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ファットマックス 怒りのデブロード 6

 その日の夕方、俺たちはキャンプ場の炊事場で夕食のカレーを作っていた。

 と言っても、メインのカレー作りは女子2人に任せて、俺たち男子は3人で飯盒炊爨(はんごうすいさん)に挑戦中だ。


 米は無洗米を使用して、すでに30分くらい水を吸い込ませたものを、パチパチと燃える竈の上へ置く。

 火加減良し。火は飯盒(はんごう)の底に当たるくらいの中火だ。


「よし、後は湯気が出てきたら強火にするからな」


「手慣れてるな。もしかしてキャンプとかよく行くのか?」


 薪への火付けからここまでの俺の淀みない指示に、富田くんが感心したように声を上げる。


「いや、中学の時に兄貴と一緒に山に籠った事があってな。その時覚えたんだ」


「ははっ、山籠もりって漫画の修業編か何かかよ」


「……まあ、あながち間違いでもないかな?」


 目的が必殺技の習得か、痩せるかの違いってだけで。やってることはほぼ同じだったし。


「レイジってそういえば、昔ちょっと太ってたんだよね? もしかしてダイエットキャンプだったのかい?」


「ちょっとじゃなくて大分な? あの当時兄貴が自衛官でさ、一緒に2週間近く、毎日俺が歩けなくなるまで運動……いや、あれはもう訓練だな。まあ、そんな感じだ」


「ワァオ、まさにブートキャンプってわけだ」


「俺が泣き事言うとめっちゃ笑顔で(くすぐ)ってくるんだよ……。で、また強制的に走らされるんだ……」


「お、鬼だな、加苅の兄ちゃん……。って、湯気出てきたぞ」


 意識が遠い昔に飛んでいた俺に富田くんが飯盒の様子を教えてくれた。

 危ない危ない。美味しいお米は火加減が命。集中せねば。

 湯気が立ち始めた飯盒をさらに過熱するために、俺はさらに薪を追加して火勢を強めていく。

 マックスと富田くんが竹の筒でふーふーと空気を送る。

 やがて炎がメラメラと立ち上り、飯盒全体にかかるほどまで火は大きく育った。


「後は吹きこぼれそうになったら上に石置いて、吹きこぼれが落ち着いてきたら火をまた中火に戻すからな」


「なんで石?」


「圧力がかかって美味しく炊けるんだ」


「「へぇー」」


 俺の豆知識にマックスと富田くんが感心したように声を上げる。


「ほんと、手際良いなぁ。オレ、この班になってよかったよ」


「ちなみに花沢さん、料理の腕前はプロ級だぞ?」


「マジかよ。可愛くておっぱい大きくて料理も上手いなんて最高じゃん! ……で? 2人は付き合ってんの?」


「違うぞ?」


「「…………」」


 な、なんだよその目は。


「ええい! そんな目で見るな! 兎に角、俺たちはそういうのじゃ無いから!」


「じゃあ、加苅自身は彼女の事どう思ってるんだよ」


「ど、どうって言われても……」



 俺にとって、花沢さんって、なんだ……?



「……尊敬してる……かな。実はすごい努力家なのに、それを誰にも誇らない所とか」


「いやめっちゃ見てるじゃん」


「あと、作る料理がめちゃくちゃ美味い!」


「がっつり胃袋掴まれてるじゃねーか。末永く爆発しろクソッたれめ」


「ホント、やってらんないよ」


 富田くんとマックスが顔を見合わせて肩を竦める。


「おっと、吹いてきたな」


 俺は白く吹き出し始めた飯盒の上に手ごろな大きさの石を置く。


「……はぁ。んなこと言ってると、マジで誰かに盗られるぞ? ぶっちゃけ花沢さん、クラスの中でもかなり人気あるからな」


「そ、そうなのか?」


「ああ。なれるんなら俺だって彼氏に立候補したいくらいだっつの。それをお前ときたら、好きなんだか違うんだかはっきりしろよ」


「む、むぅ……」


 まただ。

 なんで俺、こんなモヤモヤしてんだ……。ああっ、くそっ! モヤモヤする!





