Lv2ダンジョン
2月14日に生まれて初めて母親以外からチョコレートを貰うという大事件を挟みつつあっという間に1週間は過ぎて、いよいよその日がやってきた。
期末テストも無事に乗り越えたその週の土曜日。
ついに再構成を終えて更にパワーアップした引き出しダンジョンLv2解禁である。
「はいっ! つー訳で、また今日から引き出しダンジョン解禁でーす!」
「わー(パチパチパチ)」
メンバーが2人しかいないのでイマイチ盛り上がりに欠けるが、それはさておき。
この1週間の間に花沢さんが自腹で用意してくれた装備に着替えた俺は、その着心地を確かめるように腕や足を曲げたり伸ばしたりしてみせる。
うーん、ジャストフィット。
「よく似合ってるよ」
「はっはっは! そりゃイケメンですもの」
各所にカーボン製のプロテクターの付いた真っ黒なライダースーツに鉄板入りの半長靴。
若干サイボーグ忍者っぽいのが男心をくすぐる。
ライダースーツは市販のもので、プロテクターと半長靴はネットに出回っていた米軍の流出品らしい。
腰にはポーチを巻いていて、左右の太ももにある専用ホルダーにはサバイバルナイフが2本。
ちなみに花沢さんの恰好は学校指定の赤ジャージだ。
一応、ジャージの上からプロテクターを付けてはいるのだが、明らかに胸の辺りがキツそうである。
背中には大きめのリュックを背負い、首からはマッピング用の1センチマス方眼紙が挟んである画板がぶら下がっている。
画板は頑丈なアクリル製なので、いざという時は盾にもなるらしい。
「……で? この装備、お値段は?」
「うーん、6桁くらいかな」
「……将来絶対に返します」
「気にしなくてもいいのに。おばあちゃんも必要経費だって納得してるんだし」
「そっちは良くても俺が納得できないの! なんかヒモみたいで格好悪いじゃん」
「えー、別にお金持ってる方が払えばいいと思うけど」
アカン。この子、尽くし過ぎて男をダメにするタイプだ。
今までブスだったから誰にも見向きもされなかったけど、ここに来て意外な一面を垣間見た気がする。花沢さん、恐ろしい子……っ!
あんまり甘えすぎると俺までダメ男にされかねない。
ただでさえ2年生になるまではバイト禁止という校則のせいで、道具の費用を負担してもらっているのに、これ以上甘えたら確実に堕落する自信がある。
節度をもっていかないと。
「駄目ったら駄目ですっ! 兎に角、お金ができたら絶対に返すから。いいね!?」
「アッハイ」
「よしっ。それじゃ早速行くぞ!」
「はーい」
こうして俺たちは再びダンジョンへと足を踏み入れるのだった。
◇ ◇ ◇
入り口の渦に触れて飛ばされた先は、20畳ほどの広さの石レンガで組まれた小部屋だった。
そこから左右と正面に通路が続いており、相変わらず光源も無いのに部屋は明るい。
花沢さんは早速マッピング用の方眼紙に現在の部屋の情報を書き込んでいる。
「よし、記録完了っと……。それで、どっちに進むの?」
「うーん、とりあえず左かな。もし階段があっても一度引き返して、全部の通路の先をマッピングしてから次の階に進もう。もしかしたら宝箱とかあるかもしれないし」
「わかった」
という訳で俺たちはまず左の通路へと足を踏み出す。
分かれ道の先の行き止まりまで丁寧に紙に記録しながらしばらく進むと、やがて通路の先にある部屋の中にモンスターの集団を発見する。
目を凝らしてよく観察すると、それらがコボルトの群れであることが分かった。
それぞれ、暢気に昼寝していたり、仲間同士でじゃれ合っていたりと、寛いでいる様子だ。
コボルトは二足歩行の犬型のモンスターだ。
体長は100センチ~150センチほどで、群れの中での序列が高いほど身体も大きくなる。
手は犬よりは自由に動くが、人間ほどではないため高度な道具は扱えない。
武器を持っていたとしても棍棒などの原始的な武器が主である。
普通の犬同様鼻が良く、群れのリーダーの指示に従って連携攻撃を仕掛けてくる厄介な相手だ。
