俺と彼女のダンジョンダイエット 3
2月14日。
その日の学校内はいつになく浮ついた雰囲気が漂っていた。
特にスクールカースト中層民たちの態度は特に顕著で、下駄箱を開ける前に少し間があったり、意味も無く机の中をゴソゴソしてみたりと、行動があまりにも不自然だ。
何かと思って訝しんでいると自分の机の中から綺麗にラッピングされた市販の板チョコが出てきて、俺はそれを見てようやく今日がバレンタインデーだった事を思い出す。
今の今まで自分にはまるで縁の無いイベントだったからすっかり忘れていた。
ここ数日は久しぶりに家でずっとゲーム漬けの日々を送っていたからテレビも見ておらず、この時期になると鬱陶しいお菓子会社のCMも目に入らなかったのだ。
というか何気に人生初の母親以外からのチョコである。素直に嬉しい。
一緒に入っていた手紙によると、どうやらこのチョコは別のクラスの女子から俺へ、という事らしい。
もしよければ友達になってほしいとの事で、ラインのIDも書かれている。
如何にもリア充がやりそうな手口に俺は思わず苦笑いしてしまう。
顔も知らない相手だが、人生初のバレンタインチョコをくれた相手でもあるし、一応、社交辞令としてお礼くらいは送っておくべきだろう。
そう思ってIDを入力すると、ミカとかいうギャルっぽい女子の自撮りの待ち受け画像が出てきた。
なんというか、メイクといい、顔やカメラの角度といい、どうしたら自分が一番可愛く見えるか知り尽くしてますって感じだ。
でも、こういう自分をより良く見せようする姿勢は嫌いじゃない。
これもまた一つの努力だし、努力している人間には好感が持てる。
とはいえ、まだ相手の事を何も知らないのもまた事実。
なのであくまで社交辞令と割り切って「チョコありがとう」と、簡潔な文を送信。
するとメッセージを送って数秒と経たない内に、返事が返ってくる。
ミカ:『チョコ見てくれたんだ』
ミカ:『あたし、三上美香ね。よろー』
い、いきなりグイグイ来るなコイツ。この押しの強さとレスポンスの速さがリア充の秘訣なのだろうか。
ともあれここで既読スルーは流石に失礼なので、俺も簡潔に自己紹介をする。
レイジ:『加苅零士。よろしく』
ミカ:『もしかして、東小?』
……は? えっ、なにコイツ、もしかして昔の俺を知ってる!?
しかし、記憶を掘り返してみても、三上美香なんて、回文みたいな名前の女子に心当たりはない。
というか、そもそも小学校の頃は俺にとっての暗黒時代なので、自分をいじめていた奴らの名前なんてわざわざ覚えているわけがなかった。
……大丈夫だ。落ち着け。俺はあの頃の俺じゃない。
あの辛いダイエットを経て、俺は生まれ変わったんだ。自分を信じろ!
レイジ:『そうだけど』
ミカ:『やっぱり! 今からそっち行くから』
俺が咄嗟にやめろと送信しようとする直前、写真のギャルが俺のいる教室へと飛び込んできた。畜生、遅かったか!
