南の島のバーニングラブ! 2
日本を出発して17時間あまり。
結婚式の招待客を乗せた自家用ジェットは、いよいよカリブ海に浮かぶ彼の島の滑走路へと着陸する。
タラップから滑走路へと降り立った俺たちを、真夏のカリブ海の照り付けるような日差しが出迎える。
日本と違ってジメジメしていないので、吹き抜ける海風がとても爽やかだった。
すると着陸した飛行機の横に1台のリムジンがやってくる。
リムジンの中から執事のおじさんとメイドのお姉さんが降りてきて、彼らの案内で俺たち含む10名あまりの招待客たちはながーいリムジンに乗って、藤堂さんの別荘へと移動する。
トロピカルな植物たちの林を抜けた先にあったのは、白を基調とした南国風の大きな屋敷だった。何となくだが、シンガポールの高級リゾートみたいな雰囲気がある。行った事ないけど。
両側に大きなヤシの木が生えた門を潜って、水瓶を抱えた人魚の噴水がある玄関の前にリムジンは停車した。
執事の案内で屋敷の中へと入ると、玄関正面にあった大階段を上り、豪華なパーティーホールへと通される。
学校の体育館よりもさらに広いホールの天井にはシャンデリアが飾られていて、今回の主役である眩いばかりの美青年(物理)と、目が眩むほどの金髪美女(物理)が放つキラキラオーラを反射してもの凄く輝いている。
「おっ、来たな! 皆、遠路はるばるよう来てくれたなぁ!」
と、ホールの奥で先に到着していたらしい他の招待客たちと談笑していた新郎新婦が両手を広げて俺たちを出迎え、一人一人に声をかけたり握手したりして回る。
こうして見渡すと、招待客たちはいずれも一線を退いた高名な探索者ばかりが目立つな。
「やっ、加苅くん、花沢さん。しばらくぶりやな!」
こちらにやってきた藤堂さんと俺たちは握手を交わす。
「ご無沙汰してます藤堂さん。その節は本当にありがとうございました。あ、それとご結婚おめでとうございます」
「お、おめでとうございますっ! 突然招待状が来た時はびっくりしましたよ」
確かに、顔真っ青だったもんね。花沢さん。
「ははは。そらサプライズ大成功やな。ほんで、紹介しなくても知っとるやろけど、この人がワイの妻のメアリーや」
「……今度こそ……」
「「???」」
「いえ、ごめんなさい。なんでもないの。はじめまして。私がメアリー・ウィルソンよ。あなたたちのお陰で彼を失わずに済んだわ。本当に、本当にありがとう」
藤堂さんが隣に連れ添っていた目が眩むほどの金髪美女(物理)に俺たちを紹介する。
すると、彼女はポツリと何かを呟き、それからすぐに柔らかな笑顔を浮かべて俺たちの手を取り、ネイティブな発音の日本語で挨拶してくれた。
すげぇ、本物のメアリー・ウィルソンだ!
