さの攻撃にガードが間に合ったのは、和人が周囲の気の流れを油断なく読んでいたからだ。
敵が動き出す気配は察知していても、身体がついて行かなかった零士と華恋が慌てて散開し、龍之介は全体が見渡せる位置まで素早く移動した。
壁に激突する前に空中で体勢を整えた和人は、壁に両足で着地すると、そのまま刀を抜きながら大きく跳躍して甲虫人間へ斬りかかる。
「一の太刀漆番『薄羽蜻蛉』ッ!」
蜻蛉の如く捉えどころのない動きで放たれた神速の斬撃が甲虫人間に襲い掛かる。
周囲の気の流れを自らの中に呼び込み、それを刃に乗せる事で通常の何十倍もの鋭さを発揮した和人の剣を、しかし甲虫人間は紙一重で見切り躱す。
和人が敵の気を引き付けている隙に、甲虫人間の横っ腹を龍之介のライフルが狙い撃つ。
それに気付いた甲虫人間は背面跳びで大きく和人から距離を取りつつ、龍之介の不意打ちを回避する。
その動きはまるで、部屋全体を上から俯瞰して見ているかのような動きだった。
「煙遁『霧幻』」
それを見て零士がすかさず煙幕を張る。
すると、甲虫人間はきょろきょろと周囲を伺うような動作をして、それから静かに目を閉じた。
隙ありとばかりに龍之介がライフルで敵の胸を狙い撃つ。
だが、甲虫人間はまるで見えているかのような動きで龍之介の攻撃を半身で躱すと、今度は龍之介へ狙いを定めて突進してきた。
敵の流れるような連打を龍之介は目で追うのではなく、敵の気を探ることで回避する。
どうしても避けられない攻撃は頑丈な銃床部分で受け、隙あらば銃剣刺突で反撃を繰り出す。
軸足の膝関節を狙った刺突が甲殻の隙間に突き刺さり、青い血が銃剣の切先を濡らした。
『ホーリーバスター』
華恋の魔法の完成を察知した龍之介がその場からサッと飛び退く。
敵もそれは察知していたが、如何に動きが素早くとも光の速さを越える事はできなかった。
格納庫が裁きの光に白く染まる。
頭上から降り注いだ極太の光の柱は、周囲の気を撒き込んでさらに強く光り輝き、甲虫人間の頑強な甲殻を焼き尽くしていく。
だが、消されてたまるかと意地を見せた甲虫人間は、周囲の荒れ狂う気を自らの体内の気と同調させて取り入れ、肉体の再生力を高めて天罰の光に対抗する。
次第に光の柱は細くなってゆき、やがて完全に消える。
「そ、そんな……っ!?」
華恋が悲鳴を上げる。
その視線の先には、必殺の一撃を受けても尚倒れない甲虫人間の姿があった。
すると、炭化して真っ黒になった甲虫人間の体表面に罅が入り、中から白い光が溢れ出す―――――――。
「今だかかれ!」
「「「サヨナラッ!」」」
『――――――――っ!?』
――――――――ドッッッカァァァァン!!
甲虫人間が今まさに古い殻を脱ぎ捨て、新たな姿へ進化しようとしたその時。
煙の中に潜んでいた零士の分身たちが、一斉に隙だらけの甲虫人間に飛びついて大爆発した!
爆心地に濛々と立ち込めていた煙が晴れる。
するとそこには、ぐったりと倒れ伏す甲虫人間の姿が……。
最大の見せ場を前に爆死した甲虫人間が、サラサラと魔力の塵になって消えて行く。
分身は魔力で出来ているため、生物としての気配を持たない。
その特性を生かし、煙幕を張った時にこっそりと作っておいた分身たちを、ここぞというタイミングで嗾けて自爆させたのだ。
ボスを倒した証明たる宝箱が現れ、格納庫に微妙な静寂が訪れる。
勝ちはしたが、やはり後味は悪い。
「れ、零士、お前……」
あまりにもあんまりな弟のやり方に和人が非難めいた視線を送る。
「いや、普通に隙だらけだったから攻撃しただけだろ!」
零士自身もそれが『お約束』を無視した外道な手段だったとは分かっているが、実際これ以上ないチャンスだったのも確かなのだ。
弟の言葉に、理解はできるが納得はできないという顔で和人は唸り、最後には「まあ全員無事だったからいいか」と頭を掻きつつ息を吐いた。
華恋も華恋で、分身とは言え恋人が爆死する姿をまざまざと見せつけられて嫌だったが、それが有効な攻撃手段であることも理解しているため、渋い顔で唸るしかできない。
そんな三人を見て龍之介は「まだまだ甘ちゃんだな」と笑った。
宝箱の中身はスキルキューブが三つと、黒く艶消しされた刀が一本、そして、雄牛の形をした鍵が一つ。
やはり藤堂氏の予言通り、鍵は二人が攻略したダンジョンの宝箱から出現した。
これで残る鍵は二本。予言された世界の滅亡まで残り五ヵ月も無い。
が、今はそんな先の事よりも目の前のダンジョンから生還する方が先だ。
鑑定や分配は帰ってからすることにして、アイテムはひとまず華恋のアイテムボックス内に収められた。
ダンジョンコアは壁を覆う半透明のカプセルの中の一つに、紛れるようにこっそりと入っていた。
これは龍之介がライフルで撃ち抜いて破壊した。
すると、案の定というか、やはりコロニーが崩壊し始めたので、四人は急いで出口を探してダンジョン内を駆け回った。
そうこうしているうちに、四人を追いかけるように飛び込んだ他の探索者や自衛官たちも合流して、最後は全員で滑り込むように出口のゲートへと飛び込んだのだった。
ヤムチャしやがって……




