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夏休みダンジョンウォーズ 8

いつもより長めやで

 楽しかった誕生会は一変、万平爺さんがくしゃみしたまま糸が切れたみたく倒れてしまい大騒ぎになった。

 そのまま病院に運び込まれた爺さんだったが、救急隊員たちの懸命の処置も空しく、午後13時32分、病院の医師により死亡が確認される。

 死因は老衰。くしゃみのタイミングと偶然重なりはしたが、苦しまずに逝けただろうとの診断だった。


 加苅万平、御年100歳。

 大勢の家族に誕生日を祝われながらの大往生であった。


 その後、遺体は納棺されてそのまま自宅へとんぼ返りして、本家では急遽、通夜と葬儀の準備に追われることになった。


 偶然親戚一同の殆どが本家に集まっていた事もあり、仮通夜はその日の内に行われ、通夜は翌日に、葬儀は参列者の都合なども考えて、三日後の日曜日に行う事で決まった。




 そんな初日の慌ただしさもどうにか落ち着いた、翌日の通夜での事だ。

 読経も終わり、親族だけでしめやかに過ごす夜の9時過ぎ。零士がトイレに立つと、庭で一人夜空を見上げながら、寂しげに紫煙をくゆらせる龍之介の姿を見つけた。


「……じいちゃん。煙草吸うんだな」

「……零士か。……和人が生まれてからは止めてたんだがな。なに一本だけだ……」


 ふぅー、と夜空に向かって悲しみと一緒に煙を吐き出す龍之介。

 今日の空は生憎の曇り空で、今にも雨が降り出しそうな気配だ。

 

「……へへっ。それにしても傑作じゃねぇか。まさかくしゃみと一緒に魂まですっぽ抜けちまうなんてよォ。全く、兄貴らしい……」


 縁側から漏れる家の灯りに照らされた彼の背中には、やりきれない悲しみと寂しさが滲み出ていて。そんな祖父を前にして、零士は何か言葉を掛けようとしたが、何を話せばいいのか分からず、結局俯いてしまう。


「零士」


 背後に立つ零士に、龍之介は振り返らず声を掛ける。


「……ん」

「……オメェは、俺より先に死ぬんじゃねぇぞ」

「……っ」


 それは、探索者として生きる者に定められた宿命を指した言葉だと、零士はすぐに察した。

 レベルが上がれば肉体の機能は強化され、老いた者は若返り、素晴らしい美貌すらも手に入る。


 だがそれは、そうでない者たちを残して、一人だけ未来へ進むという事だ。

 それは自分の子や、ともすれば孫ですら例外ではない。


 探索者同士の子供は両親のレベルに比例して、生まれた時から強く、老化の速度も緩やかなのは広く知られている。 

 しかし探索者の子供であろうとも、片親が一般人(レベル1)なら平均寿命はその分短くなるし、孫ともなれば、親のレベル次第ではほぼ一般人と変わらない。


 いずれ浮き彫りになる周囲との寿命の差。自分だけが若いままで、周囲の人間たちだけが老い衰えて消えてゆく。

 それでもなお、手に入れたいモノがあるから、人はダンジョンへと挑むのだ。


 決意を込めた眼差しで、零士は祖父の寂し気な背中を見つめる。

 彼には共に支え合おうと誓った相手がいる。

 これから先の事はまだ分からないが、それでも、彼女がいれば何とかなると彼は信じていた。

 元より覚悟の上の事。だからこそ、彼は自信を持ってその背中に約束する。


「……ああ。ぜってーじいちゃんより長生きしてやるさ」

「……なら、いい」


 最後に大きく煙を吐いて、気合を入れ直すように頬をバシバシと叩いた龍之介は、少し寂し気な笑顔で振り返る。


「さぁて、また飲んで賑やかに送り出してやるか。その方が兄貴も喜ぶだろうしよ。へっへっへ」


 龍之介が煙草の火をもみ消し縁側へと上がると、まるで今まで堪えていた涙が溢れるように、ぽつぽつと雨が降り始める。

 するとここで、客間へ戻っていった龍之介と入れ替わるように、母の美月と、その後ろに続く華恋が廊下の角から姿を見せた。


「あ、いたいた。零士アンタ、これからどうする? 暇ならおばあちゃん()行って休んでていいけど。もう夜も遅いし、いてもやる事ないわよ?」


 実際、酒の飲めない子供がここにいても、やれる事と言えば酔っぱらった爺さんどもの愚痴や説教の無限ループを黙って聞くくらいしかない。


「……そうだな。じゃあ一旦帰って休むわ」

「そう。そんじゃ、勝己くんたちも連れてってやって。車はおばあちゃんたちが出してくれるから」

「おう」


 母に言われ客間へと顔を出した零士は、部屋の隅で暇そうにしていた従弟の勝己と、その妹の若菜、万平爺さんのひ孫の陽介(10歳)と、その従妹の未来(11歳)に声を掛けて玄関まで行く。