有象無象たちの視線が集まる中、ギャルは俺の座る窓側の一番後ろの席まで一直線に迫ってくる。
写真と同じく明るい茶髪のサイドアップで、上は学校指定のベージュのセーターを着ているくせに、スカートの丈はもの凄く短い。
実際に見てみると角度マジックに頼らなくても鼻や顎のラインは整っており、元々の素材が良いのが良く分かった。
俺の席までやってきたビッチっぽいギャルは、断りも入れずに隣の男子の机に腰かけると、周囲の目も気にせず俺に話しかけてきた。
あーあー、もう、そんな短いスカートで足組んだら駄目でしょうが。
「よっす! 久しぶり……でいいのかな? もっかい聞くけど、ホントにあの加苅くん? 偽物じゃないよね?」
「お前の言う加苅がデブでチビで豚足な加苅零士ならその通りだが?」
「うっそマジ!? 痩せたらちょーイケメンじゃん! あ、アタシの事、覚えてる? 小4まで同じクラスだった藤谷美香」
藤谷という名字を聞いて、俺はようやく朧げながら暗黒時代の記憶を思い出した。
そうだ。確か小4くらいの時に家庭の事情だとか言って転校して行った奴がいたような……
「……っ! お前、まさか幽霊ミカ子!? なんだよお前、幽霊女からビッチギャルにジョブチェンジしたのかよ!?」
「ビッチ言うな! アタシなりに頑張ったんだからな!? つーかアンタこそ痩せすぎでしょ!?」
幽霊ミカ子。
俺が小学生の時、同じクラスにいた根暗な女子、藤谷美香に付けられていたあだ名だ。
あだ名の由来は、いつも目元を前髪で隠しており、猫背で、声も小さいので、まるで幽霊みたいだから。
そのせいでいっつも男子たちから「ミカ子に触られたら呪われるぞー」なんていじめられていた記憶がある。
俺とは家の方向が一緒で、いじめられっ子繋がりでたまに下校中に話したりすることもあったような気がするが、何を話していたかまでは覚えていない。
そんなミカ子がまさか同じ高校に来ていたなんて。
お互いあの頃から随分と変わったし、コイツに至っては名字すら変わっていたのだから気付かなくて当然だった。
「1組の加苅の噂は聞いてたけど、まさかあの『かがトン』だったなんてね、あはっマジウケる」
「かがトンはマジでやめろ」
かがトンとは言うまでもなく、俺の昔のあだ名だ。
由来はそのまま、加苅と豚を足して『かがトン』。安直にも程がある。
「大体アンタ、最近急にイケメンになってきたらしいじゃん? 隠しダンジョンにでも潜ってんの?」
「それはこっちのセリフなんだが。なんだお前、幽霊ミカ子は第1形態で、今の姿が完全体ですってか?」
「だれが人造人間だ! ……ま、話したくないってなら深くは突っ込まないであげるけど。んじゃ、とりまラインは交換したし、またアタシら友達ってことで、よろ~」
ちらりと横目で時計を確認し、座っていた机からぴょいっと立ち上がったミカ子は、手をひらひら振りながら嵐のように去っていった。
つ、疲れた……。
有象無象どもの妬まし気な視線が突き刺さる中、丁度チャイムが鳴って担任が教室に入ってくる。
俺とクラスの男子たちの間に跨る溝がさらに広がったのは、火を見るよりも明らかだった。
◇ ◇ ◇
その日の放課後。
バレンタインデーだからといって、今日と明日がテスト期間であることには変わりない。
ショートホームルームが終わり次第、俺はいつも通りそそくさと昇降口へと直行する。
朝の件もあるので、下駄箱を開ける時に少し警戒してしまったが、それらしきものは1つも入っていなかった。
……ま、そりゃそうだよな。ちょっとだけ期待してた俺がバカだった。
というか、朝あんな派手なギャルからチョコを貰ったせいで、また新たな噂が光の速さで拡散したに違いない。
だからチョコが無いのはミカ子のせいだ!
などと心の中で悪態を吐きながら靴を履いていると、後ろの方から花沢さんがおっぱいを弾ませながら走って追いかけてくるのが見えた。うーん、特盛。
「かっ、加苅くん。ちょっといい?」
「どしたの花沢さん」
と、ここで俺は花沢さんの些細な変化に気が付く。
具体的に言えば、セクシーな唇がいつも以上に艶々している。まるで焼肉でも食べた後のように。
「あれ……? 花沢さん、焼肉食べた?」
「ち、ちがいます! リップ塗ってみたんだけど……どう?」
「へぇ。いいんじゃない? 花沢さん、元々口元だけは綺麗だったし」
「そ、そうかな? まあ確かに、唇だけは前と変わってないけど」
まあ、他が酷すぎてそこだけ浮いてしまい、全体的に見ればモンスターには違いなかったんだけど。
「で? 何か用?」
「あ、その……ここじゃちょっとアレだから」
「ああ、成程。じゃあ、歩きながら話そうか」
花沢さんの態度からダンジョン関連の相談だとあたりを付けた俺は、2人で校門を出てしばらく歩いてから再び話題を切り出した。
「それで? ダンジョンで何かあったの?」
「へ? ……あっ。ち、ちがくて! あ、あの、あのね?」
ぽかん、と口を開けて、それから急にわたわたし始める花沢さん。
……なんだろう、この気持ち。
ああ、そうか。これが萌えか。最近ようやく内面と見た目が釣り合ってきたからな。
「そ、その……これっ!」
と、彼女が鞄から取り出したのは、綺麗にラッピングされた少し大きめの箱。
ま、まさかこれは……っ!
