俺と彼女のダンジョンダイエット 2
スライム狩りを始めてから1ヵ月が経った。
やはりスライムでは経験値が低いのか、次のレベルアップまでの間隔はレベルが上がるごとに開いてゆき、レベル7辺りから次のレベルに上がるまでもの凄く時間が掛かるようになった。
それでも俺たちのレベルはここ1ヵ月でそれぞれ9まで上がり、花沢さんの見た目も目に見えて綺麗になってきている。
ドラム缶みたいだった四段腹のだらしない身体は、むっちり感を損なわないままウエストや手足が引き締まり、徐々にくびれが生まれつつある。
年中汗でベタベタしていた髪もサラサラと艶めく濡れ羽色の髪へと変わり、厚ぼったい一重まぶたは、まつげの長いぱっちり二重へと変わった。
レベル9現在の花沢さんの全体的な印象は「ぽっちゃりちょいブス」といった所か。
とうとう彼女は、人によっては大好物な領域にまでたどり着いた。
ちなみに俺も身長が5センチも伸びて、脚も長くなり、顔もさらにイケメンになってきた。
俺は元々中の下くらいの顔だったから、もう今の時点でジャニ系のアイドルくらいにはイケメンである。
流石に両親もじわじわとイケメンになっていく俺に違和感を感じ始めたようだが、「成長期だから!」の一言で押し通した。
だが親に止められたとしても、俺はここで終わりにするつもりなんて毛頭ない。
自分に立てた誓いに従い、彼女との約束を果たすためそろそろ次の段階へと進む頃合いだろう。
◇ ◇ ◇
ある日の放課後。最早日課となった引き出しダンジョンへのアタック前に、俺は今後の方針を花沢さんに説明する。
「はい、という訳で、今日はボスを倒しに行こうかと思います!」
「何が『という訳』なのかさっぱりなんだけど?」
「ぶっちゃけスライムじゃレベル上がらなくなってきたから、ボス倒してダンジョンのレベルを上げます」
「ああ、成程」
探索者がモンスターを倒すとレベルアップするように、ダンジョンも特定の条件を満たすとレベルが上がっていく。
ダンジョンのレベルアップの条件は大きく分けて2つの方法がある。
1つはダンジョン内で死んだ生物の魂を取り込んで徐々に成長していく方法。
そしてもう1つは、ダンジョンの生存本能を刺激して急激な成長を促す方法。
ダンジョンには必ず最下層の一番奥にコアがあって、コアが破壊されるとダンジョンは死に、そのまま一定の時間が経つとダンジョンは消滅してしまう。
だからコアの前には必ず、それを守るように強力なモンスターが待ち構えている。これが所謂ボスモンスターと呼ばれる奴らだ。
で、このボスを倒した後にコアを破壊しないで放置しておくと、ダンジョンは自分の身を守るために内部構造をより深く複雑にして、強いモンスターを生み出すようになるのだ。
あまり育てすぎるとモンスターが強くなりすぎて手に負えなくなりハザードが起きるリスクも上がるが、大きく育ったダンジョンは獲物をおびき寄せるために希少なアイテムが入った宝箱を生み出すようにもなるので明確なメリットもある。
今回は後者の方法でダンジョン自体のレベルアップを図り、出現するモンスターを強くすることで経験値効率を上げようという算段だ。
この1ヵ月の間にすでにボスの姿は確認済みだし、この日に備えてしっかりと準備もしてきた。
さくっと封殺してやろう。
◇ ◇ ◇
そんなこんなでボス部屋前にやってきた俺たちは、突入前に作戦内容の再確認を行う。
「じゃあ最後に作戦の再確認ね。まず俺が三角コーンを持って部屋の中を走り回ってボスの気を引き付けるから、その間に花沢さんは持って来た石灰風船をボスが死ぬまで投げ続けて」
「分かった」
「弾が無くなったら扉の近くにストックを置いとくから、攻撃の手を休めないで。あと、ボスに不用意に近づきすぎない事。呑み込まれちゃうからね。……何か質問は?」
「うーん、特にはないかな」
「OK。じゃあ行こうか」
確認を済ませた俺たちは意を決してボス部屋へと続く鉄扉に触れる。
すると扉はギシギシと音を立てながら開いて、ボス部屋の全貌が明らかになった。
学校の教室2つ分ほどの広さの、岩盤をくり抜いただけのシンプルな空洞。
その中心で3メートル近い巨体を誇るスライムが1匹、なにをするでもなくプルプルもにょもにょしている。
本当は部屋の外から攻撃できれば一番なのだが、ボスの部屋には外部からの攻撃を無効化する結界が張られているためズルはできない。
俺たちが部屋に足を踏み入れると、背後から扉が閉まる音が聞こえた。
ボス部屋に入るとボスを倒すまで出られなくなるのはどのダンジョンでも共通だ。
侵入者に気付いた巨大スライムは身体をブルンブルン震わせて、ママチャリくらいの速度で俺たちに襲い掛かってきた!
