夏休みダンジョンウォーズ 5
回復魔法レベル3の名前を『キュアル』に変更しますた。
「…………」
気さくを装うはずが、緊張のせいで声が裏返り逆に不自然になった龍之介と、目を見開いて固まる董子。
それもそのはず。なにせ龍之介が生きていたという事は、実際に合うまで喋るなと口止めされていたのだから。
よろよろと後退った董子は、何かを探るような仕草をして、下駄箱の上に置いてあった小さな壺を手に取り、
「……き、きえぇぇぇぇぇぇぇい!」
壺の蓋を開け、中に入っていた真っ赤な粉を鷲掴みにした董子は、そのまま般若の形相で奇声を上げて龍之介の顔目掛けて粉をぶちまけた‼
「ぶわっ!? ぺっぺっ! うぎゃぁぁあああ!? め、目がッ! 鼻がァァァ!? ゲッホ、ゲホッゲホッ! おえっ」
赤い粉の正体は塩に大量のハバネロパウダーを混ぜ込んだもの。
彼女はいつか龍之介がひょっこり帰ってきた時に、これをその顔にぶちまけてやろうとずっと備えてきたのだった。
全ては、あんな適当な置手紙一つ残して姿を晦ませ、17年も心配させ続けた馬鹿に天誅を下すために!
「この馬鹿ッ! アホッ! スケベジジイッ! どの面下げて帰ってきやがった! ……何が、何が『まだ見ぬ冒険が俺を呼んでいる』だ! 17年も何処ほっつき歩いてた!?」
「ゲッホ、ゲホッゲホッ……わ、悪かった! 俺が悪かった! 本当に、ゲホッ、すまなかった!」
ハバネロで噎せ返りながらも、その場に跪いて土下座する龍之介。
「ゲホッ、けどよ、こんなに長く家を空けるつもりは無かったんだ、ゲホッゲホッ、それだけは信じてくゲホッゲホッおえっ!」
「はんっ! どうだか。どうせまた、他所で女でも作ってたんでしょう。いい歳扱いて性欲だけはいっちょ前で……情けないったらありませんよ!」
泣きながら怒るという器用な真似をしながら、追加のハバネロを握りしめる董子。
「ち、違うゲェッホゲッホ! それは違うぞ! 今回は本当に事故みてぇなもんだったんだ! 他所に女も作ってねぇ! 本当だ信じてくれ!」
龍之介は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、お前も何とか言ってくれとばかりに、家の中に上がった零士へと視線を向ける。
零士は仕方ねぇなと息を吐き、助け舟を出してやることにした。
「ばあちゃん。じいちゃんの言ってることは本当だよ。じいちゃん、ダンジョンの中にずっと囚われてたんだ」
「ほ、ほらな! 零士もこう言ってるだろ!? 時間の流れが違うダンジョンでよ! ほんの2ヵ月ちょっといたつもりが、外じゃ17年も経ってやがったんだ!」
零士の援護でどうにか調子を取り戻した龍之介が早口で事情を説明する。
……が、董子は胡乱げな目で龍之介を睨むばかりだ。
「……零士、一つ聞いていいかい」
董子が貼り付けたような笑顔で零士に尋ねる。
「な、なに?」
「……この人、ダンジョンの中で2ヵ月も、何してたんだい?」
「……っ!? ……え、えっと……無理やりサンバ踊らされて、後は酒飲んだり、人魚に鼻の下伸ばしたり……です」
「れ、零士テメェェェェ!? ち、違うんだ。ほんとに、ほんとに違うんだって!」
祖母の背後に憤怒に燃え立つ仁王の影を見た零士は、自分が怒られているわけでも無いのに、すっかり縮こまってしまい、真実を洗いざらい白状した。
龍之介が零士の裏切りに慌てふためくが、時すでに遅し。
「……へぇー。最近のダンジョンってのは、酒まで出てくるのかい。綺麗な人魚にお酌してもらって、まるで竜宮城じゃないか。それなら、時間を忘れてついつい長居しちまっても、仕方ないねぇ……?」
「あ、あのな、ばあちゃん。あそこはホントに例外中の例外で……!」
祖母が纏う雰囲気の恐ろしさに、何故か零士までもが言い訳がましく説得を試みるが、
「零士、ありがとう。もういいよ。奥にスイカが切ってあるからね。先に行って食べてな」
目だけが笑っていない祖母からそう言われてしまえば、ガクガクと頷いてその場から逃げる他無かった。
「れ、零士! た、頼む! お、おお置いてかないでくれ!?」
「…………ごめんっ」
祖父の制止を振り切り、家の奥へと逃げて行く零士。
絶望に顔を青くする龍之介の方へと、董子がゆっくり、ゆーっくりと振り返る。
彼女の手の中には、壺の底から取り出した真っ赤な鑢が握られていた。
「ああ!? ま、待て! 待ってくれ! 話せば、話せばわかる!」
「問 答 無 用 ッ!」
―――――死に晒せこのくたばり損ないのクソジジイめ! このっ! このっ!
