俺と彼女のダンジョンダイエット
感想でレベルアップ関連の質問が多かったのでレベルアップに関する記述を少し追加
翌日の放課後。
再び花沢さんの家にお邪魔した俺は、念のために持って来た大量の石灰を袋ごとダンジョン内へと運び入れる。
今日は激戦になる予定なので、2人とも防塵ゴーグルとマスク、しっかりと合羽を着こんで、足には長靴を履き、手にはゴム手袋とフル装備での挑戦だ。
「うぇ……」
「狙い通りだな」
2人で重たい業務用の石灰の袋を運びながら十字路まで進むと、そこには真ん中に置いたコーンの周囲に群がる大量のスライムの姿があった。
その数、見える範囲だけでも50匹以上。
数が多すぎて通路の奥や壁までスライムまみれになっており、洗ってない排水溝を思わせる中々えげつない絵面になっていた。
のそのそと床を這いながらなんとかコーンに近づこうとするスライムたちだが、コーンの周りに撒かれた石灰の粉が嫌なのか、それ以上先に進めずうぞうぞと蠢いている。
天井からダイブして直接取り付こうとしている奴もいるが、塗してあった石灰がしっかりと効果を発揮してくれたおかげで、コーンそのものは少し溶けてはいたが形はちゃんと残っていた。
交差点の中心に置いたコーンに塗った塗料には、モンスターをおびき寄せる効果がある薬剤が含まれている。
スライムはダンジョン内の異物を捕食して片付ける掃除屋で、外から持ち込まれた異物に反応して自動湧きし、異物侵入後から一定時間ごとに分裂を繰り返し、異物が除去されるまで倍々に増えていく特性があった。
今回はその特性を利用して、スライムの湧き条件である異物(誘因コーン)を設置して、集まってきたスライムを一網打尽にしてしまおうという作戦である。
「よし、それじゃ今からコレ全部駆除するから」
「えっ、まさか私1人!?」
「そのつもりだったけど、ちょっと予想以上に数が多いから俺も手伝うよ。2人でパパっと片付けちゃおう。あ、それと、これだけ数がいるとレア固体がいるかもしれないから、そいつにだけは注意して。毒があるから」
「わ、わかった」
そうして、ダンジョンの通路でひたすら石灰の粉を撒き続ける作業が始まった。
ビニール袋に移し替えた石灰を手で掴み、ひたすらスライム目掛けてぶちまける。
弱点物質を大量に浴びたスライムたちは面白いように溶けてゆき、たまに天井から降ってくるスライムに気を付けながら、俺たちは見える範囲から次々とスライムを駆除していった。
そうして、ダンジョン内にいたスライムを全て駆除し終わるころには、俺はレベル3に、レア固体を倒した花沢さんはレベル4までレベルアップしていた。
ドロップアイテムも結構な数が手に入り、拾ったアイテムは2人で折半する事にしたのだが、それでも切り傷や風邪くらいなら一瞬で治してしまうスライムポーションが1ダース半も貰えたのだから十分である。
さらにレアアイテムのスキルキューブが2つもドロップした。
スキルキューブとはその名の通り、使用すると『スキル』と呼ばれる特殊能力が身に付く5センチほどの立方体だ。
これは全てのモンスターから0・1%くらいの確率で入手できると言われており、それを2つも入手できたのは本当に奇跡のような確率だった。
こちらはそれぞれ好きな方のスキルを選ぶことで話が決まり、俺は『視力強化』のスキルを、花沢さんは『病気無効』のスキルを習得。
視力強化は文字通り「視る力」を強化するパッシブスキルで、かなり遠くのものまではっきりと視ることができる他、動体視力も上がり、さらに暗い場所でもはっきりと視ることができたりとかなり有用なスキルだった。
ついでにレベルアップの効果で弛んでいた腹の皮が引っ込んで、腹筋もうっすらと割れたし、顔面偏差値も3割増でいい男になったので、まさに文句なしの大成果である。
「レベルアップ凄い……」
スマホで自分の姿を確認した花沢さんは、改めてレベルアップの効果の高さを実感して溜息をもらす。
レベル4になった彼女はさらにもう一回りサイズダウンして、くびれという概念の無い満月ボディがドラム缶くらいにはなった。
さらに、常に顔をテカらせていた脂汗体質も改善され、豚みたいだった団子鼻もちょいブスレベルまで改善した。
かなり急激な見た目の変化だが、恐らくレベルアップ時の肉体改変リソースが本人の意思に左右されて、ほぼ全て美容方面へと向かっているためと思われる。
ちなみに、強くなりたいという気持ちが強ければ当然、そちらの方にリソースは傾くので、どんな風に成長していくかは人それぞれだったりする。
ここまであちこち改善されると全体の印象もかなり変わるもので、今の花沢さんの印象は『だらしない身体のブス』といったところか。
そう、とうとう彼女は、『人によってはギリギリ女として見てもらえるレベル』にまで到達したのだ!
