南の島のバーニングラブ! 1
7月28日。早朝。
俺は自宅のリビングでキャリーケースの中身を確認していた。
……必要なモノは全部入っている。準備良し。
連日の猛暑日が続く夏休み真っ只中の現在、世間はあるニュースで持ち切りになっていた。
テレビを点ければどこの局もその話題ばかりで、これで何度目になるか分からない記者会見の再放送を垂れ流している。
『えー、突然の結婚発表で我々含め世界中の人々が大いに混乱していると思いますが、お相手はどなたなんでしょう?』
『はい。アメリカのSランク探索者で、女優のメアリー・ウィルソンさんです』
ちなみにお相手のメアリー・ウィルソン氏は、アメリカ合衆国大統領マイク・ウィルソン氏の妹でもある。
今やアメリカ史上最も人気のある大統領と、世界中でその名を知らぬ者はいないほどの大女優な両氏だが、彼らの人生は決して、最初から順風満帆では無かった。
貧乏な家庭に生まれ、容姿にも恵まれず、暴力ばかり振るう酒浸りの父親に振り回される悲惨な幼少時代を過ごした兄妹は、それでもビッグになりたいという夢を諦めずダンジョンに挑み、不断の努力で夢を勝ち取ったのだ。
そんな2人の半生は映画化もされて、ダンジョンドリームの象徴として世界中の人々に今なお夢と希望を与え続けている。
『お二人が交際されているという事自体、我々は今初めて知ったのですが……交際はいつ頃から?』
『彼女たちと知り合ったのは30年以上前の事ですが、メアリーさんと男女の交際を始めたのは15年ほど前からですね。自分で言うのもなんですが、当時から僕たちは世界的に名が知られていましたので、こっそりとお付き合いさせてもらっていました』
『なるほど。では今回ご結婚に至った理由はなんでしょうか?』
『世界を救うためにはこのタイミングしかなかった……って言ったら、信じてくれます?』
『はぁ……?』
『ははは、軽いジョークです。聞き流してください。さて。結婚を決めたきっかけですが、僕のかねてからの目標であったレベル99に到達した事で一つの人生の節目を迎え、これからの人生を愛する人と共に過ごしていこうと思ったからです』
画面の中の藤堂さんが微笑むと同時にカメラマンが一斉にシャッターを切る。
画面の右端に『ご本人の発光による強い光にご注意ください』という変なテロップが表示されているが、こんな表示が出るのは世界広しと言えど彼くらいなものだろう。
俺は自分宛てに送られてきた藤堂さんからの手紙を今一度確認する。
拝啓。盛夏の候。
暑い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか。
さて、いきなりではありますが、この度、私、藤堂儀十郎はメアリー・ウィルソンさんと夫婦になりました事をここにお知らせします。
ほんで、自分で言うのもなんやけど、ワイらって超有名人やん?
せやから、結婚式は本当に仲のいい人やお世話になった人だけを呼ぶプライベートと、各国のお偉いさんやら報道陣やらをドサッと呼ぶ公式の2回に分けてやろう思うとんねん。
でや、加苅くんと花沢さんをプライベートの方にご招待しようと思います。
式はカリブ海にあるワイの島でやろう思うとるので、美味しいご馳走ぎょうさん用意して待っとるさかい、お友達誘って夏の思い出作りに是非遊びに来てや。敬具。
追伸 ごっつ綺麗なビーチもあるで、水着用意しておいでな!
それと、式は探索者の装備でやろうかと思っとるから、装備も忘れずに!
水着。
その文字を見てふと頭に思い浮かぶのは、大胆なビキニを恥ずかしそうにしながらも着こなす花沢さんの姿。
夕日に染まった南国の浜辺で、彼女と二人きり。
交わる視線、触れ合いそうなほどまで近づく距離。
そしてそのまま────
「フンッ!」
俺は邪な妄想を追い出すべく、自分の顔を思い切りぶん殴った。
昨夜からずっとこんな感じなので、すでに俺の顔面はボコボコに腫れあがってしまっている。
いけない。何を妄想してるんだ俺はッ!
俺は花沢さんを世界一の美少女にすると約束しただろうッ!
ゴールはまだまだ先なのに、こんなところで満足しようとしてんじゃねぇ!