―――――ゲホッゲホッ! や、やめて! 悪かった! 俺が悪かったから! 痛たたたた!? 痛い痛い!
―――――俺が悪かっただって!? 当たり前だこの馬鹿! お前がいない間、私がどれだけ苦労したと思ってる!? 無駄に広い田畑だけ残して突然消えやがって! 私がどれだけ心配したことか!
―――――ずびばぜん! ずびばぜん! 許じでぐだざい! お願いですから鑢でソレを刷り込まないで!
―――――本当に、本当に大変だったんですからね! 今まであなたが一人でこなしてた分の作業をするために、本家と一緒に法人化して人まで雇って! どこぞでプラプラと遊び惚けてたあなたに農業経営者の苦労なんて分からないでしょ!
―――――ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
―――――魔法がないから毎年の収穫量も天候に左右されるし、人を雇ってもまともな奴が来るとは限らない! それでも契約上給料は払わなきゃいけないし、台風なんか来た年はそりゃあもう胃袋に穴が開きますよ! そんな苦労が、お前に分かるかッッ!
―――――分かりません! ごめんなさい! 魔法でなんでもパパっとやっちまうなんちゃって農家でごめんなさい!
―――――ムキーッ! もう堪忍袋の緒が切れた! そこに直れ! 私がトドメを刺してやる!
―――――ま、待て!? やめろ早まるな! ギャァァァァァァァ!?
かくして、妻と広い畑を放り出して突然失踪した馬鹿に、怒りの天誅が下ったのだった。
◇ ◇ ◇
「あっはっはっは! そりゃ災難だったねお父さん」
「災難なんてもんじゃねぇやい。本当に死ぬかと思ったぞ。大体元はと言えばお前の早とちりのせいじゃねぇか!」
酒が入ってすっかり赤ら顔の真知子に笑われ、苦りきった顔でビールをぐびぐびと流し込む龍之介。
「……がぁぁっ! もう一杯!」
「はいはい」
その日の夜。
加苅分家では、17年ぶりに龍之介が帰ってきたという話を聞いた親戚たちが集まり、大宴会が開かれていた。
龍之介の娘の真知子も、父帰還の一報を受けて急遽、旦那と子供たちを連れて長野市の方から車で駆け付けてきた一人である。
襖の取り払われた和室には、明日の万平爺さんの誕生日のために遠方から集まってきていた親戚一同が、本家の方から続々と顔を出し、本当に生きていた龍之介の顔を見て驚いては、そのまま喜んで酒の席へ加わっていく。
急遽集まってきた親戚たちの食事を用意するために、たった今追加の出前寿司が届いた。
厨房では華恋も自主的に手伝いを申し出て、蕎麦やら天ぷらやらを作るのに大忙しだ。
「追加の天ぷら揚がりましたー!」
「はーい! そんじゃ持ってくねー!」
「あ、ついでにお蕎麦もお願いしまーす!」
「はいよー!」
揚げたてのとり天とかき揚げがクッキングペーパーに包まれふわりと宙を舞い、冷水で締められたお蕎麦がその横に付き従うように次々と飛んで、零れる事無くザルの上に着地する。
そうして、出来上がったそれらを美月と零士がせっせと宴会場へ運び出す。
「……いやはや、大したもんだよ」
テレキネシスを使いながら同時に幾つもの仕事をこなし、完全に台所を支配する華恋の姿を見て、董子が目を丸くして感心したように息を漏らす。
可愛い孫の彼女は果たしてどんな子だろうと今まで様子を伺っていたが、こんなにも礼儀正しく、素直で、働き者な女子高生など、董子は自身が女学生だった頃以来、久しく見ていない。
「あっ、ごめんなさい。何かおっしゃいましたか?」
「いんや、ただの独り言さ。それより、さっきからずっと働きっぱなしだろう? 疲れたらいつでも休んでいいからね?」
「あっ、それじゃあ、今やってるのが終われば丁度区切りがつきますから、それから休みますね」
