LONG☆LONG☆AGO 9
カンフー映画っぽいBGMが流れ、スモークの中から無駄にアクロバットな動きでカンフー服を着た熊が現れる。
あいつは……功夫クマだ!
功夫クマは体長180センチほどの、人間の身体と熊の頭を持つ獣人型モンスターだ。
その名の通り功夫の達人で、熊並みの怪力から繰り出される多彩な連続攻撃は、敵の身体を木端微塵に粉砕してしまう。
第六感も非常に優れているため奇襲の類は殆ど効かず、これといった弱点もないので有効な対処法も無い。
そのため純粋にこちらの力量が上回っていなければ倒せないシンプルな強敵である。
功夫クマの登場と同時に現れた次なるフィールドは、どこかで見た事があるような小汚い中華街だった。
【『中華街ステージ。
このステージでは魔法とスキルは全て封印されます』】
おいおいおい! 魔法は兎も角として、スキルまで使えないとかちょっと難易度上がりすぎじゃないか!?
スキルまで封印されてしまっては、俺が出ていった所で世紀末モヒカン雑魚よろしく、中国四千年の歴史の前に木端微塵にされてしまう。
となれば、ここを任せられるのは1人しかいない。
「どうやら、オレの出番のようだなッ!」
「厳しい戦いになるぞ」
「問題ないさ。では、行ってくるッ!」
剛が付きだした拳に俺も拳で応えると、彼はそのまま振り返ることなく雑然とした街並みの中へと足を踏み入れて行った。
◇ ◇ ◇
敵の功夫クマは表の通りから少し逸れた場所にある小汚い飯屋の店内で腰掛けて待っていた。
そんなところで待っていてもタンメンの一つも出て来ないだろうに。
食材さえあればオレが作ってやってもよいのだが、表通りの店先で蒸されていた饅頭を1つ拝借して食ってみようとしたら、口の中に入った瞬間魔力になって消えてしまったので、ここで食材を見つけるのは無理そうだ。
熊と視線が合う。
戦闘はごく自然に、しかし唐突に始まった。
オレが近くにあったお盆でサッと顔を隠すと、そこに熊が投げた箸が突き刺さる。
お盆を熊に投げ返すと叩き割られ、続けざまに椅子が飛んできたので、咄嗟に机を蹴り上げて盾にする。
机と椅子がぶつかりどちらもバラバラになった。なんて脆い机だ。
ほんの一瞬、意識が机の方に向いた隙に熊が一気に距離を詰めてきて、オレのアゴを狙った掌底が繰り出される。
身体を逸らしてそれを回避すると、畳み掛けるような熊の猛攻が始まった。
帯に差していたトンファーを構えて、敵の攻撃を受け流しながら後ろへと下がるが、一撃一撃が凄まじく重いッ!
そのまま数歩下がると背中に柱が当たったので、くるりと身体を回すように右へと逸れる。すると熊の一撃でモルタルの柱が粉々に砕けた。
……成程、直撃すればオレもああなるという訳か。恐ろしいなッ。
店の外へと出たオレは、向かいの建物の非常階段を駆け上がり2階へと転がり込む。
追いついてきた熊の顔に洗濯物を投げつけ視界を奪うと、オレはさらに上の階へと上っていく。
最上階まで一気に上り、窓から隣の建物の屋上へとジャンプで飛び移る。
熊もオレの後を追ってジャンプでこちら側へ飛び移ろうとしてくるが、丁度近くにあった物干し竿で空中にいる熊を地面まで叩き落す!
空中で姿勢を崩されて地面に背中から落ちた熊を追いかけ、屋上から飛び降りたオレは落下の勢いそのまま、熊の頭にトンファーの鉄球を思い切り振り降ろした。
が、熊は鉄球が当たる直前に地面を転がってこれを躱し、近くの店先に並んでいたスイカを出鱈目に投げつけてくる。
右、左、右と飛んできたスイカを避けて、トンファーを真上に投げて敵の視線を一瞬引き付け、その隙に近くの籠に入れられていた卵を熊の顔面に幾つも投げつける。
だが熊はさっきまでスイカが乗っていたザルを盾にして卵攻撃を防御すると、両手ががら空きになったオレに向かって一直線に向かってきた。
絶妙なタイミングで上から降ってきたトンファーをキャッチして、熊の連撃を受け流し、オレは半歩下がって反撃の蹴りを熊の腹に叩き込むッ!
まさか武器を使わないとは予想外だったのか、オレの蹴りは熊の鳩尾に見事に刺さり、熊の身体を八百屋の奥まで吹き飛ばした。
トンファーは武器ではないッ、防具だッ!
八百屋の商品棚を滅茶苦茶にして店の奥に吹っ飛んだ熊だったが、やはりあれだけで死ぬはずも無く、八百屋の中から分厚い包丁が飛んできた。
飛んできた包丁をトンファーで防御して次の攻撃に備えるが……次の攻撃が来ない。どうやら逃げて体勢を立て直すつもりらしい。小癪なッ!