 玄関には母親に抱っこされて舟をこぐ匠と翼の姿もあり、子供たちが全員揃った所で、董子と匠の母親が車を出して分家へと移動する。


 家の鍵を開けた董子が、家の中の灯りを点けて、風呂や布団の準備をテキパキとこなしていった。


「風呂は今スイッチ入れたから、お湯が沸いたら好きに入りな。布団は部屋の隅に畳んであるのを使っていいからね」


 一通りの準備を整えてから、母親二人に家の中の事を簡単に説明した董子は、そのまま通夜が行われている本家の方へと引き返していく。

 気付けば雨脚は大分強まっており、遠くの方ではゴロゴロと雷が鳴っていた。




 しばらくすると風呂も沸き、まずはすでにお眠な年少組が母親と一緒に風呂に入った。

 特にやることも無く暇な零士は、とりあえず居間のテレビを点けて何か面白そうな番組はやっていないかとチャンネルを変えていく。

 すると、国営放送(NHK)で臨時ニュースをやっているのが目に留まった。


『えー、先程からお伝えしていますように。昨日、ニューヨークのエンパイアステートビルで発生したビルジャック事件ですが、つい先程、無事解決した模様です。……えー、たった今新たな情報が入ってきました。現地日本大使館による発表では、人質となっていた日本人全員の無事が確認されたとの事です』


