南の島のバーニングラブ! 9
飛行場の建物に逃げ込み、屋敷に連絡を入れてすぐの事だった。
砲弾が炸裂するような音が建物のすぐ近くから聞こえてきたかと思えば、建物の中にまで霧が侵入してきて、また私はどこかへと飛ばされてしまった。
くそッ、折角安全な場所を確保できたと思った矢先にこれか!
どうやら敵はとことん、私に強くなることを強制したいらしい。
戦いたくなくても、霧の向こうからどんどん湧いてくる敵を仕方なく粉砕するたびに、イライラが募る。
いっその事、私がこの霧の原因を探し出して始末してしまった方が早いような気がしてきた。
少なくとも、このままいつ終わるかも分からない襲撃に場当たり的に対応するよりは、そっちの方が解決は早いだろう。
剛なら……アイツならきっと、私がどれだけ強くなっても追いかけてきてくれるはずだ。
……すまない、剛。強すぎる私を許してくれ……ッ!
「だぁぁッ! さっきからプラプラブラブラ、嫁入り前の乙女に汚いモノを見せつけおってからにッ! もう怒った! こうなったら速攻で叩きのめしてくれるわァッ!」
背後から襲い掛かってきたサメ男の頭を裏拳で吹き飛ばした私は、襲い掛かってくる変態たち相手に怒りのままに暴れまくった。
私の婚期を遅らせた罪、地獄でたっぷりと償わせてやるッッッ!
敵を倒したことで視界が広がると、ここが島の西側の砂浜の上だという事が分かった。
すると、海の向こうに霧を吐き出す如何にもそれらしきボロボロの戦艦を見つけた。
「キィサァマァかァァァァァァァァッッ!」
海から這い上がってくる変態たちを体当たりでひき殺し、そのまま海の上を強引に走り抜けた私は、白く渦巻く横穴へと突撃した。
◇ ◇ ◇
「はははは、すげぇすげぇ! 最近の電話は写真も撮れんのか!」
「あの……そろそろ返してくれない?」
「ここをこうして……おお! 撮れたぞ! ガハハッ! ピースピース」
あれから、俺は酔っぱらったじいちゃんからの質問攻めにあった。
まず聞かれたのはこの17年で変わった世の中の事だった。
なので俺が知る限りの知識を話すと、じいちゃんの興味は俺が持っていたスマホへと移り、今は俺のスマホをおもちゃにしてゲラゲラと笑っている。
教えたわけでも無いのに、あっという間にスマホの操作を習得して、自撮りまで始めてしまったその頭の柔らかさは凄いと思うが、いい加減返してほしい。
「はー、笑った笑った。ほれ、あんがとよ」
散々遊んで満足したのか、じいちゃんが俺のスマホを投げ返す。
「まさに人類の科学は日進月歩だなァ。ついこの間までコンピューターつったら、こーんなデケェ箱だったのによ。今じゃこんな薄っぺらくなっちまいやがった。写真撮っただけで地図まで作ってくれるなんて、便利な世の中になったもんだなァ」
腕を組みしみじみと頷くじいちゃん。
果たして、ついこの間というのが、いつの時代の事なのかは俺には想像もつかないが、広げた腕の大きさから見て半世紀以上前なのは確実だろう。
「で? お前今コレはいんのか? えぇ? どんな子だ」
じいちゃんが小指を立ててニヤニヤと聞いてくる。また唐突に話題が変わったな。
「……確かに俺は女の子を助ける為にここに来たけど、俺たちはそういう関係じゃねぇよ」
「あぁ? なんでぃ、まだ付き合ってねぇのか。じゃあ、いつ告白すんだ?」
「こ、こここ告白!?」
告白!? 俺が? 彼女に? ……何を?