何度殴っても治まらない胸の高鳴り。
藤堂さんの結婚式の日が近づくにつれて、俺はだんだん変になっていった。
気付けば花沢さんの水着姿ばかり考えてしまい、そこから先だけは絶対に想像してはいけない気がして、その度に自分を殴った。
先のダンジョン攻略で手に入れた『集中』のスキルを使い、深呼吸しながら深く集中する。
しばらくすると浮ついた気持ちも少しは治まってきた。……よし。もう大丈夫。
そうとも、これは一時の気の迷いだ。
花沢さんがより俺好みの美少女になってきて、性欲が暴走してるだけなんだ。
冷静に、クールにいこう。
俺の性欲で彼女を傷つけるなんて事があっていい筈がない。
「ひっへひはふ(いってきます)」
寝ている両親を起さないように、俺はそっと家を出る。
大丈夫、いつも通り接すればいいんだ。
俺の迷いは、彼女の変わりたいという願いへの裏切りだ。気を強く持てッ!
俺は、もう、迷わないッ!
◇ ◇ ◇
駅前のロータリーにある時計を見ると時刻は6時50分を過ぎた所だった。
7時に駅前で待ち合わせという約束だけど、浮かれた私とマックスは待ちきれずに随分と早く家を出てしまい、かれこれ30分以上もこうしてここでソワソワと待っていた。
「た、楽しみなのは分かるけどさ、もうちょっと落ち着いたら?」
「そ、そうだね」
今まで彼とお出かけすることは何度かあったけど、お泊りで行くのはこれが初めてだ。しかも行き先が南の島ともなれば、これが浮かれずにいられようか。
そんな落ち着かない私の横で腕を組んでミカちゃんを待つマックスも、やっぱりそわそわしている。
お友達を誘って遊びにおいでとの事なので、今回はミカちゃんとマックスも一緒だ。剛さんも誘ったのだけど、「修業に専念したい」と断られてしまったので、今回南の島に行くのは4人だけである。
相沢さんは夏休み中は家族とタヒチに行くと言っていたし、富田くんもこの夏に探索者資格を取りに行くと言っていたので、彼らも不参加だ。
藤堂さんの方には加苅くんが電話で連絡してくれたようで、是非遊びにおいでとの事だった。
マックスは新装備のテストも兼ねてここ1週間ほどダンジョンに籠っていたので、すっかりレベルも上がって弛んでいたお腹の皮もスッキリした。
今やどこに出しても恥ずかしくない金髪マッチョマンだ。
これなら、南の島のビーチでも恥ずかしくないと、本人も嬉しそうにしていた。
「ごめーん! お待たせっ!」
「あ、ミカちゃん!」
するとここで電車に乗ってミカちゃんがやってきた。
レベルが上がってさらに美人になってきたミカちゃんは、最近メイクをナチュラル路線に変えたようで、今日の服装もそれに合わせた大人っぽいものになっている。
「……綺麗だ」
「そ、そうかな……。ありがと」
マックスの正直な感想にミカちゃんが照れくさそうに顔を赤らめた。
ふふふ、初々しいなぁ。2人の仲が今回の旅でさらに進展することを願うばかりだ。
あわよくば私も…………。
と、ここでようやく加苅くんが大きなキャリーケースを持って歩いてきた。
時間ぴったり。服装もアロハシャツに麦わら帽子にサングラスと、南の島に遊びに行く気満々の格好だ。……って!?
「ど、どうしたのその顔っ!?」
「ああ、ほれ? ははのめはまひははらひにひないへ(ああ、これ? ただの目覚ましだから気にしないで)」
「いや、気にするよ! 大怪我だよ!? 詠唱破棄『ヒーラル』!」
詠唱破棄で唱えた中級回復魔法で、彼のボコボコの顔はすぐさま元通りになった。
効果は落ちるけど、それでも魔力を溜めずにすぐ使えるのはやっぱり便利だ。
「ありがとう。結構痛かったんだ、顔」
「そりゃそうだよ!? だってア●パンマンみたいだったよ!?」
「お、丁度電車来たな。行こう行こう!」
「え? あ……」
彼は強引に話を打ち切って、駅の中へと入っていってしまう。
「どうしたんだろ、かがりん。っていうか本当に大丈夫なの? アレ」
「確かに彼らしくないね。何か悩みでもあるのかも」
ほんと、どうしちゃったんだろう……。
◇ ◇ ◇
まず電車で東京まで向かい、羽田から藤堂さんの自家用ジェットに乗り、給油のため一度サンフランシスコに寄って、そこから一気に南の島を目指す。それが今回の旅程だ。
そんなこんなで羽田空港に到着した俺たちだったが、彼の自家用機を待つ専用ロータリーで思いがけない人物とばったり出くわした。
「あれ……? 剛じゃないか!」
「おお、零士君じゃないか」
見間違えようもないほど濃ゆい横顔に声を掛けると、やはり剛だった。
しかしその服装は旅行に行くというよりは、着の身着のまま連れて来られたという感じである。
「修業したいって言ってたのに、なんでここにいるんだ?」
「いや、オレもそのつもりだったんだが、今朝道場に顔を出したら師範代がお前も来いって……」
「そこから先はワシが説明しよう」
「「あ、師範代」」
俺たちが頭の上にはてなを浮かべていると、浮かれたアロハ姿の師範代がぬっと割り込んできた。
どうにも道着姿のイメージが強すぎて、アロハ姿に違和感しか感じない。
畜生、服装殆ど俺と一緒じゃねぇか。なんか悔しい。
で、聞くところによると、なんと師範代と涼さんも藤堂さんから結婚式の招待状を貰っていたらしい。
なんでも師範代と藤堂さんは高校時代の親友で、今でもたまに酒を飲みあったりする仲なんだそうだ。
それで、今回は親友の結婚式という事で、娘の婿(最有力候補)である剛を彼に紹介してやろうという事らしく、すでに藤堂さんには電話で話を通してあるとの事だった。
「そんな、いくら何でも気が早いですよ!? まだ涼さんに勝ってもいないのに……」
「まあまあ、よいではないか。折角のめでたい日なのだ。ここはワシの顔を立てると思って、な?」
「む、むぅ……ッ。そう言われては……いや、でも……」
と、剛が不承不承といった感じでモニョっていると、ここでトイレに行っていた花沢さんたちと一緒に涼さんが戻ってきた。多分途中でばったり会ったんだろう。
「あれっ!? 剛じゃん!」
「え、剛さん!? なんでここに!?」
意外な場所で出くわした剛に驚きを顕わにする2人。
「娘の婿を親友に紹介するのだ。いても何もおかしくはあるまい?」
「だから気が早いですってッ!?」
「ふふふ、照れるな照れるな。早く強くなって私を嫁にしてくれよ? ダーリン」
「だ、だだだダーリンッ!?」
涼さんが人懐っこい笑顔で剛を後ろから抱きしめ、剛が慣れない呼び方に顎をしゃくれさせて動揺する。
どうやらこの前の戦いの結果がよほど嬉しかったらしい。
「む、そろそろ搭乗時間だな。行くぞ剛ッ!」
師範代がウキウキと身体を揺らしながら剛を搭乗口へと連れて行こうとする。
「いや、でもオレ、荷物も何も持ってきてないですよ!?」
「心配するな。私が適当に売店で揃えてきてやったから。すでに荷物は預けたし、後は飛行機に乗るだけだ! なぁに、南の島でも修業はできるさ! オラッ、行くぞダーリン」
「ぐえっ!? ちょ……!?」
涼さんに後ろから羽交い締めにされた剛がズルズルと搭乗口に引き摺られていく。
光の速さで外堀が埋まってるなぁ、剛のやつ。
ちなみに探索者資格はパスポート代わりにもなるし、ランクによって料金も割引される。
「わ、私たちも行こ?」
「お、おぅっ!?」
花沢さんが急に俺の手を握ってきて、思わず変な声が出た。なんだか今日の彼女はいつになく積極的だ。
彼女の手の柔らかさと、全身から香るいい匂いに思わずドキッとしてしまった。
加苅くんもそろそろ限界のご様子。
ついでに、お相手のメアリーさんのプロフィールをば ドン!
メアリー・ウィルソン
??歳(トップシークレット) ※肉体年齢は20歳くらい
レベル92(世界第2位)
目が眩むほどの金髪美女(物理)
探索者業の傍ら女優業もこなすスーパーウーマン。彼女が主演する映画のポスターが貼られた地域は、そのあまりの美しさに人々が改心するので犯罪発生率が70%以上減少する(実話)
ちなみに、本人が直接赴いて講演などを行えばさらに平和になる。
アメリカの犯罪抑制に欠かせないまさに平和の女神。
貧乏な家庭に生まれ、幼い頃はガリガリのそばかすまみれで、しかも出っ歯だった。
ろくでなしの父親に振り回されて悲惨な幼少時代を過ごすが、いつか絶対に成功してやるんだと父親を反面教師として兄のマイクと共に耐え忍び、15歳で兄と一緒に家を飛び出し、探索者として活動を開始する。
その後、様々な艱難辛苦にぶつかるも、持ち前のポジティブ思考と行動力で乗り越えて、ついにはスターダムへと上り詰めた。
……と、いうのが表のプロフィール。