性別不明のモンスターデブが、人間に生まれ変わった瞬間である。
「……って、なに満足したみたいな顔してんの! 元が酷かったからかなりマシになったように見えるけど、実際はまだまだブスのままだからな!?」
「うぐっ!? ほんと加苅くんって痛いとこズバズバ突いてくるよね……」
「俺は君を世界一の美少女にするって言ったんだ。こんな所で妥協できるか。俺は痩せようと誓ったあの日に、もう嘘は吐かないって決めたんだから」
人にも自分にも嘘は吐かない。それは俺が痩せようと誓った時から守り続けている、自分に課したルールだ。
俺は昔からぽっちゃりしていて、ずっとその事を馬鹿にされて育ってきた。
そしていつの頃からか、俺は馬鹿にされて本当は悔しいはずなのに、これでいいんだ、こんなもんなんだと諦めて、自分の本当の気持ちに嘘を吐くようになっていた。
そうやって自分の心を嘘で誤魔化し、暴飲暴食で慰め続けた結果、小5で80キロオーバーのモンスター小学生ができあがったのである。
ある日、風呂場の鏡に映る自分の姿を見て、俺は愕然とした。
なんだこれは。こんな醜い肉の塊が自分なのかと。
情けなかった。
醜くて、惨めで、どうしようもなくカッコ悪い。そんな自分が許せないと思った。
その日を境にして俺は変わろうと決意し、二度と自分の気持ちに嘘を吐くことは許さないと、鏡に映る醜い自分に誓ったのだ。
だから俺は嘘が嫌いだし、自分に嘘を吐く事が許せない。
許せないからこそ、クラスでイジメられていた彼女の事を見過ごすことなんて出来なかった。
惨めで醜い彼女の姿に過去の自分が重なったというのもある。
それに、クラスの中で誰かがイジメられていたら胸糞悪いと思うのは普通の事だ。
そして、あの日立てた誓いは、その気持ちを無視することを俺に許さなかった。
そのせいでイジメの標的が俺に向かったが、全力で反撃して徹底的に叩き潰してやった。
簡単な話だ。やられたことを全て映像に記録しておいて、それを編集したイジメの告発動画をマスコミ各社に匿名で送りつけ、それと並行して幾つかの動画サイトに学校のパソコンから動画をアップしてやっただけの事。
当然、顔と実名と自らの悪行をネット上に晒されたイジメの主犯格たちは、マスコミから散々叩かれた挙句に全員退学。
俺もやり過ぎだということであわや退学になりかけたが、学校側の責任を問い本気で訴える姿勢を見せたら1ヵ月の停学で済んだ。
そしたらクラスの全員からヤバい奴認定を受けて、俺はクラスで完全に無視されるようになったが後悔は無い。
自分可愛さにイジメがあるのに見ないふりをして、あまつさえその空気に同調するようなクズどもからどう思われようとも、知った事ではないからだ。
「……そっか。加苅くんって、やっぱりすごく強い人だよね」
「辛くて苦しいダイエットを成功させたんだぞ? 当然じゃないか」
「私も、加苅くんみたいに強くなれるかな」
「花澤さんはもう十分強いさ。じゃなきゃあんな無茶なダイエットできっこないって」
「そ、そうかな。……えへへ、ありがと」
スライムを狩りつくした俺たちは、軽くなった足取りで出口の渦へと飛び込んだのだった。
◇ ◇ ◇
翌日の昼休み。
今日の教室内はいつになく静かだった。
先程からこちらをちらちらと伺う鬱陶しい視線には気付いているが、あえて取り合う事もないので、俺はいつも通りに無視してゲームをする。
……ふりをして、教室内の音に耳を傾ける。だってやっぱり気になるじゃん?