「へっへっへ、意外と初心な反応すんじゃねぇか。その子のどこが好きなんだよ。えぇ? ほれ、恥ずかしがらずに、じいちゃんに話してみろって」
「す、好きとか嫌いとかそういうのじゃねぇって!」
「あぁ? じゃあなんでぇ、お前、好きでもねぇ女のためにこんなトコまで来たってのかよ」
「……約束したんだよ。その子を世界一の美少女にしてやるって。彼女がいなくなったら、俺はその約束を果たせなくなっちまうだろ」
「ほぉ! そりゃまた随分と大きく出たもんだな。なんでそんな約束したんだよ」
じいちゃんが俺の目を真っすぐに見つめて聞いてくる。
その目には先程までとは違い、確かな理性の光が宿っていた。……誤魔化すのは無理そうだ。
俺は渋々、花沢さんとあの約束をするに至った経緯と、今に至るまでを、一つ一つ思い出すように、じいちゃんに聞かせた。
彼女が最初とんでもないデブのブスで、それが原因でイジメられていた事。
そんな彼女に過去の自分を重ねて、彼女の変わりたいという意思に共感した事。
その場の勢いでとんでもない約束をしてしまった事。
そして、自分への戒めとして、絶対に嘘は吐かないと誓い、その誓いを守るために、彼女を世界一の美少女にすると決意した事。
一つ一つ思い出しながら話していると、最近彼女が奇麗になってきた事で、その決意が揺らいでいる自分が浮き彫りになって、もの凄く恥ずかしくなってくる。
花沢さんが美少女になったからって、水着姿なんか想像して、鼻の下伸ばして浮かれるなんて、やっぱり俺、最低だ……。
「ふぅむ……。成程な。お前の言い分は分かった。じゃあ聞くが、お前、その子の気持ち考えた事あんのか? え?」
「花沢さんの……気持ち……」
言われて、ハッとした。
元々、『世界一の美少女に』と言い出したのは俺だし、それを実行しようとしているのも、自分で言ったことを嘘にしないためだ。
今まで、彼女も俺が掲げたとんでもない目標に向かって頑張っていると思っていたし、実際、そうなるように努力する姿も見てきた。
……けど、今まで一度でも、彼女が『世界一の美少女になりたい』なんて、言ったことがあったか……?
「はぁ……。だーいぶ頭が凝り固まっちまってるなァ、お前。いいか? よーく考えてみろ。この世のどこに『好きでもねぇ男に弁当こさえてくれる女』がいるってんだ。その花沢さんって子は、お前の母ちゃんか何かか? え?」
「……ッ!?」
その言葉に、俺は頭から雷に打たれたような衝撃を受けた。
言われてみれば当たり前の事だ。確かに、そんな女の子がこの世の中にいるはずがない。
どうして今まで気付かなかったのだろう……。
じゃ、じゃあ、花沢さんは、俺の事が……?
いや、でも、そんなまさか。
だって、俺、彼女に好かれるような事、何もしてないぞ!?
イジメられていたのを助けたのだって、見ていて胸糞が悪かったからだし、言ってしまえばそれだって、俺の都合だ。
彼女の変わりたいという意思に共感したのは事実だが、世界一の美少女に云々のくだりは、全部俺の勝手な押し付けでしかない。
そんな自分勝手な男を好きになってくれる女の子なんて、それこそいるだろうか……?
俺が思考の迷路に迷い込みそうになった、その時。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!
突然、鐘を激しく鳴らしたような音が辺りに響き渡り、人魚たちがあわあわと慌てながら逃げるようにどこかへと飛んで行ってしまった。
「おぉっ!? またとんでもねぇ気配が急に現れたな。噴火寸前の火山みてぇだ。オイ零士、お前、もう行け。ここにもすぐに俺を回収するために魚野郎どもが集まってくるぞ」
じいちゃんが遠くの気配を探るように方眉を顰めて、慌てて残った酒を徳利から直接ぐびぐびと呷った。
火山みたいな気配というのが誰の事かは分からないが、もしかしてじいちゃんも兄貴みたいに『気』を感じられるのだろうか。
「じいちゃんはどうすんだよ!?」
「なぁに、抵抗さえしなけりゃ優しいもんさ。ただしばらくの間、連帯責任で全員休みなしでサンバ踊らされるけどな」
そうこう言っている間に、舞台の奥から新鮮なキモイ魚人たちがビチビチと湧き出てきた。う、うわぁ、酷い絵面だ。
「ほぅら来たぞ来たぞ。お前なら、さっきみてぇにかくれんぼしてりゃ見つかんねぇだろ、ほら、行け!」
「えっ、ちょ!? うわぁ!?」
もうすぐ100歳になる酔っぱらいのジジイとは思えないほどの怪力で天井までブン投げられた俺は、どうにか天井に逆さまに着地する。
ウインクで俺を見送るじいちゃんに俺は頷くと、そのまま魚人たちの頭上を音も無く駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
囚われのサンバダンサーズたちと行動を開始した私は、まず最初に奪われた装備を取り返すことにした。
奪われた装備や持ち物は全て「こういしつ」の鍵付きロッカーの中に保管されており、その鍵は人魚たちのリーダーが持っているらしい。
