ファットマックス 怒りのデブロード 7
暴走ダンジョンは、本当にごく稀に発生する天災だ。
通常のダンジョンとは違い、発生した直後にハザードを起こして、内部から大量のモンスターを吐き出す厄介極まりない性質を持っている。
しかも内部の構造は特殊ダンジョンと同じく、レベル1でも複雑になっており、出現するモンスターも同様に強力なので、発生した場合最も被害が大きい。
マックスを追いかけ、そんな恐ろしいダンジョンに足を踏み入れた俺だったが、内部は予想以上の有り様だった。
ゲートを潜り飛ばされた先は、地下鉄のホームのような場所だった。
目の前を横切るように線路があり、真っ暗なトンネルの奥へと続いている。
振り返ると普段なら背後にあるはずのゲートが無い。
しまった! 暴走ダンジョンはスタート地点がランダムになってるんだった。
そして、ホームの中を見渡せば、まあいるわいるわ。ゾンビ、ゾンビ、ゾンビの群れ。
ゾンビはダンジョン内に出現する人型モンスターの一種だ。
体長は165センチ~200センチまでと、大凡人間の成人男性と同じくらいのサイズ感である。
一見、腐った動く死体だが、臭いは無く、動きもノロノロと遅い。
だが、そのパワーは侮れず、噛みつかれたら最後。貪り食われて、噛まれた方までゾンビになってしまう。
ちなみに、人間が噛まれてゾンビになった場合は倒しても魔力には還らず、死体が残る。
ベストの対処法は銃などの遠距離攻撃で一方的に倒してしまうのが良いとされている。
そんなゾンビィズが、少なくとも40体はいる。これほどのモンスターの密度は、ゴブリンキング戦以来かもしれない。
そしてここが暴走ダンジョンである以上、奥にはもっとゾンビがいると見ていいだろう。
ゾンビたちが生者の気配に気付き、一斉にこちらへグリンッと首を向けた。
みんな揃って「あたしってホント馬鹿」ってか。やかましいわ!
「くそっ、急いでるってのに!」
戦闘の回避は無理そうだ。戦うしかない。
俺は足を前後に開き、腰を軽く落として身構えた。さぁ、来い……っ!
◇ ◇ ◇
ミカのピンチと聞き居ても立っても居られずダンジョンに飛び込むと、そこは駅の通路のような場所だった。
目の前には『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた金属製の扉があり、その前には周囲の景色と不釣り合いな、これぞまさにトレジャーボックスって感じの箱が1つ置いてある。
箱の中に何か仕掛けてあるかもしれないので、一応、箱の裏から蓋を開けると、やっぱり箱の中から矢が一本飛び出してきた。
毒ガス系の罠だったらアウトだったけど、結果的にセーフだったから何も問題はない。
で、箱の中に入っていたのは1丁のポンプアクション式のショットガン。
口径は僕の足の親指が根元まで入るくらい大きい。かなり威力がありそうだ。
スライドを2回引いてみると、デカいスラグ弾が出てきて、床に落ちる前に魔力の光になって消えた。
それと同時に、僕の身体から力が少しだけ抜けたような感覚があった。
分かりやすく例えるなら、アレした後みたいな感じかな。ふぅ……って感じ。
どうやらこれ、魔力を弾にして撃つタイプの銃らしい。
「……って、こんな所でのんびりしてる場合じゃなかった!」
幸運な事にも、ゾンビだらけの駅におあつらえ向きな武器も手に入った。
焦る気持ちに背中を押されるように、ショットガンを構えつつ、目の前の扉を開けて先へと進む。
ミカ、どうか無事でいてくれ……っ!
◇ ◇ ◇
「……っ。あれ……ここは……?」
目を覚ますと、そこは休憩室のような場所だった。
6畳間で、真ん中にはちゃぶ台が1つ。部屋の隅には小さな茶箪笥が置いてあって、その横には布団の入った押入れがある。
茶箪笥を開けると、中にはお茶の缶らしきものや、薬箱が入っていた。
缶の蓋を開けてニオイを嗅いでみると、なんとなくハーブのような爽やかな香りがする。ハーブティーかな?
……つーかここ何処?
