表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/120

夏休みダンジョンウォーズ 10

「農薬と除草剤は納屋にあるのをありったけ使いな! ウチの方にもあるから、和人、あんた噴霧器と一緒に全部持ってきなさい! 鶴子さんたちはご近所さんに連絡! できるだけ量をかき集めるんだよ! 時間との勝負だ!」


 華恋の作戦を聞いた董子がすぐさま動ける者たちへ指示を飛ばす。

 指示を受けた万平の孫やひ孫たちは、我に返ったように慌てて動き出し、その後を追うようにして老人たちもせっせと動き出した。


 龍之介の失踪後、夫の残した土地を守るために本家の人々を説得して一緒に農業法人を立ち上げ、実質一人で経理や販路開拓を行ってきた彼女の才覚は伊達ではない。

 それが分かっているからこそ、本家の人間たちも分家の嫁の言葉を素直に受け入れる。

 なにより、長年の付き合いで董子の一途な人柄を知っているからこそ、協力しようという気になれた。


 本家の人々を顎で動かす妻の姿に、龍之介は唖然とした表情で固まってしまう。

 元々、居酒屋の看板娘だったため、物怖じしない性格だとは思っていたが、まさか自分の妻にこれほどの采配能力があるとは全く知らなかった。


「ほれ! ジジイもボケっと突っ立ってんじゃないよ! アンタも和人と一緒に納屋から使えそうな物持ってきな! 零士もだよ!」

「「お、おう! わかった!」」


 董子に言われて異口同音に答える龍之介と零士。

 どたどたと家から飛び出していった二人を見送りながら、董子は、なんだかんだ爺さんに一番似てるのは零士かもしれないと苦笑交じりに鼻から息を吐いた。


「あ、あの! 私にも何かお手伝いできる事は……」

「アンタの仕事はこれからさね。そうら、早速来たよ!」


 華恋も何か手伝えることはないかと董子に尋ねると、間もなく仕事がむこうからやってきた。


「準備できたよ! お願い!」

「は、はい!」


 庭の方から声を掛けられ、華恋が急いで庭まで回ると、そこに用意されていたのは大量の農薬と除草剤、それからお酢だ。

 華恋は念動魔法を使い、それらを2:2:1の割合で混ぜ合わせ、混ざった液体を手元の魔法ビンの中へと注入していく。



 華恋が打ち出した作戦はズバリ、超強力な除草剤を作って皆でそれを撒く、というもの。

 全員がどうしたものかと頭を悩ませている中、つい先日魔法ビンを手に入れたことを思い出した華恋は、植物型モンスターに効果のある魔法薬を作れないかと閃いた。


 それからスマホで検索してみると、すぐにでも揃えられそうな物で作れる魔法薬があると分かり、それを作ってみてはどうかと提案したのだ。

 当然、そんなものを畑に撒いて大丈夫なのかという意見も出たが、合成レシピと一緒に記載されていた魔法薬の効果と、実際に使用している所を撮影した動画を見せたら、すぐにでもやろうと全員がやる気になった。


 というのも、その魔法薬は植物型モンスターだけを確実に枯らし、さらに撒いた土地を肥沃にして、雑草の繁殖を抑える効果まである、夢のような薬だったからだ。


 『農業とは雑草との戦い』という言葉があるくらい、農家にとって草取りは切っても切り離せない重労働だ。

 そんな重労働を憎きモンスターを駆除するついでに減らせるというのだから、この作戦に賛成しない理由が無かった。



 と、そんなこんなで、すぐさまご近所中から魔法薬の材料と噴霧器がかき集められ、30分も経つ頃には、集まった全ての噴霧器に対植物モンスター用の超強力除草薬が充填され、準備が整う。


 斯くして、噴霧器で武装した近所の農家たち含む40名と、現役探索者3名、そして現役を引退して久しい高レベル探索者1名の計24名の混成部隊が加苅本家の庭に集まった。

 農家ではない親戚一同や子供たちは、華恋に変わって魔法薬の予備の制作に当たる。


 ――――並列四重詠唱『ウィンドヴェール』×『テレキネシス』


『嵐の加護』


 出陣の時を今か今かと待ちわびる農家たちに、華恋の支援魔法が全員に掛けられる。

 一定時間の間、ある程度までの物理攻撃を無効化する風と念力の二重防護膜が全員の身体を包み込んだ。


 アイテムボックスから事前に作り置きしていた魔力回復薬を取り出して、一気にそれを呷った華恋は、口元を拭いながら全員に声を掛ける。


「今、ある程度までの物理攻撃を無効化する支援魔法を皆さんに掛けました。効果は大体30分くらい持続します。銃弾くらいなら問題なく防げると思いますけど、絶対に無茶はしないでください! それと、魔法薬が無くなりそうになったら、まだいけると思っても必ずここへ戻ってきてください!」


 華恋の言葉を受け、集まった一同を代表して前に出たのは、自らも噴霧器で武装した董子だ。


「皆聞いたね!? 命あっての物種だ。元気に生きてさえいれば、畑はまた耕せる。皆、怪我するんじゃないよ‼」

『応ッ!』

「よろしい。憎き()()()()に我らの怒りを教えてやれ!」

『うおおおおおおおッ‼』


 農家たちが鬨の声を上げ、噴霧器のノズルを天高く掲げた。



 ◇ ◇ ◇



 上空に出現した巨大な光の玉から発射されたレーザー群が、大地に根を張るモンスターたちを的確に焼き払っていく。

 手始めに華恋が発動させた光属性上級魔法(レベル7)『ホーリーバスター』によって、周囲一帯の植物モンスターたちが一時的に消滅した。


「今だ! 全員かかれ!」

「ヒャッハー‼ 雑草は消毒だァ‼」


 銃座型のモンスターが沈黙している隙に、軽トラの荷台から飛び出した怒れる世紀末農家たちが畑に薬を撒き始める。

 すると、今まさに再生しかけていた植物モンスターたちがカラカラに枯れ果てて魔力へと還り、逆に地力を吸われて(ひび)割れていた畑は、元よりもフカフカな土へと再生していく。