この時間帯だと人魚リーダーはいつも「きゅうけいしつ」で他の人魚たちと手話でお話しているとの情報があったので、今はその「きゅうけいしつ」を目指している所だ。
「しょくどう」から繋がっている廊下をしばらく進むと、床に赤い線が引かれた所までやってきた。
この赤い線から先へ出たら駄目、ということらしい。
ここまで来て引き返すつもりもないので、私は一思いに線を飛び越えた。
……ここから先、モンスターに見つかればすぐさま警鐘が鳴らされるらしい。気を引き締めて行こう。
途中、何度か魚人と遭遇したけど、見つかる前に『ブラインド』で視界を奪い、騒がれる前に魔力弾で仕留めた。
今まで殆ど使った事なかったけど、やっぱり視界を奪えるのって凄く強いんだなぁと改めて実感した。
そうこうしてようやく「きゅうけいしつ」へとたどり着いた私は、木製のドアの隙間から中の様子を伺う。
情報通り、首から真鍮の鍵を下げた赤い髪の人魚が、ほかの人魚たちと手話で会話している。皆笑顔でとっても楽しそうだ。
……その内効果は消えるから、ごめんね。
『ブラインド』
私が唱えた暗黒魔法が人魚たちの視界を奪う。
突然目の前が真っ暗になって人魚たちは慌てふためいている。
その隙に部屋の外から詠唱破棄の『テレキネシス』で、赤い髪の人魚から鍵をこっそり奪うと、そのまま部屋をそっと後にした。
人魚へ攻撃すると全身が猛烈に痒くなる呪いが掛かるらしいけど、『ブラインド』は状態異常魔法だからギリギリセーフだ。
部屋の中でドタバタと騒いでいる人魚たちに心の中で謝り、意識を切り替えた私はその足で「こういしつ」を目指した。
運よく魚人とすれ違うことなく、誰もいない「こういしつ」へと侵入した私は鍵を使ってロッカーを開ける。
中には私の装備や囚われた人々の私物などが、丁寧に整頓されて仕舞われており、それらを全部回収してから服を着替えた。
回収した物は後で全員に返却する予定になっている。
今頃、皆は今日シフトが休みの人たちに脱出計画を話しに行っているはずだ。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!
突然鳴り出した警鐘に思わず立ち止まる。
装備を回収したら一度「しょくどう」に全員集合して、それから騒ぎを起こしてその隙に私が逃げ出す手筈になっていたはずだが、何か予定外の事態が起きているらしい。
ともあれ、事態が動き出してしまった以上、もう後戻りはできない。
私は警鐘が鳴り響く中、担がれて運ばれてきた時の記憶を頼りに出口を探して走り出した。
姉弟子 怒りの列〇王走り‼
じいちゃんのざっくりしたプロフィール。※長いから読み飛ばしてもおk
加苅龍之介 98歳(肉体年齢は40代くらい)
レベル63
信州は上田の生まれ。先祖代々続く百姓の次男として生まれる。
戦時中に徴兵されて陸軍に入営し、戦局が激化する中、ラバウルへ出征。現地で地獄を見るも、原住民の助けと持ち前の運の良さでゲリラ戦を生き延び、五体満足の状態で戦後日本に復員した。
その後、数年は実家で家業を手伝っていたが、家族の優しさが逆に彼を苦しめ、警察予備隊が設立されると居場所を求めるようにそこへ入隊。
その後の妖怪事件(ダンジョン発生)で世界で初めてレベルアップを果たした。
29歳の時にひょんなことから偶然知り合った女性とそのまま恋愛結婚し、その後男の子が一人生まれたが、ハザードで漏れ出したウイルス型モンスターに感染してしまい僅か2歳で命を落としてしまう。
妻も同様に感染し、どうにか一命は取り留めたものの、聴力を完全に失ってしまい、子供を産めない身体になってしまった。
その後、日本に探索者制度が導入されると、ダンジョンに妻を救う道を見た龍之介は探索者に転職した。
だが、妻は息子と自分の耳を奪ったダンジョンを憎んでおり、ダンジョンから出てきたアイテムを口にしようとはせず、48歳でガンを患いこの世を去った。
妻の死後、彼は酒浸りになり、働くこともせず昼間から酒ばかり飲んで過ごしていた。
そんな彼の破滅的な生活を見かねて声を掛けたのが、当時行きつけの居酒屋で看板娘をしていた、現在の妻。
彼女の献身的な支えにより、どうにか精神的に持ち治った龍之介は25歳年下の彼女と再婚し、二人の娘を設けた。※その姉妹のお姉さんの方が零士のお母さん。
子供が生まれ、真面目に生きようと決心した彼は、探索者を辞めて妻と子供と一緒に長野へと帰省し、今まで稼いだ金で土地と家を買い農家へと転職した。
その後はダンジョン探索で鍛えた身体と魔法を駆使して、マジカル農家として二人の娘を育て上げる。
だが、二人目の孫の顔を見た瞬間、自分の役目は終わったと満足してしまい、それがきっかけで生来の冒険魂に火が付いてしまう。
そしてそのまま書置きだけを残して、日本語しか喋れないくせに世界各地のダンジョンを巡る旅に出ようとするも、幽霊船に囚われて17年もサンバを踊らされていた。どういうことだってばよ!?
98歳、未だ現役。当分くたばる予定は無い。