俺は例の塗料を塗った三角コーン片手に部屋の中をぐるぐると走り回って、ひたすら巨大スライムの気を引く。
レベル9に到達した俺の脚力は、100メートル走の金メダリストを軽く凌駕する。
さらにレベルアップのお陰でスタミナも相応に上がっており、今の俺は10分くらいなら全速力を維持したまま走り続けることが可能だ。
俺が自動車並みの速度で走り、緩急を付けながらスライムの気を引いている内に、今日のためにせっせと作ってきた石灰入りの風船を花沢さんがボス目掛けてひたすら投げまくる。
スライムは自分に向かって飛んでくる物体を反射的に取り込んでしまう習性を持っている。
そして巨大スライムの体内に取り込まれた風船はすぐさまスライムの酸性の身体で溶けるため、弱点の石灰だけがスライムの体内に取り残されるというわけだ。
ちなみに、ダンジョン攻略にかかる費用の全ては花沢さんが負担してくれている。
元々自分が言い出したことだからと、彼女からそうさせてほしいと申し出があったのだ。
2年生になるまでバイト禁止という校則さえなければ、バイトして稼いだ金で色々と用意もできたのだが、残念ながら今の所自由にできるお金は親から貰ったお小遣いくらいしかない。
なので実はお金持ちらしい彼女の言葉を有難く受け入れることにしたという次第である。
と、そんな俺のお財布事情はさておき。
弱点を自ら取り込んでしまったスライムは、もじょもじょと苦しげに蠢くが、図体がデカいので少量の石灰では殺しきる事ができない。
だから巨大スライムが死ぬまで俺はひたすらヘイトを稼ぎ、花沢さんは攻撃のみに集中する。
いくら身体が大きくても所詮はスライム。有効な攻撃手段があり、ヘイト管理がちゃんとできていれば無傷で倒せる相手でしかない。
やがて持って来た石灰風船がそろそろ底を尽くかという頃、それまで元気に動き回っていた巨大スライムが急に動きを止めた。
巨大スライムはそのままブルッと身体を震わせると、身体の端から薄紫の燐光となって空気に溶けていく。
そして、巨大スライムが完全に消滅すると、部屋の中央に1つの宝箱が出現し、閉じていた背後のドアが開いた。
「ふぅ、終わったぁ」
終始一方的に事が運んだとはいえ、初めてのボス戦に緊張していたのか、花沢さんは安堵の息を漏らしてその場に座り込む。
彼女の顔をよくよく観察すると、薄くてモヤモヤだった眉毛がくっきりシャープになっている。どうやらボスを倒したことでレベルアップしたようだ。
鼻の形もさらによくなっており、花沢さんはすっかり「フツメンちょいぽちゃ女子」になっていた。
とうとう花沢さんも「ブス」を卒業か。ああ、なんだか目頭が熱くなってきやがったぜ。
「あっ! また可愛くなってる! やったー!」
最早恒例となったレベルアップ後の顔確認で、自分の変化を喜ぶ彼女へ俺は労いの言葉を送る。
「お疲れ。あの花沢さんがとうとうここまで変わったか。なんだか感慨深いものがあるなぁ」
「うん。自分でもそう思う。こんなに変われたのも加苅くんのお陰だよ。ありがとうございます」
目尻に感激の涙を浮かべながら、花沢さんが笑顔で俺にお礼を言う。
その笑顔が普通に可愛くて、不覚にも少しだけときめいてしまった。
「って、何をここで終わりみたいな空気になってんだよ! 確かに前と比べればかなり可愛くなったけど、その程度の女子なんて世界中にいっぱいいるからな!? 目指す頂はまだまだ遠いぞ!」
「うぐっ、た、確かに。ようやく普通の顔になっただけだもんね。うん、もっと頑張らなきゃ」
「そうそう。俺たちが目指すのは世界一なんだから」