 目に見えて分かる薬の効果と、初めてのレベルアップによる高揚感でさらに勢いづいた農家たちは、奪われ荒らされた土地を取り返すべく、獅子奮迅の働きで憎き()()()()を畑から駆除していった。


 零士たち現役探索者は、農家を狙うモンスターたちを高火力のスキルや魔法で黙らせ、農家たちが薬を撒くための時間を稼ぐ。


「特攻、自爆分身(リア充バイバイ)の術!」

「「「サヨナラ!!!!」」」


 零士が放った分身たちが、今にも種を飛ばそうとしていた大型モンスターに張り付いてしめやかに爆発四散‼

 哀れ根元から吹き飛んだ巨大タンポポは空中で魔力へ変わり、風に流されて消えた。

 彼の中に汚泥のようにこびり付いた「リア充許すまじ」というモテない男だった頃の怨念が生み出した悲しき技だった。


 続いて二発目の『ホーリーバスター』が降り注ぎ、刀を構えた和人と、軍服風の装備を身に着けた龍之介が銃剣が装着されたライフルを構えて突撃する。


 日が上り明るくなり始めた上田盆地の田畑に、固い種の弾丸と魔法が飛び交う。

 風に流され、まだ薬を撒いていない地面に落ちた種は、新たな銃座となってさらに種を撃ち始める。


 それらを華恋の魔法が焼き払い、零士の忍術と龍之介の銃弾が吹き飛ばし、和人の変幻自在の斬撃が切り払う。

 そうして開かれた土地に農家たちが薬を撒いて、すこしずつ自分たちの陣地を広げていく。

 今やここ上田の地は、戦国時代以来の戦場となっていた。



 ◇ ◇ ◇



 0500時。自衛隊による山狩りは予定通り開始された。

 松本駐屯地の普通科連隊の半数以上が投入され、ドローンや魔道具、隊員たちの魔法などを駆使して、通常では考えられないほどの素早さで、山の全貌が明らかになっていく。


 そうして、開始から2時間が経った0700時。山の東側を捜索していた一班から作戦司令部に無線が入った。


《こちら一班。逃げ出した野菜たちを発見。現在、巨大な木を囲みながらフォークダンス中。木の太さは目測で直径30メートル以上。現在も急激に成長中。送れ》

「こちら司令部。何が起こるか分からん。不用意な刺激は避けろ。周囲に入り口はあるか? 送れ」

《周囲に入り口は確認できず―――――》


 と、通信の途中で突然、無線機の向こう側から大きな地鳴りの音が聞こえてきた。

 山全体を揺らすほどの揺れは、司令部として使われている通信車両をもガタガタと揺らす。


《こちら一班! 巨大樹が歩き出した! 繰り返す、巨大樹が歩き出した! 現在、巨大樹は青木村方面へ移動中!》


 数秒後、乱れていた電波が回復し、一班から耳を疑うような通信が入った。

 それとほぼ同じタイミングで飛行魔法で上空に飛んだ偵察班が撮影した空撮映像が、通信車両内のモニターに映し出される。

 その映像を見た作戦司令官の岩城一等陸佐は、驚きに目を見開いた。


 それは、まさに怪獣と呼ぶべき化け物だった。

 周囲の山々にも匹敵するほどの巨体を支えるのは、恐ろしく太い二本の足と、長い尻尾。

 逆に手は異様に小さく、全体像を見れば太い木の幹が幾重にも絡み合って出来た巨竜のようにも見えた。

 一班が報告してきた巨大樹とは、コイツの太過ぎる足だったのだ。


「全班に通達! 山狩りは続行! 一刻も早く入り口の発見、及びダンジョンの制圧に努めよ! 繰り返す! 山狩りは続行!」


 こんな巨大な化け物、普通科連隊ではとてもじゃないが駆除できない。

 映像を見て即座にそう判断した岩城一佐は、現場の隊員たちに指示を出すと、すぐさま応援を要請するために、駐屯地へと連絡を入れた。


 現場の岩城一佐から連絡を受けた大滝陸将は、即座に統合幕僚長に連絡を入れ、駒門の第1機甲科大隊を転送魔法で上田市へ送るように要請。


 統合幕僚長からの緊急連絡で叩き起こされた総理は、テレビに映る現場の空撮映像を見て、ようやく国家非常事態宣言を発令し、戦略魔法である転送魔法の使用解禁と、第1機甲科大隊への出動命令を下した。


モ●ラを呼んだらゴ●ラ(むしろビオ●ンテ?)が出てきた的な


ちなみに、転送・転移魔法は国際条約で使用のルールが厳密に定められていて、よっぽどの非常事態でもない限りは基本的に使えません。

日本国内では緊急時に限り、総理大臣が許可を出せば使用可能になりますが、場所によっては外交問題になるので、そういう場合は藤堂さんがダーッと行ってボカーン! と解決します。

今回は場所的に何も問題がなかったため、機甲科大隊が出動しました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