 画面が事件の映像へと切り替わる。

 すると、そこに映っていたのは……


「お、おい、あれ、マックスとミカ子じゃないか!?」

「えぇ!? あっホントだ‼」


 黒煙を吐き出すビルから、フラフラと血まみれのタンクトップ姿で出てくるマックスと、彼の背中でぐったりとする美香の姿がアップで映っていた。

 何故かマックスの頭がツルツルのスキンヘッドになっていたが、見慣れた顔なので間違いない。


 慌てて零士がマックスに電話をかけると、


《はいもしもしぃ? どちらさんですか》


 コール三回の後にどことなく呂律が回っていないマックスが出た。


「俺だよ、零士だ! 今ニュース見たけど、マックスお前大丈夫か!?」

《あぁ~? 大丈夫かだってぇ? ぜ~んぜん大丈夫だぁよ俺ぁ……。あばらが数本イカレちまったけどなぁ、慣れっちまえば、気持ちいぃもんだぜぇ? うえっへっへ……》


 明らかに様子がおかしい友人に、こりゃ駄目かもしれないと零士は本気で心配する。

 というか、彼の一人称は『僕』だったはずだし、こんなヤバい薬をキメたような喋り方でも無かった。

 と、ここで電話の向こうが何やら騒がしくなる。


《あ、もしもしかがりん? アタシだけど》


 すると電話の主が変わり、なにやらパーになってしまっているマックスに変わって美香が電話に出た。


「あ、ミカ子! お前大丈夫なのか!? なんかテレビで見た時はぐったりしてたけど」

《うん。ちょっと疲れちゃっただけだから、今は全然平気。怪我も無いよ。むしろ大怪我なのはマックスの方かな》

「……大丈夫なのかアイツ。なんか呂律が回ってなかったけど」

《あはは……。あれね、ドーピングアイテムの副作用みたいなんだよね。凄かったんだよ? こう、ドカーン! ズドドドド! バッシャー! みたいな》

「成程、分からん」


 なにやらよく分からないが、とりあえず二人がダイでハードな経験をしたらしい事は伝わった。


《色々あったんだよ……ホント。映画一本できちゃうくらいのね》

「そ、そうか……。まあ、二人とも無事でなによりだ。そっちは今どんな感じなんだ?」

《今病院で検査中。アタシはすり傷くらいしか無かったからこのまま退院だってさ。マックスはこれから怪我治してもらって、一晩入院するっぽい》

「そっか。じゃあ、お大事にって伝えといてくれ」

《りょーかい。ごめん、一晩中戦ったり逃げたりしてたから眠くてさ。もう切るね》

「ああ、お疲れ。ゆっくり休んでくれ」

《そーする。じゃねー。ふぁぁ……》


 大きなあくびを最後に電話が切れる。

 零士は心配そうにこちらを見ていた華恋に、聞いた通りの事を伝えてやる。

 すると、華恋はホッとしたように「よかった」と呟き、それからまたテレビに映る血まみれハゲになってしまったはとこを見て、思わずといった感じで噴き出した。


「え? なに? 零士にぃ、あの人と知り合い?」


 テレビを指差しながら従妹の若菜が首を傾げる。


「ああ、高校の友達。っていうか、華恋さんのはとこだな」

「えぇ! 高校生なのあの人!? 高校生なのにハゲてるなんて可哀想……」

「は、ハゲ……っ! ぷふっ! ふふふふ」


 笑っては可哀想だと思うのだが、ツボに嵌ってしまったせいで、中々笑いから抜け出せない華恋。

 ともあれ、マックスのおかげ(?)で、すっかりしめやかな雰囲気も吹き飛んでしまった。


 それから、自分たちが笑っていた方が万平爺さんも安心して天国に行けるだろうと思い直した子供たちは、親の目が無いのをいいことに、トランプやUNOなどで眠くなるまで夜更かしして遊んだ。


 途中、交代で風呂にも入り、やがて小学生たちが次々と寝落ちしてゆき、日付が変わる頃には、中学生の勝己も自分から布団の中へと入っていった。


 遊び相手だった勝己が寝てしまい、華恋は今風呂に入ったばかりで当分出てきそうにない。

 一人になってしまった零士は、自分も少し寝ようと、布団の中に入った。


 畳と、よく干された布団の香りが心地いい。

 天井のシミをぼんやりと眺め、ざぁざぁと瓦屋根に打ちつける雨の音を聞いていると、やがて彼の意識は深い所まで落ちて行く。






 短い眠りから覚めると、甘い花のような香りがふわりと漂う。

 なんだろうと思い、零士がもぞもぞと横を向くと……


「っ!?」


 触れ合いそうなほどすぐ近くに、華恋の寝顔があった。

 思わず出かけた声をどうにか噛み殺して押し込める。

 何故、彼女がすぐ隣で寝ているのか。答えは単純、布団がそこしか空いていなかったからだ。


 あまりにも無防備な彼女の姿に、零士の喉は一瞬で干上がり、喉をごくりと鳴らしてどうにか固い唾を飲み込んだ。

 ほんの数センチ顔をずらせば、そのままキスできてしまいそうな距離に、彼女の唇がある。


 新鮮な果実のような艶めきを放つ唇。

 思い出されるのは、ダンジョンの中でした、薬と血の味が混じった初めてのキス。

 唇同士が触れ合う程度のものだったが、その感触はあまりにも鮮烈で、いまでもその感触をはっきりと思い出せる。

 まるで思い出に吸い寄せられるように、その唇に触れようと手を伸ばす。


 ――――――ぷにっ。


 しっとりとやわらかい唇に、指先が触れる。

 すると華恋は寝ぼけているのか、零士の指をパクっと咥えると、そのままちゅぱちゅぱと吸い始めたではないか。


 突然の事に驚いて、零士はすぐに指を引き抜こうとするが、意外にも吸う力が強く、無理に引き抜こうとするとむずがるので、起こしてはまずいと思い、引くに引けなかった。


 柔らかな華恋の舌が蛞蝓(なめくじ)のように蠢いて、零士の指をちゅうちゅう舐める。

 口内の熱と、粘膜の感触が指先を湿らせ、指を吸われているだけだというのに、なにやらイケナイ事をしているような気分になった。


「うぅん……」

「っ!?」


 と、ここで零士の背中側で寝ている勝己が寝返りを打ち、驚いた拍子に指が華恋の口からちゅぽん! と引き抜かれる。

 一瞬、華恋がもごもごと口を動かしたが、幸いにも起きる事は無かった。

 

(……何やってんだよ。俺は)


 横で年下の従弟たちが寝ていることを思い出した零士は、眉間を揉みながら、鼻から大きく息を吐いた。

 零士は静かに起き上がり、眠る華恋を見つめる。

 身体に視線を向けると、お腹の所が大きく膨らんでおり、一瞬ぎょっとしてしまう。


 だが、よくよく見れば、それは宝箱から出てきた例の卵だった。

 こんなんじゃ真知子おばさんの勘違いを笑えないなと、零士は一人苦笑する。


 まるで我が子を守るように卵を抱いて眠る彼女の姿を、零士はとても愛おしく感じた。

 何が生まれてくるかは分からないが、彼女の愛を注がれた存在が邪悪なモノであるはずがない。

 そんな祈りにも似た思いを抱きながら、零士は愛する人が抱く卵をそっと撫でた。


 その後、零士はゲームで時間を潰したり、夏休みの宿題を片付けたりして過ごし、やがて降り続いていた雨も上がり、東の空が白み始めた未明の事。




 ――――――ハザード警報が、発令されました。次の地域にお住いの方は、速やかに避難を開始してください。



 

 朝靄(あさもや)に煙る山間の静寂を破るように、突如として、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。


指舐めてるだけだからセーフセーフ

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