しかし、1匹あたりの戦闘能力は然程でもないため、司令塔のボスを先に倒して、後は各個撃破するのがベストとされている。
「コボルト発見。数は……見える限りじゃ6匹だけど、もっといるかもしれない。魔法の射程に入ったら先制攻撃よろしく」
「わ、わかった」
魔法の短剣の射程は大体30メートルほど。
直径50センチほどの火球を時速130キロくらいの速度で発射できる。
距離による威力や速度の減衰は無く、射程を越えたらその瞬間に火球は消滅する。これが魔法の短剣の基本性能だ。
宝箱から発見した際に行った検証では、花沢さんの魔力量だと11発が限界だった。
だが、花沢さんは現在、『魔力増強』のスキルを獲得した事で魔力に2倍の補正がかかっている。
だから今の花沢さんなら22発までなら燃える魔球を発射できる計算になるわけだ。
本当は花沢さんに全ての敵を倒させて経験値を総取りさせてあげたい所なのだが、流石に女の子にいきなり短剣で人型モンスターに止めを刺せなんて言うのはあまりにも酷だ。
なのでまずは後方から魔法で攻撃してもらって、人型モンスターを倒すことに慣れてもらう。
そこから徐々にステップアップしていって、最終的には俺が敵を無力化して止めは彼女に任せるという形にまで持っていく。
これが現在の基本方針である。
その点で言うと、コボルトというのは初戦の相手にぴったりだった。
人型とはいえ見た目は不細工で汚い犬も同然なので、生理的嫌悪感の方が強い。
しかもゴブリンより弱くて武器も粗末だ。
俺も戦闘らしい戦闘は初めてなので、この機会にナイフでの戦闘に慣れておこう。
俺たちは足を忍ばせながらゆっくりとコボルトたちが屯す部屋へと近づいて行く。
そして彼我の距離が燃える魔球の射程距離内に入ったその時、通路側にいた1匹がこちらの気配に気づいて顔を上げた。
「今だ!」
「うっ、うぅ……。え、えーいっ!」
若干の躊躇いの後に振り下ろされた魔法の短剣から火の玉が飛び出して、真っすぐ部屋の中へと飛んで行く。
同時に、俺も火の玉を追いかけて走り出す。
プロ野球選手のボール並みの速度で突き進んだ火の玉は、こちらに気付いて声を上げようとしたコボルトに直撃して激しく燃え上がり、瞬く間に1匹を消し炭に変えてしまった。
凄い威力だ。
いきなり仲間が殺されて混乱するコボルトの群れの中へと飛び込んだ俺は、すれ違いざまにコボルトの首筋にナイフを滑らせ、返す刃で別のコボルトの心臓を一突き。
2匹同時に戦闘不能にしたところへ、花沢さんの2発目が飛来してボスらしき個体を消し炭に変えた。
まるで何年も鍛錬を積んできたかのように、身体がスムーズに動く。
考えなくても、身体に染み付いた動きに任せていればあっという間に敵が燐光を撒き散らして消えて行くのだ。
一切の努力無しで熟練の結果だけを得られるダンジョンに挑んだ勇気ある者にだけ許された反則技。それがスキル。
俺は今、その卑怯さを改めて実感した。
成程、スキルキューブが超高額で取引される訳だ。
こんなのを知ってしまったら、努力して技能を習得しようとするのが馬鹿馬鹿しくなるのも頷ける。
ボスを失った群れは一気に統率が乱れ、後は1匹ずつ倒していくだけの消化試合だった。
全部で8匹いたコボルトの群れは、俺たちの奮戦によってあっという間に全滅。
合計5匹のコボルトに止めを刺した俺はまた1つレベルが上がった。
「お疲れ!」
「え、あ、うん」
ハイタッチで完全勝利の喜びを分かち合った俺たちは、ドロップしたアイテムを拾い集める。
ちなみにコボルトのドロップアイテムは、持っていた粗末な武器か、薬草のどちらかだ。
薬草は煎じてスライムポーションと混ぜれば、骨折くらいは即座に完治させる回復薬になるし、そのまま齧っても多少の効果はあるので持っていて損は無い。
薬草3つを花沢さんのリュックに仕舞い、転がっていた粗雑な武器の中から、一番マシな作りの棍棒を選んで、予備の武器として俺が装備した。
「地図は書けた?」
「うん、ばっちり」
花沢さんが地図を書き込むのを待ってから、俺たちは更に奥へと足を進めた。