確かアタシ、オリエンテーションのチェックポイントで休憩してて、それで……。
「……ああ、そっか。ダンジョンに巻き込まれたんだ」
突然座っていた木の洞がグニャっと歪んで、気が付いたらここにいた。
という事は恐らく、ダンジョンの発生に巻き込まれてしまったのだろう。つくづく運が無い。
「とりあえずここは安全っぽいし、助けが来るまでじっとしてよ……」
武器も持ってないのに、下手に動いたら危ないし。
それにここ、明らかに特殊ダンジョンっぽいしね。折角お茶もあるんだから、しばらくここでゆっくりしてよう。
「……って、ポット無いじゃん」
駄目じゃん!
◇ ◇ ◇
「オリャ────ッ!」
『ウヴァー!』『グヴォー!』『アバァー!』
ゾンビの1体をジャイアントスイングでぶん回して、周囲に群がるゾンビたちを纏めてなぎ倒し、勢いのついた武器をこちらへ向かってくるゾンビの集団へと放り投げる。ストラーイク!
まず駅の構内を探すことにした俺は、襲い掛かる大量のゾンビをアクロバティックカラテアーツでなぎ倒しながら、じわじわと進んで行く。
もう100体以上は倒しただろうか? おかげでレベルがまた1つ上がり、俺はレベル20になった。
敵が弱いというのもあるが、レベルが上がって身体のキレが増したことで、いよいよ絵面が無双ゲーじみてきている気がする。
今の所、ゾンビしか出てきていないからなんとかなっているが、それでも、武器も戦闘系のスキルも持っていないマックスとミカ子にとっては、ここが危険な場所であることに変わりは無い。
「くっそ! 急がねぇと2人が……!」
しかし、焦る俺の気持ちを知ってか知らずか、通路の奥にはゾンビの団体様がずらりと並び、朝の通勤ラッシュよろしく道を塞いでいる。
流石に連戦続きで疲れが溜まってきているし、戦ってばかりいたらそれこそ俺の身が持たない。
と、俺はここで、すぐ近くにトイレを見つけた。
ゾンビの団体様に見つかる前にトイレの中へと駆けこんだ俺は、鏡の前でボケーっとしていたゾンビの首を背後からペキッとへし折って倒し、大の方へと滑り込む。
「とりあえずここなら少しは……って、こんな所に置いとくかよ普通!?」
まあ、なんということでしょう! トイレの中には、便器の代わりに宝箱が!
ゲームじゃ割とよくあるけどさぁ……。こうして実際に見るとめっちゃ不自然!
しかもガッツリ罠が仕掛けてあるタイプだし。
不用意に開けたら大爆発する罠だと、俺の『罠解除』スキルが囁いている。
トイレ大爆発とかギャグにしか聞こえないが、実際こんな密室で爆発されたら洒落にならん。
折角見つけた宝箱だし無視するのも勿体ないので、ポケットに入れっぱなしにしていた十徳ナイフで罠の解除を試みる。
いつも使っている解除ツールと違うので少し戸惑ったが、なんとか宝箱を開けることに成功した。
……何度も思うがやっぱ『スキルキューブ』ってズルいな。こんなプロの技が一瞬で手に入るんだから。
で、宝箱の気になる中身は……
「金属の……輪?」
直径30センチほどの黒っぽい金属製の輪が2枚。
輪の外側は刃になっており、内側には奇妙な文字が彫り込まれていた。
ま、まさか、これは……! この武器は……!
「チャクラム……っ!」
インド発祥の投擲武器、チャクラム。
日本では円月輪とも呼ばれ、忍者が使用したとも言われる、世界的にも珍しい斬撃を目的とした投擲武器だ。
使い方は単純。指に引っ掛けて回し、その遠心力を利用して遠くの目標物を切る。使いこなすのは難しいが、使いこなせればすごくカッコイイ中二武器。
それが、チャクラム!
そして、おあつらえ向きな事に俺には投擲スキルがあり、アクロバットを主体とした忍者っぽい戦闘スタイルを習得している。
こんなの……! こんなのもう俺に「使ってください」って言ってるようなもんだろ!
しかもこのチャクラム、俺は協会のライブラリで見た覚えがあった。
たしかコイツは────
シャフ度ってあれ角度的に首折れてると思うんだ。