『彼女の美貌を表す言葉を我々は持たない』というのは、有名な映画監督のセリフだが、まさにその通りだ。
彼女のポスターを貼りだした地域の犯罪発生率を70%以上も減少させたなんて実話を持つ伝説の女優の美貌を、俺の貧相な語彙力で言い表す事なんてとてもできない。
「結婚式は明日やけど、ここには好きなだけおってくれてかまへんからな。たっぷり遊んで、夏の思い出作っていってや」
「彼の恩人ですもの。精一杯おもてなしさせてもらうわ。是非、心ゆくまで楽しんでいってね?」
俺たちがそれぞれお礼を言って2人に頭を下げると、2人は笑って手を振り、俺たちの横にいるミカ子たちに話しかける。
「や、三上さん。しばらくぶりやな」
「は、はい! その節は本当にお世話になりました!」
「ちょっと見ない間にまた綺麗になったなぁ。ほんで、そっちの彼は初めましてやな?」
「────はっ!? は、ハイッ、はジめマしテ……っ。マ、マックス・オリバーですっ」
初めての藤堂&メアリーショックで意識を漂白されていたマックスが再起動して、ロボットみたくギクシャクとした動きで挨拶した。
まあ、最初は誰でもそうなるよな。
「ははは、そんな緊張せんでもええって。たしか、花沢さんのはとこなんやって? マックス君たちも思う存分楽しんで行ってな」
「折角の夏休みですものね。素敵な思い出いっぱい作っていってね」
「「は、はい! ありがとうございます!」」
神話級の美貌にあてられて意識が変な所にトリップしかけている2人を差し置いて、師範代がいよいよ待ちきれないとばかりに藤堂さんに声を掛けた。
「元気だったか藤堂ッ!」
「おう! ワイはいつでも元気やで。御剣も変わりなさそうやな。涼ちゃんも久しぶり。しばらく見ない間にまた大きなったなぁ。また背ぇ伸びたんとちゃうか?」
「ふふっ、前に会った時も成人してましたよ。流石にもう背は伸びませんって」
「せやったかいな? いかんなぁ、身体は若くても忙しくてついつい忘れてまうわ」
なんか藤堂さんが親戚のおじさんみたいな事言ってる。
そういえば師範代と藤堂さんって同い年なんだったっけ。こうして見ると悪い冗談にしか聞こえないな。
「それにしても藤堂さんもついに結婚か……。私の初恋だったんだがな。全く、急に結婚発表なんて、世界中のファンたちが怒り狂うぞ?」
涼さんが少し寂しそうな顔でしみじみと呟く。
「せやから世界同時中継で発表したんやないか。ワイらのスマイル見て許してくれへん人類なんておらへんからな」
「相変わらず無茶苦茶な……」
ほんとだよ。
「そんな事よりだ! とうとう娘の婿……になりうるかもしれん漢を見つけたぞ! 紹介しよう、螺合剛くんだッ!」
「ど、どうも……」
随分と気の早い紹介に気まずそうにしている。
それでも2人の美貌を前にしても動じないあたりは流石と言えよう。
「話は聞いとるで。武術の試合で涼ちゃんにあと一歩のとこまで迫ったんやって? 大したもんや」
「いえ、自分なんてまだまだです。そもそも、どうして自分がここに居るのか不思議なくらいで……」
「ははは、御剣は昔から強引やしなぁ。まだまだ先は長く険しいやろけど、懲りずに頑張りや。積み重ねたモンは決して無駄にはならんからな」
「……ッ!」
藤堂さんが剛の目を真っすぐ見つめ、自身の半生を振り返るように激励の言葉を送る。
世界一積み重ねた人から送られた言葉は、世界一の説得力をもって彼の心に染み入ったようで、その瞳に熱意の炎を灯した。
「さて、ほんなら皆さん長旅でお疲れやろし、夕食の時間までゆっくりなさってください。お部屋まではメイドに案内させますさかい」
全員への挨拶を済ませた藤堂さんが手を叩くと、ホールの入り口からメイドさんたちがずらりと入って来て整列し、一糸乱れぬ動きで優雅に一礼する。すごい(小並感)
改めて執事とかメイドとかって本当に実在する職業なんだなぁと、感心してしまった。
そのままメイドさんに案内を変わられて、俺たちはそれぞれ用意された自分の部屋へと通される。
案内された部屋は広々としており、日当たりの良い落ち着いた雰囲気の部屋だった。
テラスへと続く大窓は白いカーテンが掛かっていて、家具も木目調の温かみのあるデザインで統一されている。
トイレやシャワールームも完備されていて、キングサイズのベッドの横には冷蔵庫まで置いてある。
なんというか、本当に高級リゾートの一室という感じだ。
すでに荷物は飛行機から直接運び込まれており、ベッドの前に俺のキャリーケースが置いてあった。
「18時より先程のパーティーホールにてお夕食会を開催いたします。ご主人様も参加されますので、どうぞご気軽にご参加くださいませ。その他、何かご不明な点やご用件が御座いましたら、お近くのメイドになんなりとお申し付けください」
メイドさんが優雅に一礼して部屋を出て行く。その動きは優美でありながら一切の隙がない。むむむ、このメイドさん……デキる!
ここのメイドさんたち全員美人だし、きっとレベルもそれなりにあるはずだ。
そんで、いざって時はメイド暗殺拳とか使って戦うんだろうなぁとか想像してみたり。
「……漫画の読み過ぎだな」
フッカフカのベッドにダイブするとテラスから爽やかな風が入って来て、とても心地いい。
快適な空の旅だったし、体力的にも全然疲れていないが、それでもほぼ1日飛行機の中にいれば精神的な疲労は溜まるし、時差ボケだってあるわけで。
そんな疲れやベッドの快適さも手伝って、俺の意識はフカフカのベッドに吸い込まれるように落ちて行った。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
立食形式で行われた夕食会は、新郎新婦の半生を纏めた本人主演のPVなども上映されて、和やかなムードに包まれたまま終わった。
一流のシェフたちが腕によりをかけて作った料理の数々は、俺の粗末な語彙力では「美味い」という感想しか出て来ないくらい美味かった。
花沢さんなどは少しでもその味を盗もうと少しずつ料理を口に含んでは首を捻り、また一口食べてはメモを取ったりと、なんだか忙しそうだったが、最後には「いい勉強になった」と笑顔だったので彼女なりに満足できたのだろう。
さて、そんなこんなで楽しい夕食会も終わり、後は自由時間となったわけだが……暇だ。
ガッツリ昼寝してしまったせいで目がばっちり冴えてしまっている。
というか、俺の場合『睡眠短縮』スキルがあるので、夜は大体暇だ。
「……散歩でもするか」
一応ゲームも一通り持って来たが、折角南の島に来たのだから、夜の浜辺の散歩というのも悪くない気がしてきた。
そう思って、俺が部屋を出ようとした……その時。
部屋のドアがノックされる。誰だろう?
「はーい……って、メアリーさん!?」
ドアを開けるとそこには光り輝く美の女神が。……いきなりこの美貌はちょっと心臓に悪い。
「こんばんわ。夕食会は楽しんでもらえたかしら?」
「はい。料理、すごく美味しかったです」
「それは良かった。……それで、少しお話があるのだけど、いいかしら?」
「……? いいですけど。話って?」
「ここだとちょっとね……。ついてきてくれる?」
「は、はあ……?」
言われるままに彼女の後について行く。すると彼女は花沢さんの部屋にも立ち寄って、俺と同じように花沢さんも連れ出すと、そのまま屋敷の奥にある部屋へと俺たちを連れて行った。
「ギーシュ、連れてきたわ」
『おお、入ってくれ』
メアリーさんが部屋のドアをノックすると、中から藤堂さんの声が聞こえてきた。
ちなみにギーシュとは藤堂さんの海外での愛称だ。
儀十郎という名前は英語圏の人には発音しにくいらしく、彼は世界ではギーシュ・トードーと呼ばれている。
部屋に入るとそこは書斎だった。立派な書斎机の向こう側で、窓から星を見ていた彼は、俺たちが入ってくると同時にこちらを向いた。
「やあ、加苅くん、花沢さん。ええ夜やな」
「え、ええ……。それで、お話とは?」
「…………信じられへんかもしれんけど、今から話すことは全て真実や。それを頭に置いて聞いてほしい」
藤堂さんたちから漂うただならぬ気配に思わず唾をのむ。
彼がこんな前置きをするってことは、よっぽどの事だろう。
藤堂さんは何から話したものかと思案するように、たっぷりと間を置いて、それから静かに、とんでもない事を口にした。
「そうやな。ほんならまずは結論から言おか。今年の12月31日。……この世界は滅亡する」
な、なんだってー!