「こ、これはもしかして、その……バレンティン的な?」
「それは野球選手。じゃなくて、その……バレンタイン的な。ほ、ほら! いつもお世話になってるし!」
「あ、ああ、そういう事ね!」
ワァオ。なんてこった。初めて母さん以外からバレンタインチョコ貰っちゃった! やったぁ!
……なんて、朝の一幕を無かったことにして頭の中で小芝居するくらいには、嬉しいやら照れくさいやら、兎に角衝撃的な出来事である。
なにせ予想外の相手からの、まさかの手渡し。しかも包み方から見て明らかに手作りだ。
市販の板チョコをラッピングしただけの紛い物とはわけが違う。
正真正銘、本当に気持ちの籠った贈り物である。
「あ、ありがとう。その……すごく嬉しい、です」
「そ、そっかぁ。よかった」
どこかほっとしたような彼女の笑顔に、思わず胸が高鳴る。
あ、アカンこれ。恥ずかしくて花沢さんの顔見れない。
なんかもう、この子が世界一の美少女って事でもういいような気がしてきた。決意脆すぎかよ、俺。
あーもう、顔が熱い! なんだこれアオハルかよ!
っていうかそもそも、バレンタインって架空のイベントじゃなかったっけ!?
「……開けていいっすか」
「えっ!? ここで食べるの!?」
「えっ、ここじゃ食べられない感じのものなの!?」
「い、いや。そんな事は……まあ、頑張れば、なんとか?」
「食べるのに努力が必要なの!?」
どんなチョコだよ、それ。
「そ、そんなこと無いよ!? ただちょっと、形が崩れちゃうかもってだけ」
「そ、そうすか……じゃあ、家でゆっくり食べます」
「う、うん。そうして? あ、あと、出来れば感想とか、聞かせてくれると嬉しいです……はい」
あーもう! 顔真っ赤にさせちゃってからに! なんだこの可愛い生き物。
これがあの超絶ド級のモンスターデブスな花沢さんと同一人物だなんて、自分でやっといてなんだけど本当に信じられない。
やっぱり、ダンジョンってすごい(小並感)
その後、お互い照れくさいまま無言で駅まで歩いて電車に乗り、ぎこちない挨拶を交わして、花沢さんの家の前で別れた。
家に帰ってから箱を開けてみると、随分と本格的なガトーショコラが入っていてびっくり。見た目のクオリティは完全にプロのそれだ。
そして食べてみたらまたびっくり。もう美味いのなんの。
一口食べれば口の中に広がる濃厚なチョコレート色の楽園。ビターな甘さがくせになる美味さだ。
次があったら1ホール丸ごと食べたいと思わせる、そんな1品だった。
これが手作り? お金取れるレベルだよこれ。
思った感想をそのままラインで送ると、『気が向いたらまた作ってあげる』と返事が返ってくる。やったぜ!
◇ ◇ ◇
「よしっ! 大成功!」
私は送られてきたラインを見て思わずガッツポーズする。
朝のギャル騒動には驚いたし、少し焦りもしたけど、それでも頑張って作った甲斐はあった。
ちなみに、余った分は全部私とおばあちゃんのお腹の中だ。ちょっと食べ過ぎちゃったな。
でもこれで彼の胃袋はがっちりと掴めたはず。
これからもっと美味しいモノ食べさせてあげたら、もっと仲良くなれるかな?
「……今度は、お弁当作ってみようかな」
次のダンジョンアタックは土曜日だし、探索でお腹も空くだろうからきっと喜んでくれるよね!
おかずは何が良いかなぁ。やっぱり唐揚げは外せないよね。あと、卵焼きとポテトサラダも。
他には、アレもコレもソレも、うーん迷うなぁ。
いっそ全部作っちゃおうかなぁ。