 それからしばらくすると米もふっくら炊き上がり、それに合わせるように女子チームのカレーも完成したので、うちの班だけ一足早く夕食タイムとなった。


「うっま! なんだこのカレー超美味ぇ!?」


「お米もすごくふっくら炊けてるし、おこげが美味しい!」


「それな。去年のカレーはべちゃべちゃで最悪だったけど、今年のはマジで美味いわ」


 富田くんと相沢さんの輝くような笑顔に、俺と花沢さんも思わず笑みがこぼれる。

 確かにこのカレー、まろやかでいながら深いコクがあり、それでいてスパイスの辛さが病みつきになる。

 どうやら市販のルーを複数混ぜて、そこにさらに幾つかスパイスを足したらしい。


 野菜のサイズもゴロゴロとした大きめのサイズと、食べやすい小さめのサイズを混ぜる事で、お好みで普段家庭で食べている野菜のサイズ感を選べるようになっているのもポイントが高い。

 料理人の細やかな気遣いが感じられる1皿だ。


「はふっ! はふっ! んぐっんぐっ!」


 マックスに至っては余程お腹が空いていたのか、無言でガツガツとカレーを飲み込んでいく。

 分かるぞマックス。カレーは飲み物だよな!


「マックス! 駄目だよ、ちゃんと噛まなきゃ。折角順調に痩せてきてるのにまた太るよ?」


「んぐっ!? ……ゴクンッ。ご、ごめんよカレン。あんまり美味しかったからつい」


「あはは、なんだかお母さんみたい。それにしても花沢さん、すごく料理上手で驚いちゃった。私なんてお野菜の皮むいて切っただけだし」


「ううん、そんな……。て、手伝ってくれて、とっても助かったよ。ふ、普段と勝手の違う場所で、結構、戸惑っちゃったし……」


 慣れない相手との会話で、花沢さんの声がどんどん尻すぼみになっていく。


「ねぇねぇ! よければさ、うちの部に来ない? 私、料理部なんだけどさ。また一緒に料理しようよ! きっと楽しいよ」


 どうやら相沢さんは料理部だったらしい。

 まさかのスカウトに花沢さんはチラリとこちらを見るが、俺が笑顔で頷くのを見てぱぁっと顔を輝かせた。

 わざわざ俺に確認しなくてもいいのに。律儀だなぁ。


「う、うん。じゃあ、今度見学させてもらうね」


「うん! 今度案内するね!」


 照れくさそうに俯く花沢さんの手を相沢さんが両手で握る。

 見ていてとても微笑ましい光景だ。よかったな花沢さん。また1歩前進だ。

 今までブスで損していた分、これからどんどん取り返していこうな。


 キャンプという特別な環境も手伝い、格別に美味く感じたカレーはあっという間に空っぽになり、全員の腹へと収まったのだった。

 はー、美味かった!



 ◇ ◇ ◇



 翌日。

 今日の予定は2年生が森林浴オリエンテーションで、1年生が川下り体験だ。

 森林浴オリエンテーションは、ロープが張られた森の中を地図に従い進んで、各チェックポイントでスタンプを集めてゴールするという、ゆるーいイベントだ。


 趣旨としては森の新鮮な空気を楽しめという事なんだろうが、昨日のアクティビティに比べたら、ショボく感じてしまうのは仕方ないだろう。


 去年もやった事だし、大体40分もあれば全てのチェックポイントを回れるような、欠伸(あくび)の出る退屈なイベント……に、なる筈だった。



「きゃ────っ!」



 突然、女子の悲鳴が森中に響き渡る。

 何事かと思い、俺だけ先行して様子を見に行くと、そこにあったものは……。



『う゛ぁぁぁぁぁぁ……』『ヴォォォォォォ……』『あ゛ぁぁぁぁぁぁ……』

「い、嫌ぁぁっ!? 誰か! 誰かぁぁぁーっ!」


 樹齢300年はあろうかという大木の根元にぽっかりと空いた洞。

 その奥で白く渦巻くダンジョンの入り口からゾロゾロと吐き出される、人型の異形たち。

 俺が駆けつけた瞬間目に飛び込んできたのは、悲鳴を上げた女子生徒が、今まさにゾンビに襲われようとしている現場だった!