クラスの連中も俺を怒らせたらどうなるかは理解しているので、俺に集まっていた興味の視線は次第に薄れ、気になるもう1人の方へと集まっていく。
ここ数日で急激に見れるレベルにまで見た目が改善した、スクールカースト最下位の彼女の方へと。
ひそひそとそれぞれのグループごとに憶測が飛び交い、中には正解もあったのだが、声が小さかったので喧騒に紛れて再び真相は闇の中へ。
そうしてとうとう最初にしびれを切らしたのは、カースト頂点のグループに属する、ヨシ……ムラだか、ヨシダだか、なんかそういう感じのビッチだった。名前は忘れた。興味ないし。
「ねぇ~花沢さん。最近さぁ、ちょっと……いや、かなり痩せたでしょ?」
「う、うん。ダイエット、してる、から」
「へぇ~? 私も最近ダイエットしてるんだけど~。花沢さん、お肌もなんだか綺麗になってるし、よかったらどんなダイエットしてるのか教えてくんない?」
お前年中ダイエット(笑)してるだろうが。
痩せる気もねぇくせに軽々しくその言葉を口に出すんじゃねぇ。
「ど、どんなって、言われても、食事改善とか、運動したりとか、普通の事しかやってない、よ?」
まさか役所に届け出てない違法ダンジョンでレベルアップダイエットしてるだなんて口が裂けても言える訳がないので、適当に話を濁す花沢さん。
だが、嘘を言っているわけでもない。少なくとも冬休みの間はそれで11キロも痩せたわけだし。
恐らく、市販に出回っているダンジョン産の回復ポーション入りの燃焼系ドリンク(1本450円)でブーストして、滅茶苦茶運動したんだろうと思うが、それでもあの満月体形を一回りも小さくしたのだから凄い努力だ。
いくら回復ポーション入りとはいえ、市販品だから回復効果なんて飲まないよりはマシくらいなレベルだし、筋肉痛や関節痛であちこち相当痛かっただろうに……
ホント、凄いよ花沢さんは。
そんな彼女の努力を少しは見習ったらどうですかね、クソビッチさん。
「え~嘘だぁ! 絶対何か特別な事してるしぃ~。じゃなきゃこんなすぐに痩せるなんてありえないっしょ」
「ひ、日々の努力の、成果……かな。楽なダイエットなんて、ないから……」
「はぁ? んな事聞いてねぇんですけど」
教室内の空気が凍った。おー怖い怖い。
「なに? 私が努力してないとでも言いたいわけ? ちょっと痩せたからって調子乗ってんじゃないの?」
「…………」
「ちっ……だんまりかよ。あーあ、しらけた。もういいや」
言うだけ言って、ビッチは自分のグループへと戻っていく。
早くも花沢さんの変化が自分の立場を脅かしかねないことに野生の本能で感づいて、一早く釘を刺しに来たようだ。
けど、そんなことしたって無意味だ。
なぜなら花沢さんはすでに決意を固めているから。決意を固めた人間が強い事は、俺が誰よりも一番知っている。
だから、止まるんじゃねぇぞ花沢さん。
ダイエットってのは道なき道を切り開く自分との戦いだ。
俺たちが歩んだ道のりは間違いなく、後に続くデブたちの希望になる。
そしてその日の放課後も俺たちは変なビッチの言葉で止まることなく、再びダンジョンへと挑むのだった。