それはそれとして。
「……そろそろ、アレ、確認しちゃう?」
「しようしよう!」
改めて目標を再確認してモチベーションを高めた俺たちは、部屋の中央に出現した宝箱へと目を向けた。
ダンジョンはコアを守るボスを倒されると、侵入者の気を引いて見逃してもらうためにこうして宝箱を出現させる。
宝箱の中身は総じて有用で希少なアイテムが入っており、激戦を終えた探索者はご褒美の宝に気が向いてしまい、ボス部屋に隠されたコアルームへと続く入り口から注意が逸れるというわけだ。
そうやって難を逃れたダンジョンは、前回の失敗を糧にして内部を複雑化させ、より強力なモンスターを揃えて新たな獲物を待ち構えるのである。
「何が出るかな♪ 何が出るかな♪ 何が出るかな?」
「デデデデン!」
ごきげんなリズムで宝箱を開けると、中に入っていたのはスキルキューブが4つと、スクロールが1枚。そして柄尻に大きなルビーが填め込まれた綺麗な短剣が1本。
スクロールとは魔法の知識が封じ込まれた巻物で、開いて見るだけで記載された魔法が1つ使えるようになる。
どんな魔法が封印されているかは封蝋の色と刻印された数字で知ることが可能で、今回出てきたスクロールに押された封蝋の色は緑で、刻印された数字はⅠだから、封印されているのは回復の初級魔法『ヒール』であると分かる。
スキルキューブはそれぞれ、『短剣術』『魔力増強』『毒無効』『軽業』が習得可能で、綺麗な短剣は軽く振ることで使用者の魔力を消費して炎の弾を発射できる魔法の短剣だった。
「大盤振る舞いだね!」
「そうだな! ……で、こいつをどうする」
「うーん、とりあえずスキルの効果を確かめてからにしない?」
「それもそうか」
一度ダンジョンを出た俺たちはスマホで探索者協会のデータベースにアクセスした。
そこでそれぞれのスキルの効果を確認したところ、次の通りであることが分かった。
『短剣術』
身のこなしが軽くなり、達人級の短剣術が身に付く。
『魔力増強』
現在の魔力に2倍の補正。
『毒無効』
あらゆる毒が効かなくなる。
『軽業』
身のこなしが軽くなり、達人級のアクロバットが身に付く。
話し合いの結果、『視力強化』のスキルを持っている俺が『短剣術』と『軽業』を取った方がシナジーが取れるのではないかという事で、俺はその2つのスキルを習得。
残りは魔法の短剣も含めて花沢さんに譲り、彼女には魔法アタッカー兼ヒーラーとして活躍してもらう事になった。
「でも、本当にいいの? この短剣、多分すごく貴重なものだと思うんだけど……」
「いいのいいの。だってその方が絶対効率的だし。それに花沢さん、スライムは倒せたけど、ゴブリンとか相手に接近戦とか無理でしょ?」
「そ、それは……」
グロテスクな光景でも想像したのか、顔を青ざめさせる花沢さん。
ダンジョンのモンスターは厳密に言えば生物ではないので、あまり気にする事もないと思うのだが、無理な人はどうしたって無理なのだ。
嫌なことを無理にやらせてモチベーションが下がるのは良くない。
「運動音痴はスキルキューブで治せても、精神的な面はどうしようもないからさ。やっぱ遠距離攻撃の手段は花沢さんが持つべきだよ」
「……わかった。じゃあそうさせてもらうね。その代わり、加苅くんの装備は私がちゃんと用意するから」
とりあえずそういう事で話は決まり、俺たちはダンジョンが再構成される1週間後まで、しばしの休息と準備に取り掛かるのだった。
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