……零士にゃ勿体ないくらいのいい子じゃないか。と、口の中で小さく呟いた董子は、これなら分家の将来も安泰だとホッと胸をなでおろす。
和人は爺さんに似てフラフラと定まらない所があるし、零士は零士でどうにも頑固で、なんでも一人で抱え込もうとするきらいがある。
だが、これだけしっかりした子が傍にいてくれれば、零士は潰れる事無く、生来の真っすぐな気質で前を向いて進んで行けるだろう。
「……ふぅ。ん~っ、おわったぁ」
一通りの片づけまで終えた華恋が、固まった身体をほぐすようにグッと背伸びする。
花柄のエプロンを下から押し上げる大きなスイカ玉を見た董子は、これならひ孫の顔もそう遠くない内に見れそうだ、などと若干ゲスな感想を抱きつつも、笑みを深めて華恋に麦茶を差し出した。
「はい、お疲れさん。本当にありがとうねぇ。お陰でうんと助かったよ」
ありがとうございます、と麦茶の入ったコップを受け取り、ごくごくとそれを飲み干す華恋。
日も落ちて外は大分涼しくなってきたが、それでも夏場に天ぷらを揚げれば暑いに決まっている。
「お役に立てて何よりです。他に何か手伝う事はありますか?」
「いやいや、流石にお客さんにこれ以上働かせちゃ悪いからね。後はゆっくりしておくれ」
と、ここで思い出したように「きゅぅ」と華恋の腹の虫が鳴った。
自分の腹から出た情けない音に、華恋がぽっと赤面する。
「ははは、お腹も空いたろう? 向こうでお寿司でも食べておいで」
「……そ、そうします」
恥ずかしさを隠すようにそそくさと台所から出て行こうとする華恋の背中に董子が声を掛ける。
「華恋ちゃん。いつでもお嫁においで。アンタなら大歓迎さ」
「えへへ、ありがとうございます。……でも、まだまだなんです」
「……何がだい?」
「約束したんです。零士君と二人で、世界一綺麗になるって。それで、二人の目標が叶ったら、その時彼が改めてプロポーズしてくれるって。だから私、もっと頑張って、綺麗にならなきゃなんです」
董子の目を見つめる華恋の瞳には、焦りの色は一切無く、むしろ大好きな彼と共に目標に向かっていける喜びに溢れていて。
そんな恋する乙女の顔をされては、流石の董子もやれやれと溜息を吐かざるを得なかった。
全く、あの孫はまたとんでもなく無茶な事を言ったものだ。
一度言い出したら絶対に曲げないその頑固さは、果たして誰に似たのやら。
「……そうかい。なら、頑張りな。応援してるよ」
「はい! ありがとうございます!」
咲き誇るような笑顔でそう返し、宴会場と化した客間へと駆けて行く背中を見つめて、董子は「健気だねぇ」と一言呟いた。
混沌神「華恋ちゃんの評価がウナギライジング」
作者「あと、言うまでもないけど、ハバネロゴシゴシは危険だから絶対にマネしちゃだめだぞ‼」
混沌神「ちなみにハバネロゴシゴシの傷はジジイが自分で治したらしいですよ、奥さん」
董子「ふんっ、そのままくたばりゃよかったのよ」
作者「おばあちゃん怖ぁい……」
混沌神「でもでも、本当は嬉しい癖に。そうじゃなきゃ宴会の準備なんてしないでしょ?」
董子「ふ、ふん! 知りません!」
作者「ツンデレ乙。じいちゃん愛されてるなぁ。突然ふらっと帰って来ても、皆して迎えてくれるんだもん」
董子「そりゃあ人徳ですよ。なんだかんだ面倒見はいいし、魔法で病気やけがを治してもらった人も多いもの。それにあの人がフラフラ定まらないのは皆が知る所ですからね。むしろ孫二人生まれるまでよく持ったって感じだわ」
混沌神「成程。ところでジジババたち皆、ひ孫の顔期待しすぎじゃね?」
ジジババ「「「歳取ると皆こうなる」」」(期待の視線)
零士&華恋「////」
作者&混沌神「カァーッ、ペッ‼」