建物をぐるっと迂回して八百屋の裏に回り込む。
八百屋の裏は先程の飯屋とは別の飯屋で、奥の厨房から八百屋へと繋がっているようだった。
奇襲を警戒して厨房に入ると、横手からいきなり熱した油が入った中華鍋が飛んできた!
どうにか前転回避で熱々の油を回避すると、今度は分厚い肉切り包丁が何本も飛んでくる。
それらをトンファーでガードして、お手玉のようにトンファーから肉切り包丁へと武器を変えたオレは、調理台に隠れて背後から近づいてきた熊の肉叩き棒の一撃を円の動きで受け流して、その腕を骨ごと断ち切るように肉切り包丁を振り下ろす!
肉切り包丁は熊の腕の骨を叩き割って肉に深々と食い込んだ。
痛みに熊が吼える。
包丁を手放したオレは包丁が食い込んだ熊の腕を捻り上げると、そのまま上下に揺すって手首を叩き折る。
痛みで熊が怯んだ隙にさらに一歩踏み込んで渾身の発勁を胸の中心へと叩き込むッ!
────ズドンッ!
功夫クマの身体が吹き飛んで壁にめり込む。熊が血を吐いて微かに呻くが、それっきり動かなくなる。
「悪いが、厨房で負けた事だけはないんだ」
これでも昼間は中華屋のアルバイトなんでな。昼時の厨房は戦場なのだ。
昼は厨房と言う名の戦場で、夜は道場で稽古を重ねてきた俺に死角はないッ!
功夫クマの魔化が始まり、オレの身体に力が漲る。レベルアップだ。
映画のセットみたいな中華街が魔力の粒子になって溶けてゆき、アリーナの白く平らな床へと戻る。
仲間たちの下へと歩いて戻ると、零士君とマックス君が合掌して深く頭を下げた。なので俺も合掌して頭を下げる。
全ての武道は挨拶に始まり挨拶に終わる。基本中の基本だ。
「師匠ッ、お見事でした!」
「いや、オレもまだまださ。自分の未熟さを痛感させられる戦いだった」
姉弟子なら……涼さんなら、きっと出会ったその場で決着が付いていただろう。
あの人はただそこにあるだけで強い。そういう人だ。
「さあ、残るは後1体ッ! 後は任せたぞ、リーダーッ!」
「おうッ!」
零士君が勢いよく返事して、すれ違うオレとハイタッチして前へと進み出る。
すると、彼の登場を待ちわびたかのように、最後の敵がスモークの中から悠然と姿を現した。
◇ ◇ ◇
スモークの中から歩み出てきたのは、体長190センチあまりの、ボクサーパンツとグローブを付けた筋骨隆々たる白い人狼。
チャンピオンウルフだ。
チャンピオンウルフは凄まじい打撃能力をそなえた獣人型モンスターである。
その丸太のような両腕から繰り出されるパンチは、厚さ5センチの鉄板すらもぶち抜くほどと言われており、接近戦においては無類の強さを発揮するインファイターだ。
しかも身に着けているグローブは魔法を打ち消す力があり、その分厚い毛皮は7・62mm弾までなら銃弾すらも跳ね返す。
なので生半可な遠距離攻撃では傷一つ与えられない、まさしくチャンピオンの名に相応しい強者だ。
チャンピオンの登場と同時に現れたステージは、最後の舞台に相応しいボクシングリングだった。
【『ボクシングステージ。
このステージではリングに上がった瞬間に持ち込んだ武器と防具はすべて没収され、自動的にボクサーパンツとグローブが装備されます。
※支給される装備に特殊な効果はありません。没収した装備はチャレンジャーが勝った場合は返却されます。
ラウンド制で3分ごとに1分間のインターバルがあります』】
装備使用禁止は中々痛いが、それでもスキルを封印されなかっただけまだマシと思おう。
リングに上がったチャンピオンが俺に拳を突きだしてかかってこいよと挑発してくる。
……いいだろう。この2ヵ月の修業の成果、見せてやるよ!
「加苅くん、頑張って!」
「かがりん! ファイト!」
「レイジ! 君なら勝てる!」
3人からそれぞれエールを貰い振り返ると、剛は腕を組んだまま黙って頷いた。だが、言葉は無くともそれだけで彼の言いたいことは伝わった。
……ああ、そうだな。今の俺にできることを全力でやる。それだけだ。
「行ってくる!」
仲間たちに見送られ、俺は1人リングの上に立つ。
すると、俺の身体が光り輝き、装備が一瞬の内にボクサーパンツとグローブに切り替わる。
「きゃっ!」
「な、なにこれ!?」
女子たちの悲鳴に振り返ると……何故か二人ともバニーガールの恰好になっていた。二人とも顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
よーしいいもん見れた! もう負ける気しねぇ! かかってこいやぁッ!
カーンッ!
高らかにゴングが鳴った。試合開始だッ!
沈黙の香港国際警察 終 劇
※まだまだ続くよ。