「竜巻●風脚ッ!」

『ヴォエッ!?』


 俺は迷わず女子に噛みつこうとしていたゾンビの頭目掛けて、空中大回転蹴りを叩き込む!

 俺の鮮やかな蹴りをモロに受けたゾンビの頭が、サッカーボールみたく吹き飛んで魔力へと還る。

 今の俺はニンジャではないが、それでも身に付いたアクロバティックカラテのワザマエはそのままだ! イヤーーーーッッ!


「大丈夫か!?」


「えっ、あ、うん。あ、ありがとう……」


 倒れていた女子を助け起こす。

 今更気付いたが、この子、同じクラスのみっちょん(本名は……確か三矢さん、だったか?)だ。

 よくミカ子と一緒にいて、あいつがあだ名で呼んでいるから何となく覚えていた。

 そういえば彼女、ミカ子と同じ班だったような……?


「そ、そうだミカがっ! ミカがダンジョンに取り込まれちゃったの!」


「何だって!?」


「私が一番ミカの近くにいて、それで私だけ逃げ遅れて……。ねぇミカ助かるよね!?」


 くそっ! なんてこった! 早く助けに行かないと!

 しかし、こんなゾンビだらけの場所に彼女を放置して行くわけにもいかない。

 ここは一時撤退して光岡先生を呼んでくるしか……。


 などと考えていたその時である。


「2人とも伏せてっ!」


「「っ!?」」


 突然の指示に戸惑うみっちょんを押し倒すようにして、俺たちが地面に伏せた次の瞬間。俺たちの頭上を大量の紫色の光弾が通り過ぎる。

 ばら撒かれた光弾は周囲に散っていたゾンビたちを纏めてなぎ倒し、次々と魔力の燐光へと変えていく。

 後ろに置いてきた花沢さんたちが合流したのだ。


「だ、大丈夫!?」


「あ、ああ。助かったよ、ありがとう花沢さん」


「は、花沢さん、今のって……」


 富田くんと相沢さんが驚いたような顔をしているが、今は説明している暇は無い。


「説明は後だ! ミカ子は俺が助けに行くから、君は皆と避難するんだ!」


「で、でもミカが!」


「な、何だって!?」


 それまで息を切らしていたマックスが、みっちょんの言葉に目の色を変えて食いつく。


「ミカはどこ!? 君、同じ班だったよね!?」


「あ、あの中に取り込まれちゃったの! だから早く助けに行かないと!」

「そ、そんな!? ミ、ミカァァァァァァァ!」


「あっ!? バカ、マックス待て!」


 止めようとしたが、お互いの立っている位置が悪かった。

 マックスは普段の速度からは想像もつかないようなスピードで、暴走ダンジョンの中へ突っ込んで行ってしまう。


「ああもう、クソッ! あのバカ……っ! 花沢さんはここで出てくるゾンビたちの処理を頼む! 富田くんと相沢さんは彼女を連れて光岡先生を呼んできてくれ! 大至急だ! 俺はマックスのバカを連れ戻す!」


「あっ! か、加苅くん!?」


 全員にひとまずの指示を出した俺は、みっちょんを相沢さんに預けると、再び穴から湧き始めたゾンビの群れを掻い潜り、後ろから俺を呼び止める花沢さんの声を振り切って、暴走するダンジョンの中へと飛び込んだ。



まちゅみ「悩んだ数だけ大人になるのよねぇ……」

藤堂「青い。青いなぁ」

光岡先生「青春だなぁ(キュン